悪魔王城への突入
悪魔王城の会議室にてヴァンは佇む。
今頃、秘術使いは全滅していてもおかしくない。不思議なものだ。人類のために魔を滅する秘術使いの筆頭が悪魔であり、人類を脅かす悪魔王の配下が人間など異常だ。
ヴァンが悪魔王の配下となっているのには理由がある。
遠い昔、先祖の人間が悪魔王に拾われてから、代々ヴァンの血筋の人間は彼に育てられてきた。実際に触れたり姿を見たりしたことはないものの父親代わりのように思っている。ただ、動けない彼の代わりに一番世話をしてくれたのはサイデモンなので、死んだ事実に軽くショックを受けていた。
「――混ざった」
最奥に飾られた紫色の宝玉が唐突に声を発する。
「混ざった? 悪魔王様、何がです?」
「最強の悪魔が復活した。あのゴミの策はこれであったか」
「……では、シャドウは死んだのですか?」
「死亡しただろうな。部品としての役目を果たしたらしい。……ふ、ふははははは! 例え最強の悪魔になったとしてヴァンには勝てんというのにバカな奴だ。もはや余の最高傑作はエビルではなく、ヴァンという最強の人間なのだよ」
シャドウがもういないという事実にヴァンはさらなるショックを受ける。
ヴァンにとって彼は、数少ない友人のように思っていたからだ。元々は好奇心から関わった相手だが長く関わり信頼が生まれた。彼を騙した自覚はあるが、決して見下したりはしていない。あくまでも彼とは対等な友人……のつもりでいたのはヴァンだけだったらしいが。
「奴はいずれこの場所に来るだろう。ヴァン、処分する準備はしておけ」
「はい。裏切り者は必ず処分します」
「――ちょおっと待ったアアアアア!」
会議室に走って来た男が叫ぶ。
剣山のような緋色の髪を生やす男は大股でヴァンに歩み寄る。
「エビル、さっきエビルって言ったよなア!? あいつが生きてて、この場所に来るってそう言ったよなア! もしあいつが来るんなら俺に戦わせろオ! あいつは俺の獲物なんだ、横取りする奴は誰だろうと許さねえからなア!」
「貴様では惨めに負けるだけだぞ。イレイザー」
「敗北を重ねる都度、俺は強くなってきたア。悪魔として蘇った俺が負けるかよオ!」
男の名はイレイザー。現在の七魔将の一人。
何があったのか体の九割以上が機械で作られていた人間だったが、死亡して腐った体をサイデモンが持ち帰って悪魔化を提案した。強者不足を解消するために悪魔化されたイレイザーは、元々の潜在能力が高かったのかそこそこ強い。ただ、エビルと実際に戦ったヴァンからすれば、彼の敗北が分かりきっている。
「勝手にしろ。……そういえば悪魔王様、俺が持ち帰った死体の改造は終わりましたか? 聞いた話が事実なら相当の実力者。悪魔改造されればサイデモンすら超える実力を持つかもしれません。エビルがやって来るまでに改造が間に合うならば、早速兵として使いたいのですが」
「残念だがあの人間、死んでいるのに黄泉のどこにも魂が存在していない。完全に魂が消失している。他人の魂を肉体に入れれば改造は終わるが、本人の実力を百パーセント発揮するのは不可能だろう。それでも構わぬか?」
「……仕方ありません。可能なら今すぐお願いします」
戦闘能力に関しては残念だが戦力増強は出来る。
現状の戦力はヴァンに加え、七魔将級の強さを持つ悪魔二名。下級悪魔が一万名。
エビルが悪魔王城に来るとして現在の戦力を一人で相手取るのは厳しいだろう。仮にどれだけ強くなっていたとしてもヴァンは絶対に勝つ自信がある。例え何人で掛かってきたとしても負ける想像は出来ない。
ヴァンはエビルを迎え撃つため、机と椅子を片付けた会議室で待つことにした。
* * *
悪魔王城が存在する孤島にエビル達は来ていた。
オルライフ大陸にある名も無き村で三日休んだ後、ドラゴン形態の白竜の背に乗ってここまで来たのだ。
崖の多い孤島内に隠れるように建つ薄気味悪い城をエビル達は崖から見下ろす。
黒と赤を基調とした色は禍々しく、悪魔の根城として相応しい雰囲気である。
シャドウの記憶によれば城に現存する戦力はヴァンと下級悪魔一万名。
ただ闇雲に突っ込むだけでは全ての敵と戦闘になり、体力の消耗が激しくなってしまう。そんな状態でヴァンや悪魔王に勝てるとは思えない。何らかの手段で戦闘を減らしたいが残念ながらエビルに策はない。
「皆様あれを見てください! 誰か出て来ます!」
悪魔王城の入口を指すリンシャンが危機感のある声で知らせる。
入口の巨大な門が開き、悪魔達がぞろぞろと外へ流れ出て来た。
「悪魔いっぱい」
「こんな光景、魔信教を相手にする時も見たわね……!」
「……ごめん、僕のせいだ。僕がシャドウと融合して元の姿に戻ったから、悪魔王に居場所を察知されている。シャドウの記憶によれば悪魔王は悪魔の魂の位置を把握出来るらしいから。僕達の、というより僕の接近には既に気付いていたみたいだ」
居場所の察知は厄介な能力だが実はもう一つ、厄介な能力が存在する。
悪魔王は魂を操る技を持っていて、配下の悪魔であれば魂を強制的に黄泉へと送ることが出来るらしい。つまり、ヴァンならともかく悪魔王との戦いはエビルが戦力にならない。仲間にこんなことを話せば敵地に行くなと言われると思い何も話していない。
「ど、どうしますかあの悪魔達。数え切れない程いますし、こちらに向かっている悪魔も多くいますよ」
「殲滅」
「無理よ、まともに戦ったら数で潰される。白竜に乗って離れつつ遠距離戦を仕掛けましょう」
レミの意見は正論だ。
いかにエビル達が強くても相手の数は一万。
相手は全員悪魔であり、七魔将程でないにしろ一定以上の強さはある。
まともに戦えば人数差で押し負けるか、倒し切っても疲れ果ててしまう。ドラゴン形態の白竜に全員で乗って離れつつ、遠距離から秘術で攻撃して数を減らすのが賢い戦い方だ。五人で戦うなら一番消耗を抑えられる戦い方である。
「――いいや突っ込め」
しかし白竜は賢い提案を無視した。
「はあ!? いやいや、あの数よ? まともに相手したら体力持たないわよ」
「いいから入口へ直進するぞ。俺に策がある」
「策とは何なのですか白竜様」
「説明している暇はない。行くぞ!」
「みんな、白竜を信じよう! 心配はいらない!」
「ああもうどうなっても知らないわよ! 真正面から燃やし尽くしてやる!」
全員で崖を降りて悪魔王城の入口へと駆ける。
悪魔の軍勢に向かうも同然なわけだが――問題ない。
隣で走る白竜が「気付いたのか?」と問いかけてきたのでエビルは頷いて答えを返す。
今この場にいる味方がエビル達だけならレミの発案が最善だっただろう。しかし、悪魔と戦おうとする者は五人だけではなかった。悪魔への敵意をエビルは風としてあちこちから感じている。味方は、数え切れない程多い。
――パン!
誰かが手を叩く音が周囲に響く。
瞬間、武器を掲げて雄叫びを上げる集団が現れた。
人間の集団と、エビル達へと向かって来ていた悪魔が交戦し始める。
「な、何!? 何事!? 誰よあいつら!?」
「分かりませんが味方のようです! 大勢が悪魔と戦ってくれています!」
「――ギルドの精鋭にゃん。いきなり現れた方法はテミス帝国の発明品!」
「ミヤマさん!?」
いつの間にか並走していた女性にエビル達は驚く。
猫耳と尻尾を生やし、裾の短いメイド服を着た彼女はギルドマスターミヤマだ。
どうやって現れたのか詳しく訊いてみれば、テミス帝国の新たな発明品。全身を特殊な空気の膜で覆い、光の屈折に関与して姿を視認出来なくする効果を持つと言う。科学に詳しくないエビル達は理解しきれなかったが凄いことだけは分かる。
「なぜミヤマ様がここにいらっしゃるのですか!?」
「そこの白竜君に頼まれちゃってねー。基本的に私個人は誰の味方にも敵にもならないけれど、ギルドマスターとしての範囲内でなら力を貸すにゃん。ギルドは魔物討伐組織! 悪い魔物の情報を貰ったらどこへでも行くにゃん! 雑魚悪魔共は私達に任せなさいな!」
そう言ってミヤマは立ち止まり、必死に戦う者達を応援した。
任せろと言った本人は戦わないらしいがそれでもかなりの戦力。集団の中にはテミス帝国で出会ったミトリアや、ギルド本部で見かけた人間も交ざっている。魔物討伐組織に属するだけあって、下級悪魔の数に押され気味ではあるが一体一体討伐していく。外に出た悪魔は上位の魔物ではないので神性エネルギーなしでも討てるのだ。




