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【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
第二部 四章 各々の想い
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エビルとシャドウ


「シャドウ、か」


 黒い悪魔の彼はエビルと遜色ない程の重傷。

 全身傷だらけで黒に近い緑の血液が流れ続けている。


「酷い傷だ。どうした?」


「はっ、掛ける言葉はそれだけかよ。冷めてんなあ。こっちは死にそうだってのによ」


「……何があった?」


「気になるか。なら話してやるよ、最低最悪なクソ共の話を」


 シャドウはエビルの隣の小岩に座り、傷だらけになった経緯を語った。

 当初の目的通りに七魔将排除へ動いた彼は失敗し、悪魔王から見限られた。ヴァンに騙されたことにも怒りを抱き、殺しに来るヴァンから命からがら逃げてきたと言う。自業自得のような点もあるが、話を聞く限り遅かれ早かれ彼は処分されただろう。


 ヴァンに騙されたと言ったが、見方を変えると彼が今まで生きてこられたのはヴァンのおかげでもある。しかし、いずれ庇いきれず悪魔王は彼を始末したはずだ。ヴァンが何を思って嘘を吐いたかも、なぜ彼を七魔将に推薦したかも知らないが、きっと彼は重大な何かを誤解している。もっともそれを知ったところでもはや全てが手遅れだ。


「さあ事情は分かったな? ヴァンと悪魔王を殺すのに俺も協力してやる。俺達二人で奴等をぶっ殺すぞ!」


「嫌だ」


「……は? おい、今何て言った」


「嫌なんだよ。もう、ヴァンとは戦いたくない」


 圧倒的な実力差を理解しているから希望を見出せない。

 仮にシャドウが協力してくれるからといって何とかなるとも思えない。


「何だと、何言ってんのか分かってんのか? 勇者なんだろお前は! このまま奴等を放っておいたら世界を支配されちまうんだぞ!? 悪魔王が世界を支配したら人間なんざ奴隷同然の扱いになるぞ! それでもいいのかお前!」


「……よくないさ。よくないけど、僕じゃヴァンには勝てないんだよ」


「ぶっ殺すんだよ! 奴等が見下す俺達二人で!」


「仮に君と協力したって全員殺されるに決まっているだろ!」


 なぜ未だに立ち向かおうと思えるのか分からない。

 シャドウだってヴァンの実力は理解しているはずだ。

 仮に再び挑んでも殺されるだけだとなぜ分からないのだろうか。

 それとも現実を直視出来ないから無謀な戦いに挑めるのだろうか。

 

「……何だと。チッ、どうやら腑抜けちまったようだな。あーあ、じゃあいいよ別に。だったらお前、俺と融合しろ。俺達が一人になればあんな奴等は敵じゃねえ。本当は嫌だが、もう手段を選り好みしている場合じゃねえ」


「嫌だ」


「ああん!? お前ふざけんなよ。戦うつもりがないならその体を寄越せ! 戦いから逃げたカスの分際で拒否権があるとでも思ってんのか!? お前の代わりに俺が奴等をぶっ殺してやるって言ってんだぞ!」


「……それでも、嫌なんだ」


 融合を拒否する理由は人類のためでもある。

 仮にエビルを取り込んだシャドウが悪魔王達を討伐したとして、その後に彼が何をするか分かったものじゃない。無意味に人間を殺すことはないと思うが、人類にとって良い未来になるとは思えない。


「お前の同意がなきゃ融合は出来ねえ。こんなところで手詰まりとはな。あーあーあー何もかもが中途半端。戦うのも嫌、融合すんのも嫌、奴等の目的が果たされるのも嫌。そんで取る行動が逃亡かよ」


 返す言葉もない。今のエビルは勇気が欠如したクズだ。

 現状のままではダメだと自分で分かっていながらも立ち向かう勇気を出せず、仲間のもとにも帰れない。中途半端どころか悪手となる行動しか取れないクズだ。それなのに、一丁前に人類のためを思う部分は変わらない。


「……まあ、気が済むまで逃げりゃいいんじゃねえの」


 想像しなかった言葉にエビルは「え」と呟く。


「お前が逃げたくなる気持ちも分かるんだよ。ビュートとの特訓で強くなってから得た自信が打ち砕かれたんだ、逃げたくもなるだろ。リトゥアールや魔王を倒せたからこそ、過度な自信がお前の行動力となっていたんだしな」


 まさにその通りだ。特訓で一時的に自信を持ち、強大な敵を打倒したから定着した。それがヴァンに剥がされたからこそ弱気なエビルの出来上がり。完璧に自分を理解されていることにエビルは目を丸くする。


「驚くことはねえだろ。お前の心は知り尽くしている。俺はお前の一番の理解者といっても過言じゃねえ。お前は平和主義者で、絵本に描かれた風の勇者に憧れているだけのガキだった。そう、憧れていただけで、自分が風の勇者になりたいなんて思っていない。理想の勇者を目指すとは言っていたが、本当は勇者じゃないただのエビルとして旅をしたかったんだろ」


 確かに言われてみればシャドウはエビルと深く繋がっていた時期があった。心の声が筒抜けになるあの時期があったから、彼はエビルの思考をほぼ正確に把握出来るのかもしれない。


「全て、お見通しか」


 最初は憧れだけだった。

 旅に出たかったのも、幼稚な言い方をすれば勇者ごっこがしたかっただけだ。

 町で軽犯罪を犯した者を捕まえたり、商人の護衛をしたり、ペット探しや荷物持ちをするだけで満足。魔信教や魔王、悪魔王など世界を危機に陥れるような存在との戦いなど求めていない。平和が一番というのもあるが、そんな危険な役目は本物の勇者が受け持つのが当たり前だと思っていた。


 憧れだけでよかったのに、何の因果か現在エビルは風の勇者となっている。

 困っている人間を見捨てられない性格のせいで魔信教と戦い、魔王と戦い、七魔将と戦っている。この役目は本当にエビルがやらなければならないのかと何度も思った。いつしか勇者という存在への憧れは重荷へと変わっていた。立場に付き纏う責任がエビルを今も苦しめている。


 仮に勇者じゃなくても七魔将とは戦っただろう。しかし、勝てない相手と分かれば自分よりも強い人間に助けを求められる。勇者なんて称号さえなければ戦いを他の者に任せ、自分は補助的な役割に回れたはずだ。……なのに立場の責任がある勇者は逃げることが許されない。


「勇者には責任が付き纏う。勝手に役目を押し付ける人間や神を守り、世界を救わなきゃなんねえ。悪党との戦いばかりの日々は勇者を早死にさせる。死ぬまで誰かを救わなきゃならねえなんて、まるで世界中の奴等の奴隷じゃねえか。お前には荷が重いだろうよ。その重さをお前は、自分は強い、自分ならやれるんだって自信で誤魔化していたろ」


「そうだね。勇者って言葉は、想像よりずっと重い」


 勇者として認めてほしい自分がいる中で、逆に勇者の役目から降ろしてほしい自分もいる。矛盾する想いはどちらも本音だ。気持ちを誤魔化していた自信が消えた今、再び勇者を辞めたい気持ちを認識してしまう。


「だから、俺が代わりに悪魔王を倒す勇者になってやろうかって話だろ。融合に同意しろ。俺と混ざっちまえばお前は勇者のお役目からも解放されるし、誰かを失う恐怖に怯えることはなくなる。お前は晴れて自由だぜ?」


「悪魔王を倒した後はどうする」


「さあな、考えてねえよ。あー、このクソッタレな世界をぶっ壊すかもな」


「なるほどそりゃダメだ。君に体の主導権を渡すわけにはいかないな」


「はっ、だったらどうする。このまま逃げ続けるのか?」


 逃げても何も解決しないなんて最初から分かりきっている。

 先程からシャドウの発言はエビルの心を抉ってばかりだ。


「――俺は知ってるぜ」


 脈絡のない言葉を不思議に思いエビルは「何を?」と問う。


「エビル・アグレムがどういう男なのか俺は知っている。お前は反吐が出るほど優しくて、敵を救う方法をいつも考えていて、他人のために命を賭けられる男だ。例え今逃げていたとしても、お前は誰かを見捨てる選択が出来ない。最終的に自分一人でも誰かを助けるために動く。……俺の、一番嫌いな生き方をする」


 今までの自分の過去を振り返ってみれば答えは最初から出ていた。

 最初から先代勇者ビュートへの憧れがエビルの体を突き動かすのだ。目に映る全員を守り、真の悪と言える存在以外は死なない理想を追いかけている。勇者だからではなく、特別な力を持つからではなく、ただのエビルだった頃から人を救いたいと思い続けてきた。どんなに強大な敵がいたとしても、やはり諦めきれない。


「……参ったな。君は、僕よりも僕のことに詳しいみたいだね」


「言ったろ。気にくわねえが、俺はお前の一番の理解者だってよ」


 逃げたい気持ちは今もあるが、シャドウと話すことで少し気が紛れた。

 仮に逃げ続けてしまえば逃げ癖がつき、これから先も何かと逃避するようになってしまう。今までの歩みを無意味としないためにもエビルはほんの僅かな勇気を出す。自信は今や無に等しいが、嫌いな悪魔と融合してでもエビルは最期まで立ち向かうと決めた。


「一つ訊きたい。融合したとして勝算はあるのか?」


「元々最強の悪魔だったうえ、分離してから俺達は格段に強くなっている。もう一度元の姿に戻れば遥かに強くなっているはずだ。ハイエンドでの出来事を思い出してみろ、中途半端な融合でも超強くなっていただろ。必ず勝てるとは言わねえが、勝てる可能性は高い」


 ハイエンド城下町でエビルは一度シャドウを吸収しかけている。当時は無我夢中でやっていたのでやり方は分からないが、中途半端な融合だったにもかかわらず圧倒的な暴力を振るった。……しかし、当時の状態からして融合すればエビルが負の感情に支配されるかもしれない。


「暴走する危険は?」


「あん時はお前が負の感情を望んだから邪悪になったんだ。お前が憎しみや恨み、怒りなんてもんを抱かず冷静に融合すれば人格は変わらねえよ。……お前の意識が残ればの話だぞ。融合したら俺かお前か、どちらかの意識が吸収されて消えちまうかんな」


 エビルとシャドウのどちらかしか意識が残らない。

 薄々予想はしていたが、自分が最後に残るかは賭けになってしまう。


「……頼みがある。僕の意識を残してくれないか? 実は約束があってね。消えるわけにはいかないんだ」


「ヴァンも悪魔王も俺が直接この手でぶっ殺してやりてえんだぜ? 譲るわけねえだろ。奴等はきちんとぶっ殺してやるから安心して消えな。約束とやらは俺が果たしといてやるからよ」


「まあ融合すれば結果は分かる。次に目覚めた方が真のエビルだ」


「ああ、どっちが残るか分からねえが恨みっこなしだぜ」


 二人は向き合い、固く握手する。

 目を閉じて、互いに混ざりたいと強く願う。

 願いに反応してか二人の体は密着し、混ざり合い、一つとなっていく。


 川の水に反射する姿はもうエビルでもシャドウでもない。

 髪の毛は白と黒の毛束が交互に生えている。背中からは烏のような羽が、頭部には触れなければ分からない程小さな角が生えた。肌の色は若干黄色に、目の色は灰色へと変化する。


 ――今ここに、かつて最強の悪魔と呼ばれた真のエビルが降臨した。



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