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【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
第二部 四章 各々の想い
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逃亡


 人間が平和に暮らす町でエビルは笑みを浮かべている。町にいるレミも、リンシャンも、クレイアも、ロイズも、今まで出会って来た人々も笑顔だ。まさに理想郷のような場所で、エビルは民家の屋根から人々を眺める。


 平和に時間が過ぎていくと、誰かが町の入口に歩いて来た。

 黒いコートを着た灰色髪の青年だ。彼は剣身に四本のラインが彫られている大剣で、次々と人々を殺す。

 殺戮を止めるべくエビルが地面に下りて彼と対面する。


 向かい合って剣を手に取り、斬り伏せようと攻撃したが敵わない。

 どんな攻撃をしようと通用しない。逆に突き飛ばされて剣は折られた。

 そして大剣がエビルの首目掛けて振るわれ――。


「うあああ!?」


 ――目覚めたエビルはベッドの上で勢いよく上体を起こす。

 夢だったのだ。嫌な夢を見てしまったのだと認識した。

 悪夢のせいで動悸は激しくなり息は乱れている。


「酷い夢でも見たか」


 横から声が聞こえたので振り向くと白髪の男が立っていた。

 金の瞳を向けてくる彼を見て気を失う前の出来事を思い出す。


「はあっ、はあっ……は、白竜。レミ達は……無事?」


 ヴァン・アルスという恐ろしい人間から逃げ切ったのだと推測出来る。

 ただ、だとすれば次の心配は仲間の安否。

 エビル含めて全員が重傷だった。あの時既に死んでいても不思議ではない。


「無事、とは言えん。治療が施されてもまだ目覚めていないからな」


「治療……そうか、君が僕達の傷を手当てしてくれたのか」


 痛む体を見下ろしてみれば、ボロボロの服の下に血の染みた包帯が見える。

 重傷を負ったせいで体に巻かれている包帯が多い。今は止血の薬を使ったのか傷のわりに出血が少ない。……とはいえ黒に近い緑の血液が染みた包帯は傷の深さを物語っている。


「貴様の傷の手当ては俺がやったが、貴様の仲間を手当てしたのは貴様自身だぞ」


「……僕が? そうか、風林紋(ふうりんもん)


「無意識に貴様が秘術で治していたらしい。目覚めるかどうかは残る体力次第だ」


 まだ目覚める保証はないが一先ず安堵して小さく笑う。

 一生目覚めず死ぬ可能性もあるがレミ達なら大丈夫だと信じている。


「……ここはどこなの?」


「オルライフ大陸の名も無き村だ。ここまで離れれば追っ手も来ないだろう。全てではないが事情を話せば村人は快く空き家を貸してくれた。貴様に使った薬草やら包帯やらも村の物だ。村人に会ったら感謝しておけ」


「良い人達だね。分かった、後でお礼を言いに行くよ」


「貴様の仲間が目覚めたら今後の方針を話し合う。残る強敵、ヴァンと悪魔王にどう対処するかをな」


「……ヴァン……アルス」


 名前を聞いた瞬間にエビルの背筋が凍った。

 敵である人間を思い出すだけで手が震える。

 恐怖を悟られないようエビルは必死に表情を作る。

 ベッドから下りて床に立ち、部屋の扉へと歩き出す。


「どこへ行く。村人への礼は後でいい。今は体を休めておけ」


「……ちょっと、散歩」


「女共と違って貴様は重傷なんだぞ。動くな、安静にしていろ」


 白竜の言葉を無視してエビルは部屋から出た。

 隣の部屋の扉は開きっぱなしであり、ベッドで寝る仲間達が見えた。

 数秒レミ達を見つめたエビルは再び歩き出して空き家を出る。


 白竜の言う通り重傷なので普段通りには動けない。

 本当は走りたかったが足は言うことを聞かず、歩く動きさえぎこちない。

 そんな状態にもかかわらず村人に見つからないよう村を出て行く。


 村は故郷のように森に囲まれた場所だったらしく、当てもなく森を彷徨う。

 水が流れる音が聞こえたので発生源へと向かい川を発見した。

 川の近くにあった小さめの岩にエビルは座り、川の流れを眺める。


 目的地などない。散歩というのも嘘。

 ――エビル・アグレムは逃げたのだ。

 事実を認めたくなかったが認めざるを得ない。

 自分の不甲斐なさに頭を抱える。


 仲間のもとから逃げ出してしまうくらい、勇者としての役目を放棄してしまうくらい、エビルはあのヴァンという人間が恐ろしかった。彼の純粋な強さが怖かった。人間なのが信じられない程の強さを持つ彼とは二度と戦いたくない。


 エビルは誰にも負けない自信があった。

 自分が傍にいれば誰もを守り通す自信があった。

 先代勇者ビュートとの特訓で強くなってからは自信が溢れていたのだ。


 自分一人では勝てない強敵には仲間の力を借りるが、自分が戦って敗北するなどありえないと思っていた。仮に敗北するとしても想像を超える存在のみだ。神すら勝てないミヤマ、その細胞から生み出されたミーニャマには敗北しても仕方ないと思える。


 ――しかし、ヴァンはただの人間。

 人間で強いといえばリトゥアールが思い浮かぶが、彼女には仲間と協力して勝利している。彼女と再び戦ったとしても、魔王すら撃破した〈紋章融合・風火紋〉を使えば勝てるだろう。……それなのに、ヴァンには紋章融合を使っても善戦すら出来ない。


 決して風林紋が風火紋に劣っていたわけではない。技の威力は少し下がるが身体能力強化の具合は同レベルだし、傷の回復すら行える風林紋の方が便利だ。しかしヴァンの速度には追いつけず、強力な秘術は魔剣に吸収される始末。例えこれから特訓を積み重ねても、ミヤマが告げた三種類以上の紋章融合をしても勝てる気がしない。


 今まで敵に恐怖にしたとしても負けずに食らいついてきたが、今回の恐怖は桁違いだ。エビルの心は折れてしまっている。自信と戦う意思は砕け、風の秘術すら誰かに与えたいと思うくらいだ。


 仲間のもとに戻る気にはなれず、ジッと川の流れを眺め続ける。

 時間がどんどん過ぎていく。

 日が沈み、空が暗くなり、星々の光が見えてくる。


「――やあっとおお、見つけたぞおお」


 声が聞こえた方向に顔を向ければ知り合いがいた。

 エビルとは同じ顔をした黒い悪魔が木々の間から歩いて来た。



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