遅すぎた決心
「仮に友として好きなだけでも恋人になっていいと思うぞ。俺は恋人なんて友人の延長線だと思っている。重要なのは共にいて楽しいかどうかだ。貴様はレミと共にいて楽しいか?」
「楽しいよ」
「俺はそれだけ分かっていれば十分だと思うがな」
確かに一緒にいれば楽しい時間を過ごせるがレミに限った話ではない。
ロイズとも、リンシャンとも、クレイアとも、村長やセイムとも一緒にいて楽しい。白竜の話を鵜呑みにすると男性とも恋人になる可能性があってしまう。世の中には同性愛者や両性愛者もいるのでおかしくはないが、エビルは違うと断言出来る。性的な行為を男性とする想像をしたら嫌な気分になる。
ただ、大部分は間違っていないようにも思えた。
一緒にいて楽しいことが重要なのは事実だ。
友達や仲間として接する彼女達と恋人になることに嫌悪感はない。想像するのは恥ずかしいが性的な行為をするのも、子孫を残すのも苦ではないだろう。
しかし仮にレミと恋人になったらリンシャンが悲しむ。逆も同じ。
自分の選択で誰かが悲しむのをエビルは見たくないし想像したくもない。
いっそのこと複数人と恋人になれたら……と考えて首を横に振った。
可能といえば可能だ。複数人と恋人になり、結婚が許可されている国はある。だがアスライフ大陸では一夫一妻制なのでエビルの価値観には合わないし、堂々と浮気宣言しているようにしか思えない。個人的に恋人は一人でいいとエビルは思っている。
『誰も傷付かない答えなんてないだろ』
誰かの声がした。
『既に答えは出ているのに色々な理由付けて隠してる。誰も傷付けないために』
一瞬シャドウかと思ったが紛れもなく自分の声だ。
『一人を選べない理由は単純明快。君は誰のことも――』
声を中断させるためにエビルは自分の頭を殴りつけた。
いきなりの自傷行為に白竜は目を丸くしている。彼は「大丈夫か」と問いかけてきたので、エビルは「大丈夫、驚かせてごめん」と笑う。手遅れかもしれないが心配させないように取り繕う。
昼間も聞こえた声の正体は自分自身だ。
ストレスなのか、出自なのか原因は一切不明。
精神が分裂しかけているのは確かなので気を付けなければならない。
正常な状態に戻るにはやはり、答えを出すしかないと強く思う。
誰を傷付ける結果になったとしてもエビルは返事をしなければならない。
今はまだ勇気が足りないし、決戦を控えているのもあって言えない。告白の返事が原因で連携が崩れ、勝てる敵に敗北することだけは阻止する必要がある。つまり決戦後、悪魔王との戦いが終わった後でエビルはレミに告白の答えを返す。今そう決めた。
* * *
劇場でのダンスが終わり、ロイズ達は報酬を受け取る。
今日の公演を無事に終えられてオーナーの男は咽び泣いていた。彼からの報酬は三万二千カシェと高額であり、実際の踊り子への日給四人分。レミとクレイアは客に披露するレベルで踊れていないため、二人分でもいいのだがとロイズはこっそり思う。
「エビル、途中で白竜と出て行ったでしょ。てか何であいつがいるわけ?」
劇場からの帰り道でレミがエビルへと問いかける。
「町には偶然いたんだってさ。悪魔王がいる場所を調べていたみたい」
「ふーん、心強いじゃない。また加勢してくれるかもね」
「白竜とはいったい誰だ? 知り合いのようだが」
「戦友よ。カシェ様の従者で、人間の姿だけど実際は竜で、めっちゃ強い男」
「……つまり、仲間という認識でいいな」
情報が混雑しているが要約すればエビルの仲間の一言で済む。
神と崇められるカシェの従者だとか、人型は仮の姿で本当は竜だとか、色々聞きたいことはあるが一先ず後に置いておく。傍で聞いていたリンシャンも今は頭の中で情報を整理しているようだ。クレイアは深く考えず戦友という言葉で納得している。
「……当然、強いのだろうな」
ロイズは周囲に聞こえない程度の小声で呟く。
秘術使いですらない白竜という男にロイズはおそらく勝てない。
白竜が強いのはエビル達が信頼している時点で確定したこと。
エビル達と同格と考えても違和感はない。
心を占めるのは嫉妬。かつてエビルと共に旅をしていたレミの強さを間近で見てから、膨張し続ける実力者への嫉妬。普段は表に出さないが心の中では溢れそうなくらいに肥大化している。
結局その日、ロイズは上の空な状態で夜まで過ごした。
予約していた宿のベッドで眠ろうとするが眠くならない。
今思うことはシンプル。ただ強くなりたい。今よりも強く、師よりも強く。
目標と呼べる男の背中は遠く感じる。もうこの世にいないからか、それともロイズがまだ未熟なのかは分からない。面倒なことを考えているとはロイズも思うが、可能ならもう一度ナディン・クリオウネと会って話がしたい。今の自分を見て、評価してほしい。
「……私は幾らか強くなれたのだろうか」
ロイズが眠くなったのは深夜帯。
不気味な雲が月光を覆い隠し、悩む者を深き眠りへと誘う。




