ベジリータ
オルライフ大陸のとある町、ベジリータ。
緑、赤、黄などカラフルな建築物が彩る美しい町並み。
現在ベジリータに到着したエビル達は鮮やかな町を歩く。
「……ここに来るのは随分と久し振りだな」
歩いている途中にロイズが呟いた。
「え、来たことあるの?」
「幼い頃、師や使用人と共に一度だけ。ベジリータはバラティアの領土内にある町だ。もっともバラティアが滅びた今となっては、どこの国にも所属していない独立した町という扱いだろう。……ふっ、王都が壊滅しても町は変わらないな」
バラティアの領土内だとエビルは知らなかった。
サイデモン・キルシュタインの手によって滅ぼされたバラティア王国。ロイズの故郷でもある国の王都は彼女の話によれば壊滅状態。彼女にとっては辛い思い出が蘇る場所である。エビルが様子を見ていると彼女の心への負担は思ったよりも少ないのに気付く。
「みんな、私のことは心配しなくていい。心配なのは強生命タマネギだよ。私が以前訪れた時は確か売り切れて店で買えなかった覚えがある。売り切れは心配だし青果店へと急ごう」
ベジリータを訪れたのはミヤマ考案ハイパー特訓のためだ。
特訓と称して頼まれた買い物で入手すべきは三種類の食材。
強生命タマネギ。濃塩鶏。黄金卵。
既に手に入れた濃塩鶏については、郵便局の運送サービスによってギルド本部に届いた。ベジリータに来る前にコミュバードで連絡を取り、ミヤマから無事届いたと報告されているので間違いない。
この町で入手しなければならないのは強生命タマネギ五個。
ロイズの話では市販されている野菜なので店で容易に入手可能だ。
「売り切れるくらい人気なわけ? アランバートじゃ野菜なんていつも売れ残ってたわよ。野菜より肉ってね」
「肉、最高」
「レミさんとクレイアちゃんはもう少しお野菜を食べた方がいいと思います」
「な、何よ、作られた料理は残してないじゃない」
「ええ、残してはいませんね。エビル様に分けていますもんね」
旅の野宿中、レミとクレイアはサラダが食事に出た時決まって渋い顔をする。
二人は野菜が食べられないわけではないが好きでもない。毎度サラダの半分はエビルに押しつけているため、エビルは実質二人分の野菜を食している。しかも、断らないせいか最近押しつけられる量が増えている気がする。
「野菜、嫌い。食べたくない」
「そうそう、嫌いな物を無理して食べる必要ないのよ。ストレスになるもの」
「子供みたいな我が儘言わないでください。野菜を食べないと栄養が偏りますよ。肥満の原因にもなりますし、体調を崩すかもしれません。私の力でも栄養失調は治せませんからね」
「半分は食べているじゃない。半分は」
「半分しか食べていないの間違いです」
二人が中途半端にしか野菜を食べないのを知っているため、リンシャンは最近ある手法を使っていた。サラダを用意するのはもちろんのことだが、ハンバーグなど二人が大好きな肉料理の中に野菜を入れている。細かく刻んで野菜だとバレないように混ぜて、密かに二人に野菜を食べさせているのだ。エビルが食事当番の時も同じ手法を使うようにしている。
「リンシャン、この町で野菜を多く買っていけ。ベジリータで採れた野菜は栄養価も高いし絶品だぞ。バラティアの人間の間では美容にいいともっぱらの噂だ。野菜を食べ続けたら美人になるなんて内容の絵本もあったか」
「本当ですか! では多めに買っていきましょう!」
リンシャンの宣言にクレイアだけが絶望的な表情になった。
野菜があまり好きではないレミも同じ表情になると思いきや、真顔で何かを考え込んでいる。
「……ロイズ、本当に野菜が美容にいいわけ? 食べて美人になれるわけ?」
「あくまで噂さ。科学的根拠は存在しない」
「火のない所に煙は立たないとも言うわ。前からアンタのこと綺麗すぎると思っていたのよ、謎が解けたわ。そうと分かれば仕方ない。アタシは今日から野菜好きになる! この町の野菜をお腹いっぱい食べる!」
急に心変わりしたレミにクレイアは「裏切り者」と呟く。
会わないうちにエビルはレミの女性らしさが増した気がした。
胸の成長が乏しいのは相変わらずだが心は変化している。髪も少し伸びたせいか何となく、彼女が彼女の姉に近付いた気もする。以前はもっと綺麗になりたいという欲を持たない女性だった。……悪い変化ではない、寧ろ良い。自惚れでなければエビルのために美しくあろうとしているし、もしそうなら非常に嬉しい。
――そしてそんな彼女に未だ答えを返せていない自分を嫌う。
三年待つと言ってくれたレミの優しさに甘える自分に腹が立つ。
当然恋愛について今まで真剣に考えてきた。テミス帝国にてミトリアに相談をした時、彼女の恋愛観の語りは心に強く残っている。彼女は『ナナクと一緒にいると胸が温かくなり、嬉しさが込み上げるのをもっと感じたかっただけだからな。その感覚が恋愛だと知ったのは随分後だったのさ』と語っている。
一緒にいると胸が温かくなり、嬉しさが込み上げる存在。
そんな存在として真っ先に思い浮かんだのは……村長だった。
愛は愛でも家族愛。ミトリアが『お前の答えはお前自身が見つけなければならない』と告げた通り、ミトリアの恋愛観はエビルと違う。一種の正解だろうがエビルには当て嵌まらない。
難しく考えすぎだとは思うが、適当に妥協した返事をレミにしたくない。
一緒にいて嫌ではなく、楽しく、もっと傍にいたい相手がレミである。
これこそが答えだと勘違いしかけたが実は同じ感情をロイズ、リンシャン、クレイア、同性のセイムにさえ抱いていた。つまり村長への気持ちと同じ家族愛や友愛だ。考えるのに長い時間掛けた結果、余計分からなくなる事態に陥っている。
『嘘つき』
誰かの声が聞こえた。
『いつまで誤魔化すつもり?』
よく知っている声。エビルのような声。
『答えなんて最初から出ている』
表情や仕草には出さず心の中で動揺する。
何となく、このまま深く考えるのはマズい気がした。
「――ん、あったぞ。あそこが青果店だな」
エビルの思考がロイズの声で中断した。
ロイズが指す方向を見れば市場の左側に青果店があり、多くの野菜や果物が並んでいる。カラフルな町並みと同じで店内の野菜や果物は多彩。見ているだけでも楽しめる。
買い物をするためにエビル達は青果店へと近付く。
「いらっしゃい! 新鮮な野菜と果物揃ってるよ!」
町の騒々しさに負けないよう店主の中年男性が元気よく声を出す。
「店主、強生命タマネギを五個買いたいんだが」
「強生命タマネギかあ、そりゃタイミング悪かったな。今はどこの店にも売ってないぞ」
店主の言葉にエビル達は「え?」と呟く。
「どこの店にも売っていない? おかしいな、確か以前来た時はどこの青果店でも取り扱っていたと思うんだが」
「今は入荷したくても入荷出来ないんだよ。最近、強生命タマネギの畑を魔物に荒らされちまったからな。ま、町の〈スピアズ〉が魔物を倒してくれるまでの辛抱さ。あいつらならきっと倒してくれる」
エビルは「〈スピアズ〉?」と言って知らないことを伝える。
一人、ロイズだけは顎に指を当てて何やら考えていた。
「旅人さん知らねえのか? 何があったのか、バラティア王国の王都は壊滅。民を守る兵士達も当然いねえ。今のこの町じゃ自警団〈スピアズ〉だけが頼りさ。〈スピアズ〉は王都が壊滅する前から魔物を狩ってくれているんだ。町想いの良い奴等さ」
兵士は基本王都にいるので生き残りがいるか不明。魔物から守ってくれる存在がいなかったらベジリータも壊滅していたかもしれない。七魔将でも何でもない、そこらにいる魔物の仕業で。
町は平和なように見えるので自警団〈スピアズ〉はそれなりに優秀だと分かる。町人からも頼りにされているし、今まで実績も多いのだろう。エビル達が助けに行くまでもなく魔物を討伐出来るかもしれない。
「その畑を荒らす魔物は〈スピアズ〉の方々で討伐出来るんですか?」
「奴等はこれまで数々の魔物を駆除してきた。今回も大丈夫さ。……というわけで強生命タマネギは売れないが、他の青果は全部揃っているから買っていきなよ! どれも美味しいよ!」
畑を荒らす魔物を〈スピアズ〉だけで倒せるなら心配はいらない。
困っている人々は見過ごせないが、今回の話はベジリータを守ってきた自警団に任せても問題ないだろう。解決してくれる者が他にいるなら出しゃばる必要はないのだ。誰かが誰かを助けようとすることが一番大事であり、助ける側がエビルである必要は全くない。寧ろ世界中の人々が誰かを助けながら生きるのが理想である。
「あ、では他の野菜や果物を買いますね」
店に並ぶ青果を見ながらリンシャンが買いたい物を選ぶ。
大量に購入した彼女は満足そうに袋を持ち、そんな彼女を見たクレイアが嫌そうな顔をする。
魔物のことは自警団に任せ、エビル達は泊まるための宿探しを始めることにした。




