生きてほしい
遊びで石像が大量生産されていく様を見ていると、エビルはロイズの表情に気付く。
隣にいる彼女の表情は深刻なものだ。瞳は暗く、闇を映している。
若干楽しい気持ちが伝わってくるが心の奥底は薄暗い。
「……遊んでいる場合なのか」
現状に対しての不満に似た言葉を吐いたのはエビルだ。
本気で思ってはいない。ただ、ロイズは近い感想を現状に抱いているだろう。
証拠に彼女の暗い瞳が揺れて動揺している。
なぜ分かったと言わんばかりにエビルを見てくる。
「そう思っているんじゃない?」
「……ああ。よく分かったな」
本心を言い当てられたロイズは海で遊ぶレミ達を眺める。
「最初に賛成した私が言うのもおかしいが、ギルドマスターの考えた特訓に意味を見出せないんだ。遊ぶ暇があるなら鍛錬に費やした方がいい。私達が求めているのは強さ、七魔将にも悪魔王にも勝てる強さだ。少しでも己を高める時間を作った方がいいのではないかと、そう考えてしまう」
「もしかして、毎夜一人で離れた場所に行くのは」
「槍技と〈メイオラ闘法〉の練度を上げていた。私が鍛錬すべきはそれだけだ」
ロイズの言うことはいつも一理ある。
強大な敵に打ち勝つ強さを求めるなら特訓あるのみ。
海で遊んだり、貴重な食材を探したりしている場合ではない。
毎日エビル達は模擬戦を行ったりして特訓しているが、時間を作ろうと思えばもっと特訓に時間を回せる。使える技術や心身を鍛え、新たな技や戦術を考えるなどやることは多い。一日をもっと有効活用すれば実力の伸びも早くなるだろう。
「アギス港で君は、旅を楽しもうと言っていたな。あれから考えて旅路を楽しむのも悪くないと思った。せめてサイデモンとの決戦までは、楽しむ心を忘れないようにしようと、そう思った。……思ったのに、今をあまり楽しめていない」
このままでは復讐を果たせないのではと焦る気持ちが楽しさを掻き消す。
ロイズの心の状態は本人に次いでエビルがよく分かっている。
「時々悩む。私は、何のために生き残ったのか。何の役に立てる人間なのか。……私には秘術使いのような特別な力がない。いくら鍛錬を積み重ねてもサイデモンを殺せない。現実が何度諦めろと唆してきたことか、もう数え切れないよ」
「……ごめん。僕は君に都合の良い言葉を掛けられない。君に特別な力はないし、上位の魔物を殺せないのが現実だ。……だけど諦めろなんて言わない。君がサイデモンと戦う時は僕も、レミも、リンシャンも、クレイアも一緒に戦う。一人で背負う必要なんてないよ。敵に隙を作ってくれさえすれば僕が、仲間が敵を滅ぼす」
ただサイデモンを殺すだけなら秘術使いがトドメを刺せばいい話。
ロイズはもう妥協が必要だと理解している。仇を討ちたいという願いを彼女が持ちつつ果たせないのなら、仲間であるエビル達が手伝う。後は彼女が妥協案を納得してくれるかどうか。現実を見ている彼女が決戦前に受け入れてくれるのが理想だ。
「あと、何のために生き残ったかだっけ? それは分からないけど僕はロイズに生きていてほしい。君が死んだら僕達が悲しいし、まだ一緒に旅をしたいんだ。復讐が終わった後にやることがないんなら僕に付いて来てよ。君が傍にいると心強いからさ」
「……旅、か。それはいいかもな」
ロイズの心の闇が晴れるまでいかずとも若干薄まった。
「ふふっ、そんなに傍にいてほしいなら生きなければね。あとはそうだな、いずれ君とバラティア王国を復興させる未来も悪くない。……まあ、君との王国復興は厳しいだろうが」
「よし、じゃあ決まり。全部終わったら一緒に旅に出よう」
今回の一件が終わったらエビルは人助けの旅へ出発する。
どこへ行くのかも決まっていない一人旅はやはり寂しい。
誰か、共にいてくれる仲間がいたらエビルとしてはありがたい。
ロイズなら気心知れた仲なので共にいれば楽しいだろう。
「ああ、そのためにはまず生き抜くのが大前提。悪魔王も七魔将も皆で倒そう」
一人で倒したい、自分がトドメを刺したいと願っていた彼女の心が変わる。
笑いかけてくる彼女に「うん」と同意するようにエビルが頷く。
「でも今は心と体を休めよう」
今日は遊ぶための時間を精一杯楽しもうと、心が多少軽くなった彼女は認識を改めた。
――数分後。
ふいにエビルはおかしなことに気付く。
砂浜で砂遊びして時間は過ぎたが、一向に男神官達が帰って来ない。
水着に着替えるために森へ行ったはずの彼等は手練れの神官。
魔物に遭遇しても対処可能だろうし、着替えるだけなので心配は全くしていなかった。しかし着替えだけにしては遅すぎる。こうも遅いと心配だ。仮に魔物と遭遇して、それが討伐対象の強大な魔物なら全滅もありえる。
「……ロイズ。着替えに行った神官達、遅すぎると思わない?」
「ん、確かに遅いな。もう来てもいい頃だろうに」
「不安だ。ちょっと様子を見てくるよ」
「私も行こう。妙な胸騒ぎがする」
小規模な森の中には気配が多数。一度会った男神官達の気配は風として秘術で感じられるはずだが、今は誰の気配も感じない。
只事ではないと推測したエビル達が森へ入った。
伐採されて道が作られている森の中。先程着替えた場所をロイズに教えてもらい、男神官達もそこで着替えていると予想して駆ける。道に迷わず辿り着いたその場所には――男神官七名が倒れていた。
「これは……死んでいるのか?」
「いや、気絶しているだけだよ。彼等の命は風として感じられる」
「そうか。それは良かったが酷いやられようだぞ」
一見死亡したようだが気絶しているだけだ。
神官服を脱ぎかけていたり、水着に着替え終わっていたり、全裸で倒れている者もいる。さらに全員に痣や腫れ上がった部分が必ずあった。見てすぐ分かるが腕や脚がおかしな方向に曲がっている者もいる。
緊急事態だ。海で遊んでいるレミ達をロイズに呼んできてもらう。
集まった女性達は男神官達のやられ様を見て絶句した。
さすがに局部を見られるのは可哀想なのでエビルが神官服や水着で隠した。もしそのまま放置していたら、主にリンシャンあたりが悲鳴を上げていたかもしれない。男達の尊厳も最低限守れたと思う。
怪我の治療をリンシャンにやってもらう間にエビル達は状況を整理する。
「ウィレインさん、すみません。彼等を守れなくて」
「謝る必要はねえさ。誰も死んでねえし、リンシャンが治療すれば傷も残らねえんだろ。それより問題なのはどんな奴にやられたかだ。こいつらは一応精鋭揃いの神官。並の魔物や人間にやられたとは思えねえ。……おそらく、奴だろうぜ」
エビルは「奴というのは?」と問う。
「――ギャンクラブ。アタシ達が倒しに来た魔物さ」
知らないエビル達五人にウィレインが説明する。
大型の蟹らしき魔物、ギャンクラブ。
戦った者の話では赤黒い甲羅がとても硬く刃物を通さない。生半可な力でいくら攻撃しても傷一つ付かず、討伐隊を率いていたストロウという男以外は傷付けられなかった。ストロウの攻撃でも僅かな傷しか与えられなかった。
腕力も強く、一撃でも貰えば大ダメージ。
日々鍛えている神官でさえ骨折してしまう程である。
「仕方ねえ、休憩時間はここまでだ。奴を捜すぞ」
ウィレインの言葉に全員が頷く。
一刻も早く魔物を倒さなければ被害は広がってしまう。
エビル達は散らばってギャンクラブ捜索に取りかかった。




