水上国ウォルバド
「エビル、確かウォルバドで手に入れるのは濃塩鶏だったな。観光がてら肉屋へ行くか? いや、まさか捌かれる前の個体を丸ごと入手しろという意味か? もう少し詳しく聞くべきだったかもしれないな」
ロイズの言う通り目当ては濃塩鶏。
鶏肉を買うにしても部位はメモに記載されていないし、五羽と記載されているからおそらく丸ごとだ。収納袋には命ある物は入らないので、持って帰るとしたら非常に大変だろう。そもそも基本部位ごとに切り分けて売られる鳥を入手するのも困難だ。
「たぶん鶏を丸ごと持って帰れってことだと思う」
「どうやってだ?」
「……抱いて持って帰るとか」
「途中で逃げられそうだな。コミュバードでギルドマスターに指示を仰ぐか」
鶏をそのまま持って旅をしたら絶対逃げられてしまう。
殺してしまうと鮮度が落ちるし、船に辿り着くまでに腐る。
最初からアスライフ大陸の地図頼りで来るなと言われるかもしれないが、世界地図は大陸の位置が書いてあるだけの地図。大陸のどの位置にどの町があるのかは分からない。ウォルバドに来たことがないエビル達では、アスライフ大陸の地図頼りに進むしかなかった。
どうやって運ぶかエビルが考えていると、リンシャンが「あ」と声を上げる。
「コミュバードといえばギルド本部でとある噂を耳にしましたよ。郵便局が新たに、荷物を運送するサービスを開始したそうです。運ぶのはコミュバードなので、軽い荷物しか運べないらしいですけど」
「本当? じゃあ濃塩鶏を手に入れられたらギルド本部に送ってもらおう。良かったあ、きっとミヤマさんは運送サービスありきで考えたんだろうね。これで運搬の問題は解決。あとは手に入れるだけだ」
さすがに運送サービスなしの予定だったとは信じたくない。
持ち運びの話は纏まったので、次はどう手に入れるかだ。
捌かれていない鶏がいるとしたら養鶏場だろう。
エビル達は都市を観光しつつ養鶏場を目指す。
ウォルバドではノルドと同じように漁業を行っていて、海鮮食材が主に売り出されている。真珠もよく取れるようで真珠の装飾品も売られていた。しかし残念ながら武具防具は欠乏していた。ウォルバドでは神官が兵士の役割もこなしており、武具防具は全て女王や神官の手に渡っている。戦うべき人間以外武器を持たなくていいという女王の言葉により、店は撤去されたのだ。
観光して楽しみながら町を歩いていると見知った人物を発見する。
眼鏡を掛けた筋骨隆々の女性だ。水色の長髪は整えられておらず、美容には全く気を遣っていないことが窺える。おまけに姿勢が猫背の彼女は大きな戦斧を背負っていた。
彼女こそ水上国ウォルバドの女王、ウィレイン・ウォッタパルナである。
「ん? おっ、勇者サマじゃねえか懐かしいな!」
「お久し振りですウィレインさん。ご壮健のようで何よりです」
「はっはっは、やっとアタシの国に足を運んだってわけか。ソラの妹も来てくれて嬉しいぜ」
「んん? 姉様とウィレインさん親しかったっけ?」
「手紙でよく連絡取り合う仲さ。この前はアランバートで飯ご馳走してもらったよ」
クランプ帝国で開かれたサミットで関わったのを随分昔に感じる。
実際長旅をしているし、長い時間が過ぎれば色々変わってくる。
「エビル、レミ、知り合いなのか?」
「ああ紹介するよ。こちらウォルバドの女王、ウィレインさん」
「女王……? 事実か?」
「豪快な方ですね。聖国の王様とは雰囲気が全然違います」
ウィレインの口調や性格は王とは思えない程に豪快。
初見だと彼女が王だとは信じ難いだろう。素直なリンシャンは受け入れているが、ロイズは疑惑の目を向けている。最初から興味を持っていないクレイアは無反応だ。
「今日は観光かい?」
「それもありますけど、お使いを頼まれていまして。この国にいる濃塩鶏という鳥が欲しいんです」
「濃塩鶏を?」
「はい、五羽欲しいんです。……生きている状態で」
ウィレインは「はあ?」と驚いた声を出す。
普通生きた鳥を買おうとしているなんて思わない。そもそも買えるか分からない。女王に断られたらきっぱり諦めて、捌かれた肉を運送サービスで送ろうとエビルは考える。
「ぷっ、はっはっは! まさか丸々鶏を持って行くつもりとは、勇者サマの頼み事は随分と豪快だね! ああいいよ、勇者サマにはこの大陸を救ってくれた恩義がある。肉屋には売ってねえ貴重な鳥だが売ってやろうじゃないか」
肉屋に売っていない話にエビル達は驚いたが売ってくれるならありがたい。
貴重な鶏が簡単に手に入りそうなので自然と笑みが浮かぶ。
「ありがとうございます。いくらですか?」
「一羽二十万カシェとして、五羽で百万カシェってところかね」
「……へ? 百万カシェ、ですか?」
値段を聞いてすぐに笑みは消えた。
現在の所持金は八万カシェと少し。一羽分すら足りない。
決して金に苦労しているわけではない。実はギルドに依頼された魔物討伐を道中で達成して報酬を得ているのだ。ミヤマからの手紙で依頼を確認して、達成を手紙で報告したら報酬が貰える仕組み。因みに金銭はコミュバードが咥えてくる手紙に入れられている。
八万カシェもあれば一年以上は宿に泊まれるし、食費に困ることもない。
旅するには十分すぎる額なので濃塩鶏の額が異常なのだ。
どんなに頑張って金を稼いでも五羽買うのに何年もかかってしまう。
「高すぎるわよウィレインさん。たかが鶏でしょ?」
「こんなことを頼みたくはないが値下げしてくれないだろうか」
「……まあ、さっきも言ったが勇者サマは大陸を救った男。魔信教を潰してくれた恩もある。濃塩鶏を五羽、タダで譲ってもアタシとしちゃあ構わねえ。……が、条件がある」
条件付きといえど、百万カシェがタダになるのは嬉しい。
余程の無理難題でなければ快く引き受けようとエビル達は思う。
「タダで譲る代わりに魔物討伐を引き受けてほしいんだよ。最近近くの島に大型の魔物が住み着いちまってな。討伐隊を向かわせたんだが、返り討ちにあって帰ってきやがった。次は確実に仕留めたいから手を貸してくれ。魔物を討伐出来たら濃塩鶏を譲ろうじゃねえか」
「なーんだ、楽な条件じゃない」
「ん。楽」
「困っているなら見過ごせませんね」
「強い魔物との戦いは特訓になるだろう。私達には丁度いい」
「魔物を倒せばいいんですね。分かりました。引き受けます」
提示された条件はエビル達にとって普段からやっていること。
例え条件にされなくても、相談されればやっていたこと。
断る理由は何もない。魔物討伐で濃塩鶏をタダにしてくれるなら寧ろありがたい。
気楽に引き受けたエビル達を見て、ウィレインは「即答か」と笑った。




