表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
第二部 四章 各々の想い
250/303

ハイパー特訓


 突然の否定にエビル達は「え?」と驚いてミヤマに視線を集める。


「迎え撃つにしろ攻め込むにしろ反対だよん」


 反対する理由が分からずエビル達は戸惑う。

 秘術使いは四人揃い、敵が身構える前に攻め入るなら絶好の好機。

 自分達から仕掛けるのに反対というだけなら、慎重に考えた方がいいという助言とも捉えられる。しかし迎え撃つのすら反対なのは理解出来ない。転移能力を持つミーニャマが敵にいる以上、いつどこで戦闘になるか分からないのだ。襲撃に備えるのは最低限必要だとエビルは思う。


「どういうことですか? 理由を説明してください」


「理由は簡単。君達はまだまだ実力不足なのでえす! 特にロイズちゃんとリンシャンちゃん! 君達が残りの七魔将と戦ったとしたら……死ぬよ。奴等の実力は全員同じじゃない。残っているのは奴等の中でも強者だからね」


 厳しいようだがミヤマの言っていることは的を射ている。

 今までエビルが戦った七魔将はシャドウ、邪遠、ビン、ミーニャマ、ダグラスの五人。現在この中で順位付けをするなら一番弱いのはビン、一番強いのは邪遠。二人の実力差はそれなりにある。全員突出した何かを持っているので相性もあるだろうが。


 残る七魔将はシャドウ、ミーニャマ、サイデモン、ヴァンの四人。

 協力者であるシャドウの話によればヴァンという男が最強。他の者とは一線を画する強さだという。そんな強者と戦えばロイズ達は間違いなく殺されてしまう。


「なるほどね。なら、アタシとエビルと……そこの小っさい子、クレイアだっけ? 三人で敵の本拠地に乗り込めばいいんじゃないの? 人数的には心許ないけどさ」


「……悔しいが、それが現実的な案だろう」


 悔しさでロイズは表情を歪ませている。

 思い詰めた彼女の顔を見たエビルの口から、無意識に彼女の名が零れた。

 どんな気持ちで旅をしてきたのか知っている身としては、彼女を同行させない意見に賛成したくない。必死に努力してきた彼女を切り捨てるのはあまりに残酷。本人は諦めかけているが、彼女抜きでサイデモンを倒す選択をエビルはしたくない。


「でもレミ、ミヤマさん。敵は七魔将と悪魔王だけじゃない。配下の悪魔達が大勢いるはずだ。大事な戦闘の前に消耗するのはなるべく避けるべきだし、人数が少ないだけ消耗は激しくなる。例え七魔将と戦えなくてもロイズ達を連れて行くのは悪くないんじゃないかな」


「リンシャン、治療可能。治療、重要」


 短い間とはいえ共に行動したからか、クレイアはリンシャンの利点を述べてくれた。実際林の秘術による治療は手札としてあればありがたい。万が一大怪我を負ったとしても五体満足に戻れるのだから。


「エビル、私の気持ちを考えてくれたのには礼を言う。……だが、やはり私は同行しない方がいい。雑魚処理など君達なら楽に終えられるさ。私が同行したとしても君達の足手纏いになるだけだ。……祖国の民達の仇は……君達が討ってくれれば、私は……満足さ」


 嘘だ。エビルはすぐに彼女の言葉が嘘だと分かった。

 彼女はやはり、自分の手で復讐を遂げたいのだ。


 復讐の経験はエビルにもある。ジークという男を憎み、自らの手で殺して終わらせた経験がある。一度経験したからこそ彼女の気持ちは理解出来る。復讐は自らの手で終わらせなければ、憎悪や怒りを捨てる場所を失ってしまう。


「ロイズ様の言う通りです。私、皆様の力になれると思ったから付いてきたのに、足を引っ張るような真似はしたくありません。仮に人質にでもされたらきっと皆様、私を助けに来てしまうでしょう? そんなことになったら余計に皆様を消耗させてしまいます」


「じゃ、敵の本拠地へ攻め込むのはアタシとエビルとクレイアで決まりね」


「――ちょっとちょっと言ったでしょーん。反対にゃんって」


 エビルにとってはありがたいミヤマの反対意見が出された。

 何も問題がないと思っていたレミはジト目をミヤマに向ける。


「どういうことよ。何か問題があるっての?」


「問題ありありにゃん。考えてもみてよ、ロイズちゃんとリンシャンちゃんでも人類最高峰レベルで強いわけよ。こーんなに強いのに、戦力としないなんて勿体にゃーい。……というわけで、今から二人をさらなる高みに上らせた方がいいと思いまあす!」


 内心でエビルは『話が良い方向に転がり始めたな』と呟く。

 ロイズの気持ちを考えれば、ミヤマが語るのは最善の提案。

 現時点でまだ実力が足りないというのなら鍛えればいいのだ。


「何言ってんのよ。二人がさらに強くなるまで待てっての? 悠長に特訓なんかしてて敵が攻めてきたらどうすんのよ? もし全員が疲れている時に攻め込まれたら全滅でしょうが」


「大丈夫大丈夫。今の君達同様、悪魔達も君達の居場所を知らない。捜してはいるだろうけど時間は掛かるはずにゃん。その間に大特訓すればなーんにも問題ないでしょう」


 心配いらないと思ったがエビルの頭にミーニャマの姿が思い浮かぶ。

 七魔将の一人である彼女はエビル達とギルド本部で対峙している。つまり可能性として、ギルド本部は秘術使いと関わりがあるとして襲撃されるかもしれない。特訓中に襲撃でもされたら消耗した状態で戦わなければいけなくなる。


「あの、ミーニャマはギルド本部に僕達が来たことを知っていますよね。転移能力を持つ彼女がいつ襲ってくるか分かりませんよ」


「真っ先に襲うのはギルド本部だろうね……けど問題なし。ミーニャマがここを攻めて来たら私が対処するにゃん。君達は安心して外で特訓出来るって寸法にゃん」


「……外で? 地下の闘技場で特訓するんじゃないんですか?」


 以前エビル達が地下闘技場で過ごした時間はとても有意義だった。

 出会ったことがある強敵を再現した人形と戦闘を行える機械〈試練の戦場〉。それを利用しての特訓は早期の成長が見込めるので、今回も使うつもりだったエビルは疑問に思う。


「ああ、実は現在闘技場整備中。使えないからお外へ行っといで」


「そういうことなら仕方ないですね。あーでも特訓に使える場所ってどこだろう」


 誰にも迷惑を掛けず自由に己を鍛えられる場所。

 強いて例を挙げるならカシェが住む天空神殿くらいだ。


「はいはーい! そう言うと思って考えてありますとも。名付けてハイパー特訓! この特訓メニューを終えた時、君達は一段階強くなる! はずにゃん!」


「……強くなるはず、なのね」


「いったいどんな特訓なんですか?」


「君達五人には今からとある物を探してきてもらうにゃん。詳細はメモ見てね」


 ミヤマが渡してきた紙をエビルが受け取った。

 必要か分からない猫の絵が描かれているそれを全員で眺める。


 【にゃーんメモ1】

 強生命タマネギ。五個。

 オルライフ大陸にある町、ベジリータで収穫。


 【にゃーんメモ2】

 濃塩鶏(のうえんにわとり)。五羽。

 アスライフ大陸にある国、ウォルバドで入手。


 【にゃーんメモ3】

 黄金卵。二十個。

 世界のどこかにあるので自分の足で捜索。


「ただの食料調達じゃないの! これのどこが特訓なわけ!?」


「取りに行く過程が特訓になるにゃん。心技体を鍛えられるし、集め終わったら美味しい料理が食べられる。私もレア食材を食べられる。なーんて素晴らしい特訓にゃんでしょう」


「アンタが食べたいだけじゃないの!? はあ、ダメダメ、こんなのやる必要ないわ。強くなるなら実戦形式の模擬戦が一番手っ取り早いっての」


 お使いメモのような紙をエビルは一応収納袋に入れておく。

 このメモだけ渡されても、食料調達に行って強くなるのは信じ難い。ただ、書いてある食材を使った料理を食べたいのなら、悪魔王を倒した後にでもエビルは探しに行こうと思う。


「……私はやってみようと思う」


 そう言ったのはロイズだ。


「アンタ正気? ただの食料調達よ?」


「私はギルドマスターを信じる。師の上司だし、我々に対して彼女は協力的だ。そんな彼女が無意味なことをやらせるとは思えない。実戦形式の模擬戦なら道中でやる時間はあるし損はないはずだ」


「うーん、まあ、模擬戦の時間があるならいいのかなあ」


「私もやります! もっと皆様のお役に立てるなら何でもやります!」


 クレイアが頷いたので、これで全員やると決まったようなもの。

 特訓内容に納得はいかないがロイズの言うことは一理ある。ギルドマスターの立場であり、平和を脅かす敵がいる状況を理解しているミヤマが、まさか自分が食べてみたいからという理由なわけがないはずだ。何か思惑があるとしてエビルもハイパー特訓を受けることにする。


「よし、全員納得したみたいだし早速食料調達に行こう」


 ソファーから立ち上がった仲間達は次々と部屋を出て行く。

 最後にエビルが出ようとした時、ミヤマが「ちょっと待った!」と叫んだ。


「食料調達ではない。ハイパー特訓にゃん!」


 聞いているのはまだ部屋から出ていないエビルしかいない。


「……ハイパー特訓、行ってきます」


 何だかミヤマが可哀想なのでエビルはそう言って部屋を出る。

 扉を閉めた後、一人残された部屋からは感情の風すら吹かない。相変わらず彼女からは何も感じられないのだが、微かに泣き声のようなものが聞こえた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ