表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
第一部 一章 目覚めの風
25/303

レミの選択


 アランバート城の謁見の間にエビルは足を踏み入れた。

 教会でのソラの誘いの通りに来てみれば、ソラだけでなく兵士や役人達が勢揃いしていた。兵士達は集団で左右に分かれて待機しており、役人達は壁際に立っている。ついでにレミは笑顔でエビルに軽く手を振りながらソラの隣にいる。

 何事かと思って混乱していると綺麗なドレス姿のソラの口が開かれた。


「ようこそおいでくださいましたエビルさん。さあ、私の近くまで」


 状況に理解が追いつかないが一先ず言う通りにエビルは動く。

 兵士達は視線を前に固定しているからいいものの、壁際の役人達からは凝視されているのを感じて居心地は悪い。これから何を言われるのか、何をされるのか想像も出来ない。こんな状況なのにレミは笑みを浮かばせたままだ。


 言われた通り歩いて行くと「そこでよろしい」とソラが告げたので足を止める。

 玉座から十五メートルほど離れたところで待機すると兵士からの視線も感じるようになる。緊張で体が固くなって姿勢がぎこちないのが自分でも分かった。


(緊張する……。僕、何かしたっけ……)


 再度ソラが「エビルさん」と口を開いたのでエビルは意識を集中させる。


「先日の王城襲撃事件。魔信教の幹部でもある強者相手に一歩も引かず、兵士の代わりに戦って撃退しましたね。この国を代表する者として、あなたに――感謝を」


 頭を深く下げたソラに続き「感謝を!」とい大声が後ろから届く。ビクッと肩を上げてしまうほど動揺したエビルが恐る恐る後ろを振り向くと――大勢の兵士達が片膝を石床について(こうべ)を垂れていた。


(えええええええええええっ!?)


 ヤコンやドラン含めた兵士達全員が頭を下げたまま動かない。困惑して内心叫ぶエビルが役人達の方へと振り向くと――役人達も深く頭を下げていた。


(ええええっ!?)


 感謝の気持ちならこんなことをされなくても伝わって来る。結果だけを見ればエビルは国の英雄のようなものだ。頭を下げて感謝するのは教会でソラもやっていたので理解も出来る。

 まさかと思い慌てて玉座方面へ振り向くと、ソラの隣でレミまで頭を下げていた。


(レミまで!?)


 性格的にらしくないので驚愕してしまう。今だけはレミが本当に王族のように見える。

 驚いているとソラが頭を上げ、続くように他の者も頭を上げる。兵士達の立ち上がる動きはほぼ同時で芸術染みていた。


「あ、あの……これは……」


「昨日、教会での感謝は私個人のもの。今日は正式に女王としてのもの。あなたの勇気はこうして称賛されるべき結果を生んだのです。もしあなたがいなければこの国は崩壊していたかもしれません」


 ソラの発言が終わると、今度は役人達の代表一人が「エビル殿」と言う。

 殿などという敬称をつけて呼ばれるのはむず痒く「殿って……」と思わず呟いてしまう。立場ある役人に敬われるというのは慣れそうにない。


「もしあのままだったなら国民は皆殺しにされていたでしょう。それを、何も知らない国民を守ってくれたのは他ならぬエビル殿なのです。こうして感謝の場を設けるなど当然のことです」


「そんな、僕は人として当然のことをしたまでで」


「ならば我々も当然のことをしたまでです。命の恩人に、感謝をとね」


 ウインクした役人代表の男が告げる。

 人に助けられたらお礼をする。当たり前といえば当たり前の行動だ。ここまで大規模にされると反応は困るのだが。


「エビルさん、私達が与えられるものは多くありません。精々この国一番の鍛冶屋で売っている剣と、当面の旅の資金程度です。その他にあるとすればあなたの故郷を襲撃した犯人捜索に力を入れることでしょうか。うーん、後は――」


「じゅ、十分すぎます! もう他は大丈夫ですから!」


 あまり貰いすぎるというのも慣れていないのでエビルは困る。最初から感謝されるだけでも十分すぎると感じるのに、追加で報酬まで貰うことになっては頭が上がらない。とりあえず告げられた三つでいいので言葉を遮って強制終了させた。


(シャドウについては話せない。申し訳ないけれど……)


 今はだんまりな故郷襲撃の犯人(シャドウ)については話していないのでしょうがないのだが、捜索の過程で他の魔信教が見つかるかもしれない。犯人など見つかるわけもないが敢えて黙認する。ここで犯人を告げたとしても問いただされ、エビルは正直に答えるだろう。だが、影の中にいるなどといったい誰が信じるというのか。


「……そうですか。国の恩人にこれだけでは申し訳ないですけれど、本人の意思を尊重しましょう。……では次ですが」


 まだ何かあるのかとエビルは戦慄する。


「これについてはエビルさん、あなたは断る権利があります。私も無理にお願いするつもりはありません。命に関わりますからね」


 命に関わると聞いてエビルは気を引き締める。

 強要するつもりはないというが、ソラの願いだというなら無理しない範囲でなるべく引き受けたいと思っている。どんなものが来るかと緊張はしてしまうがソラは無茶な願いを言う人ではない。


 数秒、ソラは言うのを躊躇っている様子を見せた。

 そんなに危険な願いなのかとエビルの緊張は強まる。


「魔信教討伐を……お願いしたいのです……」


 溜めに溜めて願われた内容に、固くなっていたエビルの表情に笑みが浮かぶ。


「ソラさん……いやソラ様。僕は元からそのつもりですよ」


 緊張の糸は切れた。なぜならエビルはソラに言われずとも、各地で人々を襲っているという魔信教をどうにかしようと考えていたからだ。魔信教という巨悪を消滅させなければ再び悲劇は起きるのだから。

 イレイザーやシャドウのような存在を放っておけば、このアスライフ大陸に弱者が安心して暮らせる場所はなくなってしまう。そうならないようエビルは魔信教討伐も目的の一つとしていた。


「人々の平穏を脅かす彼らを黙って見過ごせません。悲劇を繰り返さないように、旅をしながら僕は彼らと戦います」


「……そうですか。さすがは、風の勇者ですね」


「え? 風の……勇者……?」


 予想外な呼び方にエビルは間の抜けた声を出す。


「ええ、あなたに相応しい称号だと思いますよ。かの者と同じ秘術の力を宿し、勇気を持って強敵へと立ち向かう。あなたは立派に、第二の風の勇者として生きていけます」


 風の勇者といえばもはや伝説。憧れである存在。

 そんな人物と同じように呼ばれて嬉しさがなかったわけではない。だがエビルはまだ自分が未熟だと理解しており、その称号が重く感じた。風の勇者とはそう安い名ではない。


「……その称号はまだ早いですよ。僕はまだ見習いのようなものです」


「では、魔信教を討伐出来た暁にはそう呼ばせてもらいます。ですが覚えておいてください。あなたが見習いの勇者なのだとしても、そんなあなたに救われた命があるということを」


 ソラは微笑み、エビルは頷く。


「それではエビルさん、あなたの旅の無事を祈っています。……どうか、ご元気で」


 一連のやり取りが終わった後、エビルはレミのことが気にかかった。

 表情が暗い。先程までは普段通りだったのに今は悲しそうにしている。


(ここまでで何の話も出ないのに加えてその表情。レミ、たとえ僕に付いてこなかったとしてもそれは君自身が選んだ選択だ。お別れになっちゃうけど、僕達はずっと友達でいられるさ)


 理由はなんとなく察せている。レミが悲しそうにしているのは旅に付いていかないからで、もう別れが近付いているからではないかと。

 あれほど外に出たがっていたレミが残る選択をしてもエビルに文句はない。少し残念ではあっても、本人の意思が最も重要なのだから。

 レミを一瞥してからエビルは「はい」と答え、後ろにある階段へ歩き出す。


「――待って!」


 そんなレミの声にエビルの足が自然と止まり振り返る。

 ソラは予想通りだとばかりに笑みを崩さず、兵士や役人達は全員が軽く驚いている。いや、ヤコンだけはソラと同じように笑みを浮かべていた。


 場が困惑の空気を出し始めた頃、レミは玉座の隣からエビルへと駆け寄って来る。


「エビル、アタシも一緒に連れて行って!」


「……いいの?」


「もちろん。ちゃんと考えて結論を出したんだから」


 レミはソラの方を一瞥してそう告げる。

 突然の同行宣言に固まっていた空気がその時再始動する。


「な、なりませぬぞレミ様! 魔信教を倒しに行く旅に同行するなど……亡きデュポン前大臣や御父上の御言葉を無視なさるおつもりですか!?」


「エビルさん、そういうわけでレミのことをよろしくお願いします」


「ソラ様まで何を言いなさる!? あなたは妹を殺す気ですか!?」


 まるで想定していたかのようにソラは動じていない。事前にレミから相談されていたか、断言されていたのだろうとエビルは思う。

 驚愕して叫ぶ役人代表の男に対しソラはゆっくりと語る。


「……心配する気持ちは分かります。しかし魔信教という敵は強大かつ強敵。こういった時にこそ秘術使いや勇気ある者の力が必要になるのだと思います。何より、本人の意思を無視したルールはよくありません。レミはずっと外に出たがっていたのですから」


「で、ですが魔信教ですぞ!? あんな危険な連中と戦ってレミ様に何かあられては、デュポン前大臣や前国王のお心遣いが!」


「おや、エビルさんと共に行くというのに心配しすぎではないですか? 国の英雄、私達の命の恩人でもある彼では守り切れないと? 信用して任せられないというのですか?」


 同行させたくない役人達。許しているソラ。声を挿めない兵士達。

 何やら雲行きが怪しくなってきた謁見の間にエビルは呆然としてしまう。


「早く行こうエビル。姉様が抑えてくれている間に」


「えっ、でもいいのかな……。これ一大事なんじゃ」


「いいからさっ! 行こうよアタシ達の勇者さん!」


 レミに手と取られ、エビルは強引に階段へと引っ張られる。まるで出会った日のようだと思いながら引きずられないよう付いていく。


「デミズさん、エビル君なら任せても大丈夫だと現兵士長代理が進言します! 我ら兵士団の総意です!」

「なんっ、いや、だが……!」


 口論のようになっている場から黙って去ろうとする二人。そのまま階段前まで来た時に「レミ!」と大声で呼ばれて振り返った。

 大声で呼んだソラが立ち上がっており、笑顔で右手を大きく振り始める。


「いってらっしゃい!」


「いってきまーす!」


 ソラからの送り出す言葉に、レミも同じように笑って右手を振りながら返す。

 それからすぐ始まった意見のぶつかり合いの声を背にエビル達は謁見の間から抜け出したのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ