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【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
第二部 三章 善悪の境界線
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変体VS秘術使い 3


「あいつ、気持ち悪い」


「気を付けてください。あの剣、刃が見えない」


 エビルが忠告はしたがクレイアはあまり警戒していない。

 余程自分の力に自信があるのを感じる。


 鬼の形相になっているダグラスが接近してきて、糸鋼剣を振るってきたのでエビルは躱す。剣で受け止めようかと思ったが直前で最大級の危機を感じた。


 クレイアが土塊を纏っている拳で殴りかかると、ダグラスは回避と同時に糸鋼剣を振るう。土塊が切断されて大きさが半分以下になった。手は露出していないので怪我はしていない。

 注目するべきは糸鋼剣の切れ味。

 仮にさっきエビルが剣で対処していたら、剣ごと体を斬られていただろう。


「あーら失敗。手の位置の計算ミスね」


 さすがのクレイアも額に汗を滲ませて「危険」と呟き距離を取る。

 目視出来ないほど細い刃に途轍もない切れ味。ダグラスの体裁きと合わせると糸鋼剣はあまりにも脅威だ。片腕になっても戦闘力はほとんど落ちていない。


「逃がさないわよ。あなたの腕は絶対に斬り落とす!」


 ダグラスは怒りの矛先をクレイアに向けている。

 距離を取った彼女に急接近したダグラスが糸鋼剣を振るう。

 連続攻撃を何とか回避し続ける彼女だが次第に傷を負い始める。


 エビルが接近すると〈メイオラ闘法〉を活用して生命エネルギーの塊を撃ち出してきた。直撃は避け、最短距離で駆け、剣を振るうと糸鋼剣で切断されそうになるので攻撃を中断して回避した。


 二対一でもギリギリ互角といった勝負。

 糸鋼剣を振ることで近付けさせず、距離を保たれるせいで攻撃が届かない。

 中々決着を付けられずに長引く戦闘に動きがあった。


 山の秘術でクレイアが地面からの攻撃を仕掛けたのだ。

 地面から巨大な土の棘が飛び出てダグラスを打ち上げる。


 腹部を貫いたかのように見えたが咄嗟に糸鋼剣を口に加え、右手で棘を掴んで無傷に抑えてみせた。上空から華麗に着地したダグラスは武器を右手に戻して反撃に移る。咄嗟にクレイアが土の壁を作り出すが糸鋼剣は貫通。クレイアの腹部に刺さった糸鋼剣が円を描き、腹部が円状にくり抜かれた。


「うぐっ!?」

「クレイアさん! くそっ!」


 土の壁が崩壊した瞬間、エビルは最高速でダグラスへと斬りかかる。爆風と合わせた音速超えの剣はさすがに躱しきれないようで、連撃を浴びせて数カ所に深い切り傷を与える。


 距離を取ったダグラスは薄く笑みを浮かべると――座り込む。

 今しがた与えた切り傷から深緑の血液が噴き出す。その場所だけでなく、止めていたはずの左肩からも出血していた。明らかに致死量の出血。傷は秘術の力を纏う武器によるものなので再生力も弱まり、やがて大量失血で死にゆくだろう。


「くふ、ふははっ、まさか……アタシが負けるとはね」


「……負けを認めるのか?」


「疲れきったせいで魔術による止血も出来ない。体中が悲鳴を上げているし、まともに動けなさそうだもの。このまま戦い続けても敗北確定。二対一はさすがに無理があったみたい。そもそもアタシ、戦いが好きなわけじゃないしさあ。死ぬまで戦い続けるなんてゴメンだわ、やめやめ」


 先程までの闘志が消えて、代わりに諦感の風を感じた。

 もう本当に戦うつもりはなさそうなのでエビルは剣を鞘に戻す。


「ほんっと世の中上手くいかないものだわ。目的を持つと、それを邪魔する誰かが現れる。アタシにはその邪魔を打ち破ってでも夢を叶える力がなかったってわけか。人間止めてもなーんにも変わらないみたい」


 死に際の言葉を聞く義理はないが何となくエビルは耳を傾けている。

 聞いているのはクレイアも一緒であり、腹部を押さえながら隣に歩いて来た。


「お嬢ちゃん、故郷のみんなを傷付けて悪かったわね。もう消えるこの命、どうせならお嬢ちゃんが奪ってみる? 大好きなママを傷付けた悪魔を、お嬢ちゃんの手で殺せる好機よ?」


「……ママ、生きてる。お前、殺す必要、ない」


「だそうよエビル、あなたはどう?」


「死人は出ている。あなたは許せない。……だけどあなたは致命傷だし、今すぐトドメを刺す必要はない。今のあなたに殺意があるならともかく敵意や戦意すら感じられない。そんな相手に剣を向けても無意味だ」


 嘘のない本心だが、これはリンシャンとロイズが死んでいないから言えること。二人の内どちらか、もしくは両方が死亡していたら、悩んだ末にエビルは手負いのダグラスを放置せず殺害するだろう。もちろんバトオナ族に死者が出たのは残念だし、仇討ちがしたい者がいたら止める気はない。

 全ては自業自得。互いの想いが衝突した結果。


「……敵だったのに優しいのね。好きになっちゃいそう」

「それは勘弁してください」

「あら即答。愛している子でもいるのかしら」


 答える義理はないのでエビルは黙秘する。

 黙り込んだまま静かな時が流れると急にダグラスが倒れ込む。


「どうやら……もう時間ないみたいね。エビル、優しいあなたに一つ、お願いがあるの。聞くか聞かないかはあなたに任せるわ」


 迷いはしたが戦意すらない相手だ。不意打ちの心配はないし、話を聞くだけなら何も起こらない。静かに頷いたエビルは倒れ伏すダグラスの傍に歩み寄り、座り込む。


 遺言というべきか、敵だった者の言葉は他人に向けられたものだった。

 誰への遺言かしっかりと聞き届け、記憶にしっかりと残す。


「……じゃあ、ね。伝えてくれる……と、嬉しいわ」


「伝えますよ。誰かを想って遺した言葉なら、絶対に」


 秘術使いを狙い、世界を脅かそうとしている悪魔王の配下である七魔将。

 凶悪な存在であるはずだとエビルは思っていたし、実際ビンは悪魔らしい悪だ。殺した方が世のためになるような存在だ。それなのに同じ立場であるダグラスの死を前に哀れみを覚えている。


 脅威は去った。集落はまた普段通りの日々を過ごすはずである。

 どこかモヤモヤとする決着後、エビルとクレイアは怪我人の手当てをしようと傷薬を求めて走り回った。



 *



 七魔将ダグラス・カマントバイアの死後。

 バトオナ族の集落ではほとんどの怪我人の治療が終了した。

 林の秘術を持つリンシャンの働きが大きい。彼女も大量出血しているため貧血を起こし、体をふらつかせながらも重傷の人間を治療していった。さすがに重傷の人間を治したら休ませたが、少し休んでは治療を繰り返している。無理をしているのは丸分かりなので、付き添っているエビルが声を掛ける。


「リンシャン、そろそろゆっくり休んだ方がいい」


 治療が終わっていないのは残り数人。わざわざ治療せずとも安静にしていれば早い内に治る程度の怪我人ばかり。リンシャンが無理をしてまで治療する必要がない。……ないはずなのに、彼女は怪我人の治療を止めようとしない。彼女は多くの汗を流し、足取りを重くしながら次の怪我人のもとへ向かう。


「……私、何も出来ませんでした。癒やしの巫女なんて呼ばれていた私がいたのに、目の前で死人を出してしまいました。何が、何が癒やしの巫女……! 戦闘でお役に立てないのなら、私がやれることなど怪我の治療しかありません……!」


「リンシャン……」


「ただ一つの、取り柄のようなもの。それさえ途中で投げ出したら私に残るものなんてありません。私は癒やしの巫女。怪我人を見て、放ってはおけません。エビル様、止めないで、ください」


 エビルは彼女に掛ける言葉が見つからない。

 どんな言葉を掛けても、彼女の心を燃やす自分自身への怒りは消えない気がした。無力感に苛まれる気持ちは理解出来るが立ち直らせるのは難しい。歩く彼女の背に手を伸ばすが、立ち止まらせる方法を思い付かなくて手が下がる。


「――治療する側が死にそうになってどうする」


 傍に来ていたロイズが彼女の首に軽く手刀を当てた。

 気絶した彼女を担ぐロイズにエビルは「ありがとう」と礼を言う。


「礼はいらない」


「どう言葉を掛ければいいのか考えちゃって行動出来なかった。ごめん」


「謝罪もいらない。私はただ、こんな彼女を見たくなかっただけさ」


 強い無力感を持っているのはリンシャンだけでなくロイズも同じ。前々から二人にはあった感情だが、ダグラスとの一戦でかなり膨張している。

 仲間を励ます言葉を考えていた時、エビルの耳は小さな悲鳴を拾う。


「あれは……!」


 包帯を巻いている褐色肌の女性がクレイアを攻撃した。

 強い怒りと憎悪で心を煮え滾らせながら蹴り飛ばしたのだ。


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