表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
第二部 三章 善悪の境界線
244/303

変体VS秘術使い 2


 恐るべき怪力だ。驚くべきはダグラスが〈メイオラ闘法〉を使っていること。

 なぜ使えるのかはこの際考えなくていい。今必要な情報は、悪魔としての力を持つ彼女が〈メイオラ闘法〉まで扱えるということ。同じ七魔将のビンに引けを取らない身体能力は脅威的である。


「お前、許さない……!」


「可愛い子。でも向かってくるならお仕置きしなきゃね」


 激しい怒りを抱くクレイアが再び殴るが、ダグラスも先程と同じように受け止めた。しかし先程と違う点が一つ。同じ殴打なのに受けたダグラスの足が僅かに後方へと下がっている。違和感を覚えたのは彼女も同じようで咄嗟に足下を見て目を丸くする。


 もう一度、特別な動きは何もない普通の殴打が放たれた。

 三度目の殴打を彼女も殴打で相殺しようとしたが、相殺出来ずに一メートル以上後方へ下げられた。


 三発の殴打を見たエビルと体感した彼女が思うことは一つ。


「気のせいじゃない……!」


 拳を振るう度、明らかに攻撃の威力が上昇している。

 クレイアが最初から手加減していたわけではなく、全力の攻撃を一発ごとに上回っているのだ。想像通り四度五度と殴る度に最高威力が更新されていく。五度目の殴打ともなればダグラスは、近くにあった族長宅の残骸へと吹き飛ばされた。


「いったいわね! 何、何なの、どういう理屈よ!」


 クレイアが「うるさい」と言いながらダグラスをまた殴り飛ばす。

 攻撃の威力が上昇する現象にエビルは見当が付いた。


 別にクレイアの身体能力が上がっているわけではない。

 威力上昇の鍵となるのは彼女の両手を覆う大きな土塊。


 時間経過と共に、土塊自体のエネルギー量が増していく。今も踏みしめている大地からエネルギーを分けてもらっているのだ。エネルギーは量がそのまま力となり、攻撃の威力が上がるのだ。加えて〈メイオラ闘法〉も使っている彼女の攻撃は重く強い。


「おそらく山の秘術使いでしょうけど、もう何でもいいわ。殺すから」


 殺意が急激に高まったダグラスの容姿が変化していく。

 骨が軋む音を立てて女性の体が男性のものへと変わった。筋肉質になり、筋肉の膨張に赤いドレスは耐えられず脇下が破れる。まるで別人のようになったダグラスはクレイアの殴打を殴打で相殺した。


「男になった!? 魔術か!?」


「……止められた」


「生命エネルギーを土の塊に集中させているわね。でも、その技術を扱える者なら知っているはずよ。生命エネルギーを一カ所に集中すれば、それ以外の部位は脆くなるってね!」


 ダグラスの蹴りがクレイアの脇腹にめり込む。

 まともに攻撃を受けたクレイアが吹き飛ぶのを、エビルが抱きかかえるようにして受け止める。土塊の重量もプラスした彼女が弾丸のような速度で飛来してきたため、さすがに一歩も動かず受け止めることは出来ず数メートル後退する。

 抱えていた彼女を下ろすと「感謝」と礼を言われた。


「僕も戦いますよ。一人じゃ危ない」


「雑魚、引っ込め」


「……じゃ、邪魔にはならないようにしますから」


 自分が弱いと偽っていたのを思い出し、辛辣な言葉にも何とか耐える。

 クレイアはエビルが弱いから心配してくれているのだ。真実を隠したのは自分なので仕方なく受け入れる。


「おかしいわねえ、今の蹴りを食らえば内蔵ぶちまけて死ぬはずなのに」


「私、頑丈。ルイスト、牙、爪、通さない」


 秘術使いの体が秘術に慣れてくると身体に影響を及ぼす。

 風は感知能力、林は思考能力、火は温度変化、山は肉体強度。


 詳細は以前死神の里にて聞いたことだが今でも覚えている。山の秘術使いは秘術を使えば使うほど肉体が強靱になっていく。ルイストの攻撃すら通さないのは強靱になりすぎな気もするが、彼女の言葉に嘘はない。


「それは頑丈ってレベルを超えているでしょうに。厄介ね、秘術使い!」


 クレイアとダグラスが互いに駆けて殴り合う。

 互いに殴打を殴打で相殺し合う高度な近接戦。


 眺めるだけというわけにもいかないので、エビルは曲線を描くように走ってダグラスの背後に回る。こうして走るだけでも二対一の数的不利側は警戒しなければいけない。敵全員の動きを把握して適切に対応しなければ一直線に敗北へ突き進む。


 背後に回って剣を振りかぶったエビルに気付いたダグラスは、意識を一方に割きすぎたせいでクレイアの殴打を一発受けた。呻き声を漏らすダグラスにエビルが剣を振るったが、紙一重で躱されて距離も取られた。


「これで決着」


 静かに呟いたクレイアが地面に、両手を覆う大きな土塊を密着させる。


「ええ、そろそろ終わらせましょう」


 彼女に同意したエビルが腰を深く落とし、剣を水平にして構える。


「あなた達レベル相手に二対一は厳しいけど、負けるつもりはないわよ」


 ダグラスは拳を構えて何一つ攻撃の予兆を見逃さないように目を凝らす。

 これから何が起きるのか、エビルは大雑把にだが既に感じ取っている。クレイアが手を覆う土塊を地面に付けた時、大地のエネルギーが不自然な動きをし始めた。これから起こるのは、いくら目を凝らしても見えるはずがない攻撃――地中からの攻撃。


 山の秘術によって操作された大地は敵に牙を剥く。

 ダグラスの前後から、獣の牙のように鋭い土塊が何本も襲いかかった。

 まるで地面に潜む怪物が飛び出し、大口を開けて獲物に食らいつくような攻撃。予想外の攻撃をダグラスは慌てて回避しようとしたものの、左腕は大地の牙に噛み千切られた。


 いかに悪魔の肉体とはいえ、いかに〈メイオラ闘法〉で強化されているとはいえ、クレイアが分け与えた生命エネルギーで破壊力を増した大地には強度が及ばない。


「ぐううっ! アタシの腕、腕ええええ!」


 腕が千切れて冷静さを欠くダグラスにエビルは急接近する。


「〈真・疾風迅雷〉」


 力強い踏み込みと同時に爆風で加速して、渾身の一突きを繰り出す大技。

 ダグラスが大地の牙を回避する方向なら風の秘術で感じ取っていた。予想外の連続攻撃を回避しようにも体は追いつかない。心臓目掛けて放つエビルの突き技は確実に命中して、決着する。


 しかしその時――ダグラスの肉体が縮んだ。


 性別を変えたのと同じ肉体変化の魔術。

 今度変化したのは性別ではなく、年齢。

 男児になって縮んだせいでエビルの剣はダグラスの頭上を通過する。


 回避も迎撃も不可能だとエビルは思っていた。実際、ダグラスの心は一瞬で死ぬ絶望に支配されていたし最後は諦めていた。……なのに、生への執着が強いのか無意識に、いわゆる条件反射のように魔術を発動したのである。


 ダグラスの心を支配していた絶望が希望に変わり、反撃を仕掛けてきた。

 小さくなった体からエビルの腹へと拳が突き出される。意思ある攻撃なので予兆を感じ取れたし、咄嗟に作った風の壁や空気の膜で威力を軽減させた。軽減といっても元の威力が高いため、クレイアのもとまで吹き飛んで受け止められた。


「平気?」


「げぼっ、がふっ、な、何とか。大人の男性姿の時より弱いし、辛うじて風の防御が間に合った。かなり痛いけど骨に異常なし。まだまだ戦えますよ」


 立ち上がって剣を構えるエビルはダグラスを見つめる。

 左肩を押さえながら歯を食いしばり、元の女性形態へと戻っていく。完全に戻ると充血した目で睨みつけてきた。腕を失ったことで激しい怒りの風がダグラスから吹いている。


「上級悪魔ってのは再生能力があるの。でもね、腕千切れたら肉体も精神も痛いのよ……! 少し戦法を変えましょうか。本気その二、アタシの魔剣であなた達の腕も切断してあげるわ……!」


 ダグラスは自らの腹部に右手を突き刺し、剣の柄を取り出した。

 信じ難いことにその剣の柄は本当に肉体の中に収納していたらしい。取り出す時に深緑の血液が多少噴出したがすぐおさまる。左肩からの出血も止まっているので、肉体変化の魔術の応用だろう。


 気になるのは――取り出したものが剣の柄だけだということ。

 肝心の剣身が目視出来ない。刃がないなら何も斬れないはずである。


 魔剣と言われて思い出したがシャドウから七魔将の持つ魔剣について情報を貰っている。ダグラスの魔剣名は糸鋼剣(しこうけん)。糸のように細いが能力によって絶対折れないとシャドウは語っていた。つまり、目視出来ないほど細い剣身が存在しているのだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ