七魔将 ダグラス・カマントバイア
ロイズ達が族長宅へと向かうと凄まじい激闘が繰り広げられていた。
バトオナ族と戦っているのは桃色髪の女性。褐色の肌の上に、露出の多い赤いドレスを着ている。敵だと思われる彼女は武器を持っておらず、信じられないことに全ての攻撃に素手で対応している。
四方八方から飛来する骨の槍を躱し、流し、反撃。
恐ろしい身体能力と戦闘センス。一目見てロイズは敵の実力を察した。
そして感じた。敵も生命力を……〈メイオラ闘法〉を扱う。
「ダグラス、様……?」
激しい戦闘を眺めていたリンシャンが呆然と呟いた。
「知っているのかリンシャン、あの者を」
「う、嘘……だってあの人、故郷へ帰りたいって言っていたから、私、道を教えたのに。嘘の感じだってしないし、純粋に帰りたいと思っていそうだったから教えたのに。これじゃあ、これじゃあ、私のせい……?」
「詳しくは聞かないが君のせいではない。あの者は故郷を探していたんだろう? なら、いつかこの場所に辿り着いていた。争いが起きるのは結局避けられない。争いの始まりが遅いか早いかの話だ、君は悪くない」
ダグラスというらしい女性が集落に来たのはともかく、戦闘が始まったのにリンシャンは関係ない。心優しいのはいいことだが彼女は気負いすぎるのが欠点だ。
「リンシャン、今は戦いに集中……何だ? どこか違和感が」
戦闘中のバトオナ族達を見ているとロイズは僅かな違和感を抱く。最初は考えすぎかと思っていたが、五秒程見ていると何が起きているのか理解出来た。
「……押されている?」
数は圧倒的に有利だったはずなのに、バトオナ族が次々倒されている。
あれだけ強い彼女達が劣勢なのだ。地面に倒れ、立ち上がって攻撃してはまた倒されるの繰り返し。中にはもう立てず地に伏している者もいた。ダグラスの実力は明らかにバトオナ族を凌駕している。
予想外の光景を前に立ち尽くしていると戦闘はさらに進む。
半数以上が倒れ伏したためダグラスが一層有利になった。
ダグラスの生命エネルギーを纏う拳が次に向かうのは、ロイズが見覚えのある女性。つい先日話をしたクレイアの母親だ。彼女も当然骨の槍を持って戦闘に参加していたのだが、このままでは重い一撃が彼女に振るわれてしまう。
「マテン様!」
振りかぶったダグラスの右手が細い木に絡め取られる。
知り合いの危機を見たからかリンシャンが動いたのだ。
縄のようにしなやかな木を生やし、相手を拘束する技〈樹縛〉。
秘術で生やされた木なので頑丈さは通常の樹木と比べ物にならない。力尽くでの脱出は難しく、ダグラスは腕を木の縄から抜こうとしているが抜ける気配はない。
拘束された右腕に気を取られているダグラスにバトオナ族達が襲いかかる。
槍を突き出した瞬間――襲いかかった全員が吹き飛んだ。
地面に転がったり家を破壊したりしたバトオナ族達は動かず、戦闘不能に追い込まれたのが分かる。問題は右腕を拘束された状態でどうやって四方八方の人間へ攻撃したかだが、よく見ればダグラスは〈樹縛〉から解放されてしまっている。だがどうやって抜け出したのか見当も付かない。
「あーらあら、聞き覚えのある声がしたと思ったらいたのね」
ダグラスがロイズ達に気付き、歩いて近寄ってくる。
「昨日は集落の方角を教えてくれてありがとう。まあ、アタシは方向音痴みたいで辿り着くのに時間が掛かっちゃったけどね。この場にいるということはアタシと戦う? お嬢ちゃん達」
「故郷へ帰りたいのではなかったのですか。どうしてこんなことを」
「仕方ないのよ。アタシは自由に生きるため、邪魔者は消すと決めているから。だから手を出さないでくれると嬉しいわ。アタシ、無意味な殺しってしたくないのよねえ」
「私が、あなたを止めてみせます!」
リンシャンは林の秘術を発動。ダグラスを押し潰そうと、地面から生やした樹木を左右から襲わせる。しかし彼女は跳ぶことで樹木の上に乗り、今度はリンシャン目掛けて跳躍。
余裕の笑みを浮かべて接近してきた彼女の手刀が迫る。
防御にも優れた〈メイオラ闘法〉を扱えるバトオナ族達を軽々と吹き飛ばせる一撃だ。〈メイオラ闘法〉を扱えないリンシャンでは重傷を負ってしまう。仲間の危機を感じ取ったロイズは、振り下ろされた手刀を槍で受け止めた。
「あら、そこそこ力が強いわね」
「ぬううっ、ぐううう! はああああ!」
予想した通り強い手刀だがロイズはダグラスを押し返す。
ほとんど習得したに近い〈メイオラ闘法〉のおかげで身体能力が向上している。もし習得出来ていない、集落へ来る前の状態なら受け止めるので精一杯になっていただろう。
「ふーん〈メイオラ闘法〉を使えるの? 教わったのかしら」
「教える義理はない!」
ロイズは高速の突きを連続で繰り出す。
格段にレベルアップした速度の突きを、ダグラスは穂先に手を当てて軌道をずらす。余裕の笑みを崩さないばかりか動きが優雅で、遊ばれているようにも思えてくる。しかしそれは気のせいのはずだ。本当に余裕なら一度や二度の反撃を行ってもいいのに、受け流すばかりで防戦一方という様子。このまま押せば限界を迎えるのはダグラスの方だ。
突きの軌道をずらし続けているダグラスが横へ移動しようとしたが、彼女は息を呑む。移動出来ないのだ。既にリンシャンの〈樹縛〉が彼女の両足を拘束している。
「……っ! これは、あなたの攻撃だったのね緑のお嬢ちゃん」
「言ったはずです。あなたを止めると」
「逃げ場はない。覚悟!」
槍の鋭い突きがダグラスに迫り、空気を貫く。
ロイズの目に見えるものは何一つ貫けていない。
ダグラスが消えたわけではない、体を縮めたのだ。
まるで幼い子供のように体が変化したのだ。
幼女の肉体に変化したため足も小さくなり〈樹縛〉からも抜け出されている。先程右腕を拘束した〈樹縛〉から抜け出した方法はこれで明らかになった。
幼女化した事実に動揺してしまったロイズにダグラスの蹴りが直撃。
力は一切衰えておらず、凄まじい蹴りを受けたロイズは派手に吹き飛ぶ。
「やれやれ、そこそこ強いから本気出さなきゃいけないじゃない」
骨が軋む音を立てながらダグラスの体が再び変化していく。
先程の女性形態と比べて身長が高くなり、大きくなった筋肉が目立つ。赤いドレスは今にも破れそうなくらいに上部がパツパツ。顔の輪郭は丸みが消えて横幅が小さく、顎が尖っている。
「アタシの魔術は〈肉体変化〉。性別も年齢も自由自在。普段は生殖器以外女性形態だけど、本気の接近戦を行う時は男性形態になることにしているの。ゴツいし嫌いなんだけどねえ、男の体。あ、犯す相手が男なのはぜーんぜん構わないんだけど」
「……だ、ダグラス……さん? 様?」
「さあ、まだ動ける人がいるならアタシと遊びましょう? あなた達の体をぜーんぶ堪能したら殺してあげる。大丈夫よ、すーぐに快楽に溺れさせてあげるから痛くなーい痛くなーい」
「恐ろしい奴……! バトオナ族の者達よ、まだ戦える者がいるなら全員で連携を取るぞ!」
男性なのに女口調のままのダグラスへと、ロイズ含めた総勢八人が突撃。
八人攻撃の隙にリンシャンは祈りを捧げて周囲一帯の怪我人を回復させていく。全体回復は個人への回復より効果が薄いようだが、少しでも戦える者が戦線復帰してくれればいい。もう戦えないのなら瀕死状態から救えればいい。
「鬱陶しいわ! 八人一緒なんて負担が激しいじゃない!」
猛攻を仕掛けていたロイズ達はあっさり吹き飛ばされた。
僅か数発の拳で、蹴りで、ロイズ達はもう立てなくなる。




