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【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
第二部 三章 善悪の境界線
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追放の理由


 しばらく歩くと親子が別れ、別々の道を行く。

 もう日は暮れ始めていた。護衛をするなら一日中見張っておかなければダメだろうが、一度エビル達のところに戻るか悩む。集落に宿泊施設はないし誰も泊めてくれないので、仲間も夜遅くなれば昨夜野宿したところに戻る。今後どうすればいいのかクレイアを尾行しながら頭を悩ませていると、横から小声で「リンシャン」と自分の名前を呼ばれる。


 真横にある大木の根の上に白髪の少年が立っていた。

 優し気な笑みを浮かべている彼が手招きするのでリンシャンは歩み寄る。


「エビル様、どうしてこんなところに?」


「迎えに来たんだよ。護衛はもういいから、一緒に昨夜野宿した場所へ戻ろう」


「はい、分かりました」


 野宿地点は集落とクレイアの家の中間地点。

 夜の森は昼より一段と危険だ。ただでさえ殺人衝動を持つルイストが彷徨く森であるし、一人でいるのは余程の強者でない限り死が付き纏う。エビルがこうして迎えに来てくれたのは非常に嬉しい。

 森を二人で歩いている途中、リンシャンはある一つの仮説を立てる。


「……エビル様は分かっていたんですよね、クレイア様とマテン様のこと。あの二人が本当は仲の良い親子だということ。私に二人の様子を見せたくて護衛してくれなんて言ったんですよね?」


「おっとそこまで分かっちゃったか。うんそうだよ、その通り」


 頼りにされていると思ったが自分の実力は自分が一番分かっている。

 林の秘術は足止めや回復など補助向きの力だ。今のリンシャンはルイストを一体倒すだけでも死闘になる程度の実力しかない。旅を通して強くなったため国の兵士などよりも強い自信はあるが、それでも七魔将からの護衛には心許ない実力だ。仲間として強さを理解しているエビルが護衛を任せるとは考えづらい。


 ただ彼は、クレイアとマテンが二人で会う場面を見せたかったのだ。

 一早くマテンの嘘に気付いた彼は、言葉ではなく実際の場面を見せることを選んだ。目で見たら納得せざるを得ないからこそクレイアの傍にいるよう言ったのである。


「あの二人を見てしまうと、この大陸から連れ出すわけにはいかなくなりましたね。親子を引き離すような真似を私はしたくありません。エビル様も同じ気持ちですよね?」


「うん。まあ今回に限らず、君の時も強引に連れて行くつもりなんてなかったよ。彼女の気が変わらないならこの大陸で七魔将を迎え撃つまでさ。レミ、火の秘術使いにはコミュバードで連絡を送ればいい。ミヤマさんが協力してくれれば無事この大陸まで来られるはずだから」


「……でも、少し納得いきません。どうしてマテン様は集落に残ったのでしょうか? クレイア様一人で生活するなんて、ルイストばかりいる森では危なすぎます。親として一緒に暮らせば安全性は増すのに、なぜなのでしょうか」


 子供を大事に思うならマテンも集落を出て、家族で暮らせばクレイアも寂しい思いをしないで済む。わざわざ子供を追放した集落に残る理由などリンシャンには想像がつかない。


「それについてなんだけど、ゼランさんや他の住民達から情報収集してみた」


 エビルが語り出すのはクレイア追放に至るまでの状況。

 悪魔憑きとして幼少の頃より嫌われ続けたクレイア。集落には彼女を殺そうとする者達、一族の者だから集落に住んでよしとする者達の二勢力が存在した。口論になる時は多々あったが落とし所を探す日々。三十一年も続いた言い争いはやがて、彼女を殺そうとする者達の我慢の限界を超させてしまった。


 集団の暴走を知ったマテンは族長ゼランに進言する。

 もう自分の子供のせいで言い争うのは見たくない、クレイアを集落から追放するべきだと。彼女は双方の意見の間を取るような提案で一族を納得させた。多少の不満は残っているがクレイアを殺すと宣う者は現在ゼロだ。


「……そんなことが。つまりマテン様は」


「うん。彼女はおそらく、一族の間で不審な動きがないか見張っているんだ。そのためにはクレイアさんを庇うような言動をしてはいけなかった。無理に周囲と合わせて、罵倒の言葉を吐いてでも、娘を守るためだって自分に言い聞かせてきたんじゃないかな」


「そんな人に私は……」


 娘のために一人苦しむ母親へ向かって、何も知らなかったリンシャンは偉そうに説教している。それもおそらく彼女を一番苦しませる言動でだ。事情を知った今となっては自分を許せない。


「リンシャンが気負う必要ないよ。マテンさんの目的を潰したわけじゃない。寧ろ逆、娘を嫌う様を披露出来た。彼女も恨んだりはしないと思う」


 エビルの言葉は慰めるためのものだとすぐ分かる。

 嘘は言っていない。マテンの邪魔をしたわけではない。しかし娘を嫌うフリなど今まで長く続けてきたはずだ。今更アピールしたところで大した意味はない。

 心を痛めたままマテンのことを考えていると、ふと対になる存在を思い出す。


「……そういえば、クレイア様のお父様はご健在なのでしょうか」


 お父様という言葉を聞いたエビルの表情が僅かに歪む。


「あ、ああ、父親かあ。リンシャン、素直な気持ちで忠告するけど父親について詮索しない方がいい。あと集落内にある小屋にも近寄らない方がいい。気分悪くなるから」


「どういうことですか? エビル様は何か知っているのですか?」


「……話した方が近寄る選択肢を奪えるか。クレイアさんの父親はね、もう死亡していたよ。死因も聞いた。隠していても後で知っちゃうかもしれないし、今話しておくよ。気を強く持って聞いてほしい」


 エビルは衝撃の真実を語り出す。

 バトオナ族の集落には実は小屋がある。高所にある民家とは似ても似つかないので、オルアプの実の殻を使用した家が嫌な者が住んでいるのかとリンシャンは思っていた。リンシャンの想像はある一点だけ、人が住んでいるという部分だけ合っていた。住んでいるのは覇気のない男性達である。


 ――正確には、決闘に負けて奴隷化した男性達。


 一族の繁栄のための奴隷。小屋から異臭が漂ったので気になったエビルは、小屋の内部を少し悪いと思いながらも覗いてみた。その結果、拘束された男性へと馬乗りになって腰を動かす女性達の姿を見たと言う。何をしているのか詳細を聞かずともリンシャンはおおよそ理解出来る。


 奴隷達は一日中、体に異常が出るまで子種を搾り取られる。

 特定の相手と行為に励むわけでもなく、苦しくてもやらなければいけない。男女のそういった行為はエビルも知識として知っていたらしいが、小屋内で行われていたものは愛や楽しさの欠片もないただの作業。男として恐怖を抱いた彼は逃走してリンシャンのもとに来たのだ。


 肝心の父親についても酷い内容だ。クレイアの父親は悪魔憑きを産ませたとして三十二年前に処刑されている。バトオナ族の考え方では、子供は男性の子種から作られるものなので母親は裁かれない。

 バトオナ族とリンシャン達では価値観というものがまるで違う。


「残念だけど、あの価値観を今すぐ変えることは出来ない。変えるなら年単位の時間を要する。僕達には厳しいし我慢するしかないよ」


 実は今すぐ集落の掟などを変える方法が一つだけある。

 族長なら掟を変えられるし、禁止行為を増やすことで男性に対する扱いも手っ取り早く変えられる。つまりエビルが一族の女性全員と決闘して勝てばいいのだ。全員と結婚すれば有無を言わせず彼が族長になれるだろう。しかしこの作戦には彼が全員と結婚しなければいけないという欠点がある。リンシャンが思い付くような作戦だし彼も思い付いているだろうが、言い出さない理由はどう考えてもその欠点だ。


「想像以上に難しいんですね。人同士が分かり合うというのは」


 同じ人間であるはずなのに争いや差別は消えない。

 人類の敵ともいえる悪魔王やその配下を打倒したとして、人類に平和は訪れないだろう。真に平和をもたらすにはリンシャン達だけでなく、この世に生きる人類全員が心を一つにしなければならない。


 夢物語と鼻で笑われるような理想論だ。

 しかし、その理想が現実となればいいのにとリンシャンは思う。例え進むべき道が茨の道だったとしてもリンシャンは平和を作りたいのである。


 平和の第一段階として、まずやるべきなのは人類の敵の排除。秘術使いの力を結集させて巨悪を打ち倒すことで平和への道を進める。きっと自分の力が役立つと信じて、リンシャンは今自分がやれることをやろうと心に強く刻んだ。


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