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【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
第二部 三章 善悪の境界線
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母親の気持ち


 倒れたゼランを心配してリンシャンが回復の力を行使する。

 ロイズは殴った右拳を見つめて「強く殴りすぎたのか……?」と呟いていた。そんな戸惑っている様子の彼女にエビルはジト目を向ける。殴れと言ったのはゼランなので彼女に非はないのだが、気絶させてしまうとどちらに非があるのか分からなくなる。


「……む、うう」


 痛みが消えただろうゼランが呻き声を漏らし、ゆっくり立ち上がった。足下が覚束ない様子なのでリンシャンが体を支えて安定させる。


「大丈夫ですかゼランさん」


「う、うむ。さすがに〈メイオラ闘法〉なしでルイストを殺す女子は凄まじいの」


「そちらこそ素晴らしかった。腹がまるで鉄のように硬かったよ」


 実際のところロイズは一人でルイストに勝てない。

 しかし、生命エネルギーを放出する突き技〈晦日月〉を使い続ければ勝てる。それだと〈メイオラ闘法〉に分類されるので使わないで殺すことにはならない。素の馬鹿力で生命エネルギーの鎧を突破したのは確かに凄まじいのだが。


「さて、最後は〈集中〉じゃな。先程の〈纏い〉と似て非なる技術じゃ。全身に纏わせるのではなく必要な部分に多く纏わせる。己の武器、攻撃を受ける箇所など要所要所で使い分けて初めて一人前」


 説明を聞いてエビルは自分の技に似ていると感じた。

 放出するのも纏うのも、風を使ってエビルは同じことをしているのだ。


 最後の集中は〈暴風剣〉や〈風纏刺突〉と考えれば分かりやすい。一部分、もしくは一点に生命エネルギーを集中させることで攻撃力も防御力も高まるが、それ以外の部分を攻撃されたら大ダメージを受ける。どこで攻撃するか、どこへ攻撃されるか、戦闘中にすぐ把握してエネルギーを操作しなければならない。


「見せてやろう。生命エネルギーを一点に集中した時の力を」


 ゼランは言葉通りに自分のとある部位に生命エネルギーを一点集中させた。

 その部位とは拳だ。握り拳に集まった生命エネルギーは力強く、暴れ狂っている。制御能力が高くなければ暴走して自分がダメージを負ってしまうだろう。難しい技術を難なく行ったゼランは、自宅を支える細い鉄柱を軽く殴りつける。

 拳が衝突した瞬間、鉄柱は一部分が粉々に砕けた。


「なっ、折れた……いや砕けた!」


「何という力だ。細い鉄柱とはいえ素手で砕くとは」


「これが生命エネルギーを一点集中させた時の力……! 凄いです!」


 細い鉄柱の一部分が砕けたことで、それより上の支えを失った部分が地面に倒れる。オルアプの実の殻で作られた家が地面に叩きつけられたが家は無傷。わざわざ家にしているくらいだから頑丈なのは分かっていたが予想以上に硬い。


「そうじゃろうそうじゃろう……ん?」


 倒れた家をゼランは呆然と眺める。


「儂の……儂の家があああ! 勢いで殴ったの自分の家じゃったあああ!」


「ええ!? 分かってて殴ったんじゃないんですか!?」


 頭を抱えて叫ぶゼランにエビル達は愕然とする。

 自宅から下りた場所に立っているのだから当然一番傍にある家は自宅だ。それすら忘れていたとなると、老人らしくボケが進行しているのかもしれない。四百歳を優に超えるのだからボケていても何ら不思議ではないのだ。



 * * *



 自宅を自分で破壊した族長を宥めたエビル達は新たな情報を得た。

 エビル達が一度クレイアの母親、マテンと話してみたいと告げると族長は泣きながら教えてくれたのである。知りたかった〈メイオラ闘法〉については詳しく分かったので、クレイアに関しての情報収集を始めるつもりだ。どうせ話を聞くなら家族がいいという結論に至り、母親のマテンと話すのが手っ取り早いと思ったのである。


 マテンの家に到着したエビル達は、真下から彼女の名前を呼ぶことで来訪を知らせる。扉がないためノックが出来ないため苦肉の策だ。バトオナ族の者達は来訪を知らせる時、遠慮なく家の中へと入るらしいが部外者のエビル達が入るのは問題になるだろう。一族の者達が問題に思わなくてもエビル達が問題に思う。


「――私の名前、呼ぶ、誰?」


 綺麗な声が家の中ではなく背後から聞こえた。振り向いてみると長い銀髪で褐色肌の、清楚な雰囲気を持つ女性が立っていた。


「僕はエビルです。あなたがマテンさんですか?」


 彼女は一度頷くことで肯定する。


「僕達、あなたの娘のクレイアさんと仲良くなるために色々知りたいんです。過去に起きたことや彼女の性格、色々と教えてもらえませんか」


 クレイアの名前を出した時、彼女の瞳が一瞬揺れた。

 とても強い驚きをエビルは感じる。


「……クレイア、悪魔憑き」


「余所者の僕達には関係ありませんよ」


「関わる、災い、来訪」


「彼女と関わると災いが降りかかる、か。あなたはそれでも母親ですか!? 母親なら子供の味方をしてもいいのではないですか!?」


 娘には優しくないと事前に聞いていたが、実際に本人の口から聞いてリンシャンやロイズの怒りが湧き出る。険しい表情をする二人は無意識に腕に力を入れていた。殴りかかったりしないとは思うが、もし怒りで攻撃してしまったらエビルが止めなければならない。


「悪魔憑き、嫌い。クレイア、嫌い」


「……うっ、くっうう」


 リンシャンは唇を噛みしめて必死に怒りを抑えようとしている。

 一番手を出してしまいそうなのが彼女だ。人一倍心優しい彼女には精神的にキツい状況。ロイズはといえば鋭く睨みつけているもののあくまで冷静だ。


「関わる、よくない。去れ」


「くっ、うっ、ううう……!」


「悪魔憑き、余所者、去れ」


 目を見開くリンシャンが大きく手を振りかぶったのでエビルが掴んで止める。

 怒り、悲しみ、哀れみなどの感情が彼女の心で渦巻く。涙を流す彼女は平手打ちを止められて「エビル様……」と振り向き、なぜ止めたのかと目で訴えてくる。エビルは無言で静かに首を振って一歩前に出た。


「すみませんマテンさん。あまり話したくないことを聞いてしまいました。今日のところはこれで失礼しますね」


 話を聞ける相手ではないためエビルは一礼してから家の前を去る。

 腕を掴んだままなのでリンシャンも付いて来ざるを得ない。ロイズも追って来たので、会話相手がいなくなったマテンは縄梯子で自宅へと上がった。それを感じてからエビルはリンシャンの細腕を放す。


「……止めてくれてありがとうございましたエビル様」


「いいよ、君の気持ちも分かる」


 落ち込んだ様子のリンシャンを慰めようと口を開く。

 実際、彼女の気持ちは分かる。普通に解釈すれば娘に対する母親の言動とは思えない。


「彼女、とても話を聞ける雰囲気ではなかったな。どうする?」


「マテンさんにクレイアさんの話を聞くのは諦めよう。彼女が娘のことをどう思っているのかおおよその見当は付いた。これ以上話をしても新しい情報はないよ」


「そうですね。それに私、もうあの人の話を聞きたくありません」


 旅の途中、リンシャンが親への気持ちについて語ってくれたことがある。

 金のために自分を売った両親を彼女は恨んだし怒っている。しかし、酷いことをされたにもかかわらず彼女は少量の感謝の心を持っていた。自分を育ててくれた、産んでくれたことに対しての感謝だ。例え長年会わずとも、罪を犯そうとも、彼女にとって親であることに変わりない。どんな親だろうと子供にとって特別な存在だと彼女は旅路で語った。


 優しくてお人好しの彼女ならではの気持ちかもしれない。

 世の中には親を特別視しない子供もいるし、本当の親に育てられなかった子供もいる。だがクレイアは、ゼランの話が事実なら母親を特別な存在と思っているだろう。

 彼女はクレイアの気持ちを想像してマテンに攻撃しようとしたのだ。


「もし何も予定がないなら私はルトとジネに会いに行く。私なりに〈メイオラ闘法〉を完璧に扱えるようになりたい。そのためには習得済みの者に鍛錬を見てもらうのが一番だ」


「僕はゼランさんのところに戻って家の修復を手伝うよ。あの人には聞きたい話もあるし、家が壊れるきっかけを作っちゃったのは僕達だからね。リンシャンはどうする?」


「予定はないですが……私は、エビル様と一緒に」


「ああ、予定がないならクレイアさんの護衛を頼みたいな。七魔将に限らず、何か不測の事態が起きたら知らせてほしい。当然僕も悪魔が来ないか警戒はしておくけど誰か傍にいた方がいいしね」


「わ、分かりました。クレイア様が心配ですもんね」


 納得してくれたリンシャンは集落の入り口へと走って行く。

 背中を見送っていたエビルにロイズが「いいのか?」と問いかける。


「七魔将に襲われた時、彼女では荷が重いぞ」


「クレイアさんの家の周囲に風の結界を張っておいた。侵入者がいれば分かる」


 秘術でコントロールした風で覆った家付近を通過すれば、侵入者の形をエビルは感じ取れる。最近編み出した技〈風門〉だ。自然な流れで漂っているだけの風は何者にも検知不可能。敵を迎え撃つのにこれ以上ない程最適な技である。


 それについさっき、念には念を入れて七魔将と思われる二人組の居場所を探っておいた。ミーニャマは既に大陸から消えており、もう一人は森の中を彷徨い続けている。クレイアの家にしばらくは辿り着かないだろう。


「行かせる意味があったのか?」


「うん、リンシャンは自分の目で見た方がいいかと思って」


「何の話だ?」


 エビルはマテンと話した時、親子の気持ちや立場に勘付いた。

 クレイアとマテンの真実をエビルはロイズに話す。人一倍他人に優しい少女も理解してくれることを祈りながら。


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