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【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
第二部 三章 善悪の境界線
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クレイアの実力


「何をじっくり見ているエビル!」

「く、くくくクレイア様!? 男性の前で簡単に服を脱ぐのはダメですよ!」


 慌てた二人の平手でエビルは顔面を押さえ、特に気にした様子がないクレイアは毛皮の服を着直す。突然脱いだのは彼女の方なのに攻撃されるのは少々納得いかないが、物理的な衝撃で顔を赤くしたエビルは「ごめん」と告げておく。


「どうしてダメ?」


「ふしだらな女性だと思われるからです! それにもし見せた男性が性欲の強い方だったら、襲われていたかもしれないんですよ!? エビル様はそのようなことをしないと信じていますが万が一はあります!」


 確かに誰に見せるかによって結果は大きく変わる。反応を見るに彼女は男性に素肌を晒す抵抗がない。なぜダメなのかも全く理解していないし、まるで性知識が浅すぎる子供のようだ。外見もあって余計にそう感じてしまう。


「襲われても問題ない。私強い、返り討ち」


「あなたより強い男性は必ずいます! エビル様、彼女と戦って思い知らせてあげてください。上には上がいるってことを! どんなに強くても身の危険がなくなることはないことを!」


「いやリンシャン、もし戦って僕が勝っちゃったら……」


 ミトリアに聞いたバトオナ族の掟がある以上簡単に戦えない。

 一族にとって決闘は神聖な儀式のようなもの。男性に負けた女性はその人物と結婚せねばならない。逆の場合、女性に負けた男性は一族の繁栄のために死ぬまで働かされる。エビルとしてはどちらも御免被(ごめんこうむ)る。


 クレイアは美少女……年齢的には少女ではないが可愛らしい。だが結婚するとなればエビルは先に告白してくれたレミの気持ちを裏切ることになる。最悪のケースを防ぐためバトオナ族と戦うわけにはいかないのだ。

 掟を思い出したらしいリンシャンは「あ」と声を出し、頭を抱える。


「お前、強い?」


「残念ながら僕はとても弱い。子供に小突かれただけでも気絶する」


「……雑魚」


 さすがに弱すぎる気もするが決闘は挑まれたくない。


「――エビルの代わりに私が戦おう」


 席を立ち上がって宣言したのはロイズだ。


「待ってくださいロイズ様。ロイズ様が戦う意味なんてありませんよ」


 リンシャンの言う通り戦う理由がない。先程の話の流れで戦うなら、自分より強い男性がいることを思い知らせるためという理由はあるが、それは男性が戦うから意味があるのであって女性のロイズでは何の意味もない。

 理由を知りたいエビルが「どういうつもりだい?」と問えば彼女の真意が明かされる。


「戦力確認さ。山の秘術がどんなものなのかも見ておきたいし、彼女の実力も知っておきたい。あの青いルイストを単独で狩れるなら相手として不足なし。人間相手にどれだけやれるのか試させてもらう」


「決闘?」


「いいや、これは決闘ではない。手合わせだ」


「……理解した。外出ろ」


 言うなれば試合。屁理屈にも思えるが決闘でなければ掟の影響はない。

 エビルとしても山の秘術使いの実力を自分の目で見ておきたいため、殺し合いでないならロイズと戦ってもらう案は賛成だ。ルイストを自力で倒せるのは素晴らしいが強さの底が見えない。仮に途轍もなく強くて勝負にならなかったとしても、ロイズを無傷で倒せるなら七魔将と単独で渡り合えることくらい分かる。


 外に出た二人は互いと向き合い、ロイズは槍を構えた。


「さあいつでもいいぞ。全力で来てくれ」


 開始の合図とも取れる彼女の言葉だが二人は動こうとしない。

 互いに相手の動きを待っているのだ。先に動いた方が隙を見せることになるが、先に動かなければ何も始まらない初手の難しさ。現状のように動くまでが長い戦いは実力者同士によくあることである。


 先に動いたのはクレイアだ。

 素早く四足獣のような体勢になった彼女の手から、秘術の神性エネルギーが地面に伝わる。風の秘術を持つエビルだから感じられたが、他の者は攻撃に移ったことにも気付けないだろう。しかし特殊な攻撃方法を使う相手と分かっていたロイズはすぐさま跳ぶ。


 ロイズの判断は正解と言える。跳躍しなければ、今出て来た縄状の土に足を縛られていたはずだ。初見殺しとも呼べる秘術の技を回避したのは、豊富な戦闘経験がもたらしてくれた直感能力に他ならない。


 先制攻撃を最低限の動きで回避したロイズは〈刹那歩法〉で距離を詰める。

 相手の瞬きと同時に進むことで相手からは瞬間移動のように見える特殊な歩法だ。若干戸惑いを見せるクレイアの背後に回ったロイズは槍の柄で殴りつけた。さすがに突きを放つのは危険なので槍を打撃武器として使うしかない。


 背中を強打されたクレイアの手足が地面に沈む。

 普通の人間なら痛みで立ち上がれずに敗北する威力だが――彼女はまだ動く。


 後ろへ振り向き様に裏拳を放った彼女の手は大地の塊を纏っていた。

 驚愕したロイズは後方に跳ぶことで回避したのだがこれで終わらない。


 地面を蹴り、逃げたロイズに向かって急接近。

 勢いのままに大地の塊を纏った拳を叩き込む。


「ぐっうおおお!?」


 咄嗟に槍の柄で防御したものの吹き飛んだロイズは大樹に直撃。

 背中を強打したロイズの意識は一瞬消え失せた。


「……クレイア、君は強いな。私より遥かに」


 弱々しく笑ったロイズは槍を構え直すことなく下げる。

 潔く敗北を認めたから戦意を失ったのである。


「もう終わり?」


「終わりだよ。勝つつもりでいたんだが参った、降参だ」


 試合は終わったと理解したリンシャンがロイズの傍へと走り、祈りを捧げるように座り込んで林の秘術を使用。背骨に入っていたヒビすら数秒という短時間で完治させていた。


「そっちこそ、〈メイオラ闘法〉を使わないのに強かった」


「〈メイオラ闘法〉?」


「それってもしかして、バトオナ族が扱っている特殊技術ですか?」


 確定ではないがエビルの予想通りなら、驚きの技術をバトオナ族は平然と扱う。

 先程の戦闘中にクレイアが生命力を体に纏っているのを風の秘術で感じた。彼女だけでなく、ルトとジネが高く跳躍した時も実は同じものを感じている。純粋な身体能力だけであれだけの跳躍をするのは難しい。だが生命力を利用すれば驚異的なパワーとスピード、跳躍だって可能になるはずだ。


「そう。昔の人、生み出した聞いてる。使うと強くなる」


「因みにクレイア、その〈メイオラ闘法〉を教えてもらうことは出来るだろうか。それを使えれば私はもっと強くなれるのだろう? どうか頼む、教えてくれ」


 頭を下げたロイズに対してクレイアが頷き、詳細を語ってくれる。


「〈メイオラ闘法〉。生命力の操作。第一段階、放出。第二段階、留める。第三段階、集中。以上」


「……もう一度言ってくれないだろうか」


「〈メイオラ闘法〉。生命力の操作。第一段階、放出。第二段階、留める。第三段階、集中。以上」


「やり方は……」


「私、説明苦手」


 無表情で告げられたロイズは肩を落とす。

 今までに話したバトオナ族は族長以外会話能力が低い。族長がすらすら話せるのは役目のおかげと推測出来る。歴史の語り手に選ばれた者は、歴史を語るため必然的に流暢に話せなければならない。もし〈メイオラ闘法〉を教わりたいなら族長に尋ねた方がいいだろう。



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