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【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
第二部 三章 善悪の境界線
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いざ、バトオナ族の集落へ


 戦闘を終えたエビルは剣を鞘に入れてロイズに接近する。


「ロイズ、何度も言うけどあの技は窮地以外で使用禁止だよ」


「分かっている。頭の中で分かってはいるんだ。……ただ〈晦日月〉を使えば君の隣で戦うのに相応しい力を得られる。私も君のようにもっと強くならなければいけない」


 焦りの感情が日を跨ぐごとに強くなっていく。

 もし何もせずにいたら今後彼女は、強い相手と出会う都度攻撃全てに生命力を込めかねない。自分が死ぬまで使用するほど考えなしだとは思わないが非常に危険だ。しかしエビルがどんな正論を重ねて告げたところで彼女の心には響かない。次に何を言えばいいのか分からなくなったエビルは悲し気な顔になる。


「あれ? エビル様、ロイズ様、この魔物死んでいません!」


 リンシャンの叫びでエビル達は振り返った。

 地面には体長六メートル程の青い大型獣が横たわっている。


「……いや、この魔物は死んでいる。間違いない」


 風の秘術で生死すら感じられるエビルには分かるのだ。青い大型獣は確実に絶命しているため警戒は必要ない。近くに仲間もいないし、いきなり復活することもない。


「でも死体が消えませんよ? 魔物は倒したら体が消えるはずですよね。普通の動物には見えませんし、どうしてでしょうか」


「妙だね。こんなことは今まで一度もなかった」


 命の灯火が消えた時に魔物の体は黒く染まり、塵となり消失する。

 魔物と人間を混ぜた生体兵器や魔王も崩れ去ったのだから例外はない。

 元より原理すら分からない謎現象なため、青い大型獣が消えない原因は不明である。ただ、一つ気になることがあるとすれば通常の魔物と気配が若干違うことだ。ほんの僅かではあるが死体から神聖な何かを感じることも出来る。


「死体が残る魔物なのか、それとも……」


「考えていても分からないだろう。エビル、リンシャン、我々はバトオナ族の集落へと急ごう。魔物が塵にならない理由など後でいくらでも考えられるが、のんびりしていたら山の秘術使いは攫われて手遅れになるぞ」


「……そうだね。今は先を急ごう」


 おおよその方向は特定しているのでひたすら真っ直ぐ歩けばいい。

 集落の位置は分かっているし、三人バラバラに行動しなければ迷うことはないだろう。ロイズが足早に歩くのでエビル達二人は後を追いかけるために足を動かす。

 彼女を追うように歩いているとリンシャンが口を開く。


「エビル様、私、ロイズ様の気持ちが分かります」


「彼女は十分に強いけど七魔将も強い。シャドウの話だと復讐相手のサイデモンって悪魔はミーニャマよりも強いらしいし、彼女が焦る気持ちは分かるよ」


 残る七魔将は五人。

 ロイズの故郷、バラティア王国を襲撃したサイデモンは七魔将ナンバーツーの地位に居座っている。ギルド本部で戦ったミーニャマより強いのは必然であるが、ロイズはミーニャマにすら勝てない。もちろん彼女も旅で強くなっているし、高威力の〈晦日月〉を使えばビンにも勝てる可能性が高い。……それでも復讐を果たすためには実力が足りないのだ。


「それもあると思いますが、それだけじゃないと思います。ロイズ様は足手纏いになりたくないんです。とても強いエビル様の負担になりたくないから、自分も強くなりたいんじゃないでしょうか。私も同じですから、何となく分かってしまうんです。ふふ、私、一番弱いですから」


「……そっか。僕は、分かった気でいただけなのかもしれないね」


 他者の感情を感じる風の秘術を持っているからこそ、彼女の想いを全て理解した気になっていた。疲弊してでも思考を感じ取れば確実に全て分かるが、さすがにそこまでいくと個人情報や秘密も筒抜けなので仲間にはやりたくない。


「私の力で心の傷も治せたらいいのに……」


「落ち込むことないよリンシャン。君はさっき言ったじゃないか、自分も同じだって。だったら同じ立場としてロイズを気にかけてあげてよ。ロイズの心を癒やすのに必要なのは秘術じゃなくて、誰もが持っている言葉だから」


 一瞬だけ呆けた顔をしたリンシャンは「はい!」と元気に返事をする。

 大きな声だったので前方を歩くロイズが振り返ったが、何も異常がないと分かると視線をすぐ前方に戻す。


 それからエビル達は人が集まる集落らしき場所を目指して森を突き進む。

 道中で何度も先程の青い大型獣のように消えない魔物と遭遇した。ロイズが〈晦日月〉を使う前に全て素早く撃破するのは大変だが、彼女の命を削らせるくらいなら多少負担が増えても構わない。


 強力な魔物と戦いながら森を進む日々を繰り返していると、森では見慣れない木製の壁が見えてくる。そして高い壁の前に立っている二人の人影も見える。


「エビル、君が感じた集団の居場所はあそこか?」


「うん、間違いない。今も壁の向こうに大勢いるよ。入りたいところだけど、あの見張りらしき人達から早くも怪しまれている。疑惑の感情を感じるよ」


 隠れようにも既に存在がバレているのだから余計怪しく見えてしまう。

 見張りの二人は視力が高いらしく、エビル達には人影にしか見えなかった距離から認識された。闘争心と疑惑を持っている二人だがいきなり襲ったりはしてこない。あくまでもエビル達と同じで様子見しかしていない。


「エビル、リンシャン、念のため」

「分かってる」


 腰にある収納袋からエビルは黒い手袋を取って右手に付けた。

 ミトリアからの情報だとバトオナ族の集落では秘術の詳細を知る者がいない。秘術を使ったりするのはもちろん、紋章を見せるのすら危険だ。山の秘術使いは悪魔憑きと呼ばれていたらしいので、下手すれば悪魔扱いをされて襲われるかもしれない。……いや、悪魔は真実なのだが。


 リンシャンは緑の前髪で隠れているが念には念を入れて、彼女にはヘアバンドを渡している。淡い桃色の可愛らしいヘアバンドだ。お洒落だと嬉しそうだがファッションのためではない。


 準備は整ったのでエビル達は見張りの二人へと近付いていく。

 接近していけば二人の容姿が段々はっきりしてくる。

 褐色の肌の少女。銀髪のウルフヘアー。両頬にある竜型の白い刺青。獣の皮や毛で作られた露出の多い衣服。どれも事前に聞いていたバトオナ族の容姿に当て嵌まる。


「「――停止!」」


 歩いて近付いていると見張りの少女二人が声を揃えて叫んだ。

 強い闘争心を持つ少女達は、止まったエビル達に対して槍を構えた。白い槍は大きな動物の骨を削って作られたような形状をしている。


「「何者」」


 またも声を揃えて話す少女達と話すためにロイズが一歩前へ出た。


「私達はギルド本部からやって来た新人職員だ。ここにはとある人物を捜すために立ち寄らせてもらった。集落へ入れてもらっても構わないだろうか」


 丁寧な説明をしたのだが少女二人は不思議そうに首を傾げる。


「ギルド? 何?」

「ショクイン? 何?」


「そうか知らないのか。ギルドとは世界中に跋扈する魔物を駆除する場所で、職員とはそこで働く者のことを言う。分かったか」


 またもや少女二人はコテンと首を傾げる。


「マモノ? 何?」

「ハタラク? 何?」


 子供だからかミナライフ大陸の人間だからか、ギルドなどの用語を出しても理解してくれない。まさか魔物という名前すら知らないとは思わなかったのでエビル達は目を丸くする。

 知っている単語と知らない単語を理解しなければ少女達と上手く話せない。


「……魔物とは怪物だ。働くというのは……えっと、どう説明すればいいんだ」


「「カイブツ? 何?」」


 三度目の問いかけの時、汗を大量に垂らすロイズは諦めて一歩下がった。



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