表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
第二部 三章 善悪の境界線
227/303

意識の欠片


 周囲の風を集めるだけでは足りない。

 荒野中、いやテミス帝国全土から風を集めていく。


「イス、トおおおお!」


 ライフル弾が肩に命中したレッドガーディアンは叫びながら転がる。

 本当ならミトリアは額を狙っていたのに、射撃に反応して躱されそうになったのだ。音速の三倍以上の速度だというのに早くも対応してきた。起き上がったレッドガーディアンに彼女がもう一発放つと、今度は完全に躱されてしまう。もう遠距離からの射撃は通用しないことをエビル達は悟る。


「遠くから撃っても躱されるなら……近距離だ!」


 走って距離を詰めていくミトリアの行動にエビルは目を見開く。

 遠距離用射撃武器を近距離から使えば、微々たるものだが威力も速度も変化する。撃たれた弾は時間が経つごとに速度が落ちるし、速度が落ちれば威力も落ちる。ただ先程彼女が撃った位置なら速度は初速から殆ど落ちない。どういう意図があるのか分からずエビルは困惑してしまう。


 困惑しているのはレッドガーディアンも同じだった。

 一見、自棄になって特攻したようにしか見えない行動。

 ミトリアはどんどん距離を詰めていき、レッドガーディアンは彼女を迎え撃とうとする。僅か一メートルほどまで近付いた彼女はようやく弾を発射。さすがに至近距離すぎて完全には躱せず頬に命中。レッドガーディアンは衝撃で独楽(こま)のように回転する。


「ミトリアさん早く離れて! 攻撃が来る!」


 攻撃の前兆を知らせる風を感じてエビルは叫ぶ。

 レッドガーディアンは回転の勢いをそのままに腕を振り、ミトリアは対処が間に合わずに殴り飛ばされた。改造スナイパーライフルを盾にしたからダメージを軽減出来ているものの、元々の威力が高いため彼女は立ち上がれない。

 動けない彼女に向かってレッドガーディアンが歩いていく。


 今すぐにでも彼女を助けに動きたいエビルだが心の中で迷う。

 仮に動いたら助けること自体は問題なく成功するだろう。だがレッドガーディアン討伐のために必要な威力を出すため集めている風は霧散してしまい、結果どちらの身にも危険が及ぶ。少しでも時間を稼ぐ役目を買って出た彼女のためにも、エビルは風集めに集中するべきである。……かといって彼女を見殺しにしては何の意味もない。自分の生き方すら揺らいでしまうはずだ。


「ミトリアさん! どうにかレッドガーディアンから離れてください!」


「……立てん。一時的に体が麻痺しているようだ」


「くそっ、集めた風はまだ不十分。この作戦は諦めるしかないのか……!」


 我慢出来ずに助けるためエビルが動こうとした時、分厚い鉄を打つような重い低音が響いた。

 研究所に繋がる廃棄用通路から一体のグレーゾーンが飛び出して来たのだ。先程の低音は飛び出たグレーゾーンが通路の蓋を踏んだ音。証拠として鉄製の分厚い蓋は大きく凹んでいる。


「グレーゾーン!?」


 集団のグレーゾーンはリンシャンとロイズ、ギルドの人間達が足止めしているはずだ。連携を大事にすれば討伐するのも苦にはしない。こうして地上に出て来ることなどあるわけがないのだが、今エビルの視界にグレーゾーンの姿が映っている。


「くそっ、助けに入らないと!」


 迷っている暇はなくなった。レッドガーディアンでさえ手に余るというのに、他の生体兵器まで参戦した現状エビル達の勝ち目はい薄い。ミトリアも足止めすら満足に出来ないだろう。それどころか早々に助け出さなければ彼女は殺されてしまう。


 ――今度こそエビルが動こうとした時、グレーゾーンはおかしな行動をした。


「え、どういうことだ?」


 予想は大きく外れて、グレーゾーンはレッドガーディアンへと駆けて殴ったのである。生体兵器は襲わないものとばかり考えていたが、一切の躊躇なく全力で殴っている。エビルにとっては好都合だが生体兵器同士の殴り合いが始まってしまった。


「何がなんだか分からないけど好都合か」


 どちらも引かない殴り合いのおかげでミトリアは助かり、エビルは風集めに集中出来る。テミス帝国全土から集める風は膨大な量だし時間はかかるが、生体兵器同士の争いのおかげで集め終わった。


「準備は終わった。喰らえ! 〈死嵐斬(しらんざん)〉!


 膨大な量の風エネルギーを圧縮して剣に纏わせる。

 これまで使用してきた〈暴風剣〉を遥かに上回る力。奥義とすら呼べる圧倒的力を秘めた一撃を、最高速度でレッドガーディアンへとぶつける。


 ミトリアの改造スナイパーライフルすら躱す相手なので当然反応してきたが、エビルの補助をするようにグレーゾーンがレッドガーディアンを押さえてくれた。


 強力な風を纏った剣は頑丈な皮膚や筋肉を切り裂く。

 容易くとはいかなかったが斬る大変さが大幅に減少している。

 雄叫びを上げながらエビルは何度も剣を振るい、素早い剣技でレッドガーディアンをバラバラに切断してみせた。連撃の直後は暴風が吹き荒れ、切断された部位が四方八方へ飛ぶ。荒野に転がった肉塊は次々と黒く染まっては塵になっていく。


 この世界から肉塊が消えるのを見届けたエビルは「勝った……」と呟き、地面に膝から崩れ落ちる。国の全土から風を集めて圧縮するなんて初の試みに体は悲鳴を上げている。想像以上に大きな負担だし、使用に時間がかかることから今後〈死嵐斬〉を使うことはもうないだろう。


「……いや、まだだ。もう一体」


 レッドガーディアンは倒した。次はグレーゾーンだ。

 討伐に協力してくれたのは素直に感謝しているが危険な存在に変わりない。早く対処しなければミトリアの命も危ない。エビルが慌てて振り向くと、彼女はグレーゾーンと一対一で見つめ合っていた。


 一人と一体の間に敵意はない。

 怒りも、殺意も、喜びもない。あるのは悲しみのみ。


 感情を風で感じているとエビルに新たな思考が生まれる。

 人類を守護する生体兵器を作るガーディアン計画は成功していたのではないか。イストがレッドガーディアンのことだけ考えていたせいで気付かなかったのではないか。憶測に過ぎない思考が次々と浮かぶ。


「――ナナク、なんだな?」


 憶測は全て吹き飛んだ。

 ミトリアの問いにグレーゾーンは答えられない。

 ただ、言葉を話せない生体兵器は一度だけ首を縦に動かす。


「ナナクさんって……ミトリアさんの」


「旦那さ。もっとも、面影すらなくなってしまったようだがね」


 ミトリアの褐色の顔を一筋の涙が伝う。

 正直エビルは信じられない気持ちでいっぱいだが、どんな生物も内側の感情だけは誤魔化せない。風の秘術で探ってみればグレーゾーンの内面に小さな意識があった。さらに驚くべきことに小さな意識はさらに小さくなっていっている。


「あの、ミトリアさん。言いにくいんですが……ナナクさんの意識はもう、消えかけています。直に彼の心は完全に消されてしまう。……危ないん……です」


「なぜ分かる?」


「風の秘術です。僕には、感じ取れてしまう」


 このままだとナナクの意識は消えて、どこまで残っているか分からない彼の記憶だけが残る。分かった以上何とかしたいがどうにもならない。そもそもなぜ彼の意識や記憶が残っているのかすら分からないのだから手の施しようがない。

 一つ確かなのは、時間経過と共に彼の心は死ぬということだ。


「……そうか。エビル、すまないが先に戻ってくれないか。ロイズ達がまだ戦っているかもしれないから援護に向かってくれ。……私も、後から行く。ナナクとの別れを済ませたらすぐに行く」


「分かりました。ロイズ達が戦っているグレーゾーン達は僕が片付けます。だから、ミトリアさんはロイズ達を心配しなくていいです。今は、目の前のことに集中してください」


「本当にすまないな。迷惑をかける」


 涙を流し続けるミトリアに背を向けてエビルは廃棄用通路に入る。

 階段を下りる途中、頭は彼女とナナクのことでいっぱいだった。


 まだ戦っているだろう者達の心配はしているがロイズとリンシャンなら問題ない。グレーゾーンとは戦い慣れているし、リンシャンは怪我の治療も迅速に行える。余程のミスを積み重ねなければ死者は出ない。こんなことを思えるのは彼女達を信頼している証拠だ。それでも加勢が早い方がいいのは分かっているので走り出す。


 研究所の地下へ戻って来た時、エビルは遠くから銃声が聞こえた気がした。

 気にかけていた方角から死の風が吹くのを感じて心が重くなる。荒野で起きただろう事態を考えないようにして走り続けて、ロイズ達の下へと向かう。


 駆けつけてみればグレーゾーンの残りは数体。

 全員が息を荒くして疲労を表に出しているが闘気は落ちていない。

 状況を瞬時に把握したエビルは悲しみをぶつけるように、半ば八つ当たりのようにグレーゾーンを討伐した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ