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【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
第二部 三章 善悪の境界線
222/303

研究所


 人間と魔物を混ぜて、人類の守護者となる生体兵器を生み出すガーディアン計画。その人類の闇とも呼べる研究を行っている建物の前にエビル達は立っている。


 高層の建物が多いテミス帝国では珍しく、一階建てで幅の広い建物だ。さらに珍しく真上にはホログラム映像が存在していない。テミス帝国では建物がどのような場所かホログラム映像で表しているので、それがなければ誰も近寄らないからだろうとミトリアは言う。

 建物を眺めていると扉が開いて、眼鏡を掛けた白衣の男が出て来る。


「やあやあよく来たね諸君」


「イストさん、お忙しい中申し訳ありません。今日は見学の案内をよろしくお願いします」


「よろしくお願いいたしますイスト様」


「……よろしく頼む」


 エビル達と違い、行きたくない気持ちを隠すようにロイズは挨拶していた。

 今日付いて来てくれた理由を話してはくれないがエビルには分かる。彼女の心には不安が強く出ているのだ。自分ではなく、エビル達を心配しているからこそ付き添ってくれている。


「イスト、早速案内してくれ。この建物前に集まっているところを民衆にみられていたら困るだろう。余計な詮索をされる可能性がある以上、迅速に事を進めろ」


「はいはい、じゃあ行こうか。しっかり付いてきたまえ」


 建物へと歩き出したイストにエビル達も続く。

 幅が広い建物だったので部屋がいくつにも分かれているかと思えば、一階はガラスの牢屋とも呼べるものが多くあるだけの場所だった。他の部屋などなく、一階はその部屋だけで完結している。


 ガラスの牢屋には動物が入れられておりエビル達に敵意を向けていた。

 虎や獅子、猫などが揃って睨んでくる様子をエビル達は不思議に思う。


「な、何ですかこの部屋。まるでペットショップじゃないですか」


「みんな睨んできてますよ。ああも敵意満々だと可愛いとは思えないですね」


「万が一この建物に、何も知らない侵入者が来たときのための対策さ」


 ペットショップ部屋の中心にある極太の柱が一本へイストが歩いて行く。

 彼は柱にある線状の窪みに、白衣のポケットから取り出した長方形の物体を入れる。するとすぐにピコンという音が鳴り、極太の柱が真ん中から開いて一つの部屋が現れた。もはやテミス帝国に来てからエビルは自分の常識が何度破壊されたか分からない。


「もしや、エレベーターですか?」


「そうだよ緑少女。研究所は地下にあるんだ」


「今、窪みに入れていたものは何ですか?」


「カードキーだよ真っ白君。研究所内での身分証明書みたいなものさ」


 見慣れない物が沢山あって驚きが多い。

 エビルに限らず全員が少なからず驚きを感じている。

 極太の柱に偽装されていたエレベーターへ乗り込んだ一行は地下へ向かった。


 地下二十階。そこから下が研究所だとイストは言う。

 地上で暮らす国民に勘付かれないようにするためだ。地下の浅い場所に研究所を作っても振動で不審がる者が出て来るし、侵入しようとする者も出て来るだろう。テミス帝国の建造物は全て振動を最小限にする作りになっているので、地下二十階ほど深いなら誰にもバレることがない。


 エレベーターから出て通路を進みながらイストが語り出す。

 最初の分かれ道で右を進むと失敗作の廃棄場へと繋がっている……(すなわ)ち地上だ。さすがに町の中にではなく荒野に繋がっている。つまり荒野のどこかからこの研究所内に入れるというわけだ。意識を魔物駆除に向けていたためエビル達は気付かなかった。


 左に進んだエビル達が歩いているとガラス張りの部屋が視界に入る。

 恐ろしい速度で変化する感情を感じ取ったエビルが部屋を見てみれば――いた。


「ああ、ここから先は成功に近い個体を管理している場所だから、多くはないけどいるから気を付けなよ。まあテミス帝国特性の超強化ガラスがあるから大丈夫。それにこいつらは大人しいから」


 ブルーパープルのように二メートル以上の人型であるが体の色は灰色と黒。

 両腕両脚の長さや太さが一本一本違う歪な人体。爪と牙は鋭く、顔は大きくでこぼことしていて見栄えが悪い。正しくエビル達が荒野で何十体も駆除してきたグレーゾーンだ。


 強い悲しみと怒り、絶望と希望。ころころ変わる感情も同じである。初邂逅の時同様エビルの気分が悪くなる。慣れてきたと思ったのに研究所内のグレーゾーンは感情がさらに激しい。


 全員が見ていた時――唐突にグレーゾーンが動いてガラスを叩いた。

 大砲で爆撃されたかのような音が響き、エビル達は目を丸くする。


「……大人しい、ですか?」


「お、おかしいな。この個体が暴れるなんて一度もなかったのに」


 ガラスを叩いたグレーゾーンはジッとエビル達の方を見つめている。

 目の焦点が合っていないが何となく、見られているように思えた。


「……もう行こうか。君達だってこんなのが見たいわけじゃないだろう」


 そう言って歩き出すイストに離されないようエビル達も付いて行く。

 確かに今日は生体兵器そのものではなく制作過程を見に来たのだが、あの個体ももう少し見ておきたかった。接近してガラスを叩いた時から、やけに強い希望と絶望を抱いていたのだ。何かが他と違う奇妙な個体であった。


 イストに付いて歩いて行ったエビル達は遂に目的地へ辿り着く。


「ほら、真っ白君。あれが見たがっていた生体兵器の制作過程だよ」


 高所から見下ろす形となったが見学出来る場所はその高所のみ。

 左右に設置してあるレーンが何かを中心の機械に運んでいる。

 人間の脳味噌と思わしきものと死体が右のレーンに多く並び、その数だけ気絶している魔物が左のレーンに並んでいる。魔物は殺したら塵となってしまうので生きているのは仕方ない。


 中心の機械に死体と脳味噌、そして魔物が入ったら融合し始める。

 ドリルを使って魔物の頭に穴を開け、脳味噌を中に入れているように見えた。透明なガラスの部分から制作過程を隠すことなく知れる。ミキサーで混ぜ合わせているような所もある口にするのも悍ましい実験だ。


 魔物の体は変形していってあっという間にブルーパープルへと変化した。

 機械から出た個体は超強化ガラスで作られた通路をレーンに乗って進み、どこかの部屋へ送られていく。


 制作過程を見たエビルの気分は最悪。おそらく、これを目にした誰もが最悪の気分になるはずだ。イストだけは見慣れているからかつまらなそうに眺めていた。


「どうだい? 約束したものは見せたわけだけど」


「何とか吐かずに済んでますよ……。もう、十分です」


「ふーむ、若干顔色が悪いな。少し客室で休んでいくといい」


「……お言葉に甘えさせてもらいます」


 倒れることはないだろうが気分の悪さはかなりのものだ。

 リンシャン達は単純に制作過程を見たのが原因だろうがエビルはそれに加えて感情酔いだ。生体兵器の制作部屋付近にいると、頭がおかしくなりそうなほどの感情の波が襲ってくる。感情酔いが原因で先程から頭が重く体も怠くなっている。


 外へ出るにしても体調が回復してからでなければ思うように動けない。

 イストの言葉に甘えて、エビル達は二十階より下の客室へと向かった。



 * * *



 生体兵器のための研究所へやって来ていたリンシャンは一人中を歩く。

 エビルが体調不良のため客室で休んでいたリンシャン達は、運ばれてきた菓子や飲み物を食っては飲み休息していた。色々とショッキングなものを見てしまったが過ぎた話。見学が終わったことで緊張の糸が切れたのか、リンシャンは尿意を催してしまい今に至る。


 複雑な道ではなかったはずだが現在リンシャンは……迷っている。

 昔からドジで抜けている部分があるので直そうとしているのだが一向に直らない。


「え?」


 迷っている途中でリンシャンはある場所を通って驚愕した。


「嘘、どうしてこんなことに……」


 牢屋だった。グレーゾーン用の超強化ガラスではなく、普通の鉄格子の牢屋。

 牢屋なので当然閉じ込められている者がおり、それは強そうな男女ばかり。

 歴戦の猛者のような雰囲気を漂わせる只者ではなさそうな者達。


「――見てしまったのか。なら、仕方ない」


 背後から聞こえてきた男の声を最後にリンシャンの意識は遠くなっていった。


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