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【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
第二部 三章 善悪の境界線
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エビルの悩み


 イストという科学者がミトリアの店を訪れた翌日。

 朝早くに町を出たエビルは近辺の魔物を相手に特訓していた。特訓といっても日課の素振りついでに戦闘していただけだ。腕が鈍らないようにするにはこういった日課が大事であり、己を高めることにも繋がる。


「精が出るな、エビル」


 魔物を十体以上倒してから町の入り口へ戻った時、凜々しい声が掛けられた。

 珍しい色で目立つ銀髪。日焼けしたような色の褐色の肌。目元にある白い線状の刺青。顔を見れば依頼などを手伝っているミトリアだと気付いた。体に密着してボディーラインを際立たせる黒スーツは扇情的で、大人の色気が出ているため目のやり場に困る。もう何日も一緒にいるとはいえ、服装に慣れるのはまだ先の話になりそうである。


「ミトリアさん……魔物駆除の依頼ですか?」


「いいや違う。お前を捜しに来たのさ」


 よく見れば彼女は改造スナイパーライフルを背負っていない。


「お前がもう研究所へ向かったんじゃないかと、リンシャンが捜していたぞ。どうやら付いて行きたい様子だった。戻ったら声を掛けてやるといい。町中捜して見つからないなら店で待ってみろと言っておいたから、今頃はもう戻っているだろう」


「そうですか、リンシャンが……」


 逃げたくないという言葉通り、魔物駆除を続けているリンシャンの心は強い。ブルーパープルやグレーゾーンの制作過程の見学に付いて行こうと言うのだから、彼女なりに苦難を乗り越えようとしているのだ。気を遣っているのもあるだろう。闇とも呼べるものをエビル一人に背負わせないために、傍に居ようとしてくれている。


「なあエビル。私の勘違いなら構わないんだが、お前は私に何か訊きたいことでもあるのか? こちらを見てくる回数が妙に多いのが気になってな。この服装もあって見られることが多いから、視線には敏感な方なんだ」


「……え、み、見てはいましたけど、やましい気持ちはないですからね!」


「ふっ、本当か? たまーにいかがわしい視線もあったと思うんだが」


「誤解ですってば! 訊きたいことがあっただけなんです!」


 仮にいかがわしい視線をエビルが向けていたとしても、情欲を向けさせるような服装をしているミトリアが悪い。体に密着するボディースーツは動きやすそうだが、男として目のやり場に困ることは多い。ただでさえ発育がいい彼女がそんな服装をしているのだ。一緒にいる間エビルは精神修行をしている気分になってくる。


「そうか、なら何が訊きたい? お前から感じた視線はガーディアン計画の内容を話す前からあった。私の故郷や依頼についてじゃないんだろう?」


「……じゃあ、少しだけ。相談みたいな形になるんですけど」


「構わない。常識の範疇なら何だっていいとも」


 実際のところエビルは初日から話すタイミングを探っていた。

 ガーディアン計画のせいで空気が最悪にならなければ、初日のうちに訊いてみたかったことがあるのだ。個人的な悩みなうえ、誰にでも相談できる内容ではない。故郷の村長であるチョウソンには相談しているのだが全く解決していない。相談に適した相手は他にもいたが時期が悪く、現状では結局ミトリアが一番適した相手なのである。


「――実は、恋について知りたいんです」


「そうか恋か。……は? コイ……とは、あの恋か?」


 予想とは違ったらしく呆けた彼女に「恋愛の方です」と告げる。


「旦那さんが失踪している今訊くべきではないと思うんですが、本当に相談していいんですか? 僕は今じゃなくても構いませんよ」


「……いや、今にしよう。丁度時間も空いている」


「ありがとうございます。じゃあ、詳しい話をしますね」


 事の発端は魔信教との決戦前、一人の女性に告白されたこと。

 レミ・アランバートという名の彼女とは友達であり、共に旅をした仲間だ。異性であることを意識したことはあっても恋心を抱いたことはない。……というより、その肝心の恋心がどういったものなのか分からないのである。愛しているのは確かだが友達としてか異性としてかの判別がつかない。


 正直な気持ちを伝えると彼女は三年待つと告げた。

 エビルが恋とはどういうものなのかを知り、答えを出すまでの期間だ。


 魔信教を壊滅させた後に一旦別れてしまったが再会は近い。

 次に会う時までには答えを出して、気持ちを伝えたいと思っていたのに未だ何の答えも出せていない。そのため内心とても焦っている。早く自分なりの答えを出して彼女を安心させたいと、最近は毎日思っているのである。


「――というわけなんです」


「友愛か恋愛か分からない、か。シンプルなようで複雑な悩みを抱えていたようだな。……それにしても話に出た女性、告白の答えを三年も待てるくらいにお前を愛しているのだな。初々しいし一途でいい女性じゃないか」


「はい、僕にはもったいないくらいですよ。彼女、レミは大切な人なんです。中途半端な気持ちで答えを出したくないし、傷付けたくない。そのために僕は、他の人の恋愛を知りたい」


 もし今も以前の仲間と旅をしていたら、セイムとサトリの恋愛模様を見て答えを出せていたかもしれない。旅の間に好きになり、告白して、恋人同士になった二人だ。色々と共通点が多いので参考になる気がしている。


 偶然の再会を望んでいるが可能性は低いだろう。世界は広い。二人も今は旅をしているはずだが、国どころか大陸すら違う場所かもしれない。


「そこで結婚している私というわけか」


「はい。できれば旦那さんとの出会いとか、結婚の経緯を聞きたいんですけど」


「……構わないとも。思い出は自分だけのものじゃない、自分だけで抱え込んでいても風化してしまう時がある。それを防ぐためにも誰かと共有するのはいいことだ。ナナクのことを誰かに知ってもらいたい気持ちもある。話そうじゃないか」


 遙か南にあるミナライフ大陸に存在する集落。そこがミトリアの故郷。

 凝り固まった伝統と掟に支配された場所、バトオナ族の集落。


 集落では女尊男卑の思想が当たり前。弱ければ弱いほど酷い扱いとなる。そんな場所で育った彼女は女こそ至高と信じて疑わなかった。男など子を作るために必要な素材のようなものだと本気で思っていた。……ある一人の男に会うまでは。


 ある日、ミトリアは狩りをしている最中に大怪我を負った。おまけに体が麻痺して動かず、自分で手当てすることも集落へ帰ることも出来ない。とある怪物のせいで麻痺した体は数日治らないと有名だ。このまま動けずに怪物達の餌となる運命を悟った時、ミトリアはナナクという男に出会う。


 ギルドのAランクに所属していた彼がミナライフ大陸にやって来た目的は生態調査。国がなく、人間もいないと言われているミナライフ大陸には、たまにギルドや国から派遣調査員がやって来る。そんな派遣調査員である彼は、ミトリアを治療して命を救ってくれた。


 ミトリアにとっては、というよりバトオナ族にとっては男に助けられるなど屈辱。男に救われるくらいなら死んだ方がマシだと思い、強く罵倒したにもかかわらず彼は気にした様子を見せない。ただ無言で傷口の治療を続けたのである。


 体の麻痺が治るまでの数日間、彼は傍で怪物から守ってくれた。

 食料確保も、体の洗浄も、その他様々なことを全てやってくれた。

 数日間を共に過ごすと次第に打ち解けていき、優しさに心が惹かれていく。


 その数日がきっかけで彼に惚れたミトリアは故郷を飛び出して、彼と一緒に過ごし、やがて恋仲となった。今では結婚してテミス帝国で暮らしている。


「まあ、当時は私も愛だの恋だの知らなかった。ナナクと一緒にいると胸が温かくなり、嬉しさが込み上げるのをもっと感じたかっただけだからな。その感覚が恋愛だと知ったのは随分後だったのさ。……どうだ、参考になったか?」


「……うーん、正直なところあんまり」


 恋愛がどういったものなのかの答えは霧に隠されたまま。ピンとくる感じはなく、霧が晴れることはない。ただミトリアがナナクに対して、非常に強い好意を向けていることだけは感じた。


「だろうな。恋愛話とはいえ所詮は他人の話。自分の心に芯を持つお前への影響は微々たるものだ。結局、お前の答えはお前自身が見つけなければならない。その答えへの近道はない、どれだけ時間がかかってもお前自身が導き出す必要がある」


「僕自身で、か。……そうですね。でもミトリアさんの話を聞けてよかったです。相談に乗ってくれてありがとうございました。これからも、答えを僕なりに考えてみます」


「ああ、応援くらいはさせてもらおう。頑張れ若者」


 恋の理解者なる道のりはまだ遠い。

 一先ずエビルはミトリアと共に店へ戻ることにした。


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