怒りの炎と応援の風
両拳に炎を纏ったレミを見てイレイザーの表情が変化する。
つまらなそうなものから、粘つくような笑みを浮かべた楽しそうなものへ。
「オイオイ、まさかそれは……テメエまさかよオ! 火の秘術使いってやつなんじゃあねえのオ!? 世界に四人しかいねえ希少な存在に出会えるなんてラッキーだなア!」
「黙んなさいよ。まだこの力のこと好きにはなれないけど、アンタはこの力で火葬してあげるわ。見れたことはラッキーじゃなくてアンラッキーだったわね」
レミは走る。心を怒りで燃やし、全てをぶつけるため一直線に走る。
走りながら燃える拳を構えイレイザー目掛けて放つ。対するイレイザーも光線銃を持っていない手で対応する。二人の拳がぶつかり合い――すぐにイレイザーが横に飛び退いた。
「あちいっ! あちあちあちあちあちちちちちっ!」
「逃がさない……!」
横に逸れたイレイザーを追いかけ、レミは連続で拳を繰り出す。
燃えている拳に触れようものなら火傷まったなしだ。一向に弱まる気配のない炎を警戒してイレイザーは全ての攻撃を回避していく。
「テメエっ、なアんで手が燃えてんのに熱くねえんだア!? 秘術使いってのは火とか触っても熱くねえタイプの人間かア!?」
「さあね。他は知らないけどアタシは熱さすら感じないわ」
「このビックリ人間め! だが火を触らなきゃ問題ねえぜエ!」
回避に全力を注いでいたイレイザーが突如攻撃に移り、レミの腹部に拳をめり込ませる。ずしっと重い感触にレミは呻き声を上げて俯く。
「クヒャッヒャー! この俺にかかれば秘術なんて怖くもなんともねえなア!」
イレイザーが「そうらもう一発」と、光線銃を握っている手を振りかぶる。すっかり光線銃を使うことを忘れているがそれはレミにとってありがたい状況だ。
ニッとレミが笑みを浮かべると、足元から吹き荒れる炎が火柱となってレミを包み込んだ。左腕を腹部にめり込ませたままのイレイザーも必然的に巻き込まれる。
「ぐうおっ!? あちちちちちちちっクソがああア!」
下げようとした左腕をレミが掴む。左腕だけだろうと燃えている相手を決して逃がさないために、少しでもダメージを与えるために強く掴む。
イレイザーは左手を引っ張るが両手で押さえているため動きはしない。このまま左腕ごと焼き尽くしてやろうと考えていたレミだが――突如、激しい眩暈に襲われた。
(なっ、なに……これっ……)
視界と脳が揺れる。力が抜ける。
隙を逃さずイレイザーは振り払って後方に跳んだ。ローブは左腕部分が焼失しており、左腕は大火傷を負っている。かなりの重傷を負ったイレイザーは細かった目を限界まで見開き、凶悪な笑みを浮かべていた。
「クヒッ、クヒヒッ! イイねえ……実にいいいぃイイぃ! 三下の分際で随分と派手にやってくれやがったなア! 恐怖の表情を意地でも見たくなったぞオオオ!」
(どうなってんのよ……頭痛い、治らない……)
レミは片膝をついてしまい、激しい頭痛に顔を歪めている。
原因に心当たりはない。攻撃を受けたわけでもないのに痛む現状を疑問に思う。
一方イレイザーは右手に持つ光線銃の存在をようやく思い出し、見せつけるようにレミへと突き出す。L字型の奇妙な道具に見覚えがないレミでも嫌な予感が全身を駆け巡る。
「なあこれ光線銃っつーんだけどさア。これから放たれるエネルギー光線はマジですっげえんだぜエ。人体だろうが鉄だろうが何でも貫いちまうんだからよオ。分かるか、俺の言っている意味が分かるかア? これからテメエの体に風穴ぼこぼこ空けてやるって言ってるんだぜエ!」
言い放たれたことを想像してレミは背筋が凍る。
一応眩暈が続いていないとはいえ頭痛が酷いのは変わらない。万全の状態でも対処出来るか怪しい武器を、今の状態では回避することも厳しい。
(ああもう……結局、使ってもダメだったかあ……)
あれほど毛嫌いしていた秘術に頼っても左腕を使えなくさせた程度。所詮自分などこの程度だったのかとレミは貧弱さを、もっと鍛えておかなかったことを悔やむ。
躊躇なくイレイザーが光線銃を放ち、レミの体を蜂の巣にする――かに思われた。光線が到達する前にレミは誰かに抱えられて移動させられたのだ。
「ふうぅ、間に合った……」
後ろから抱えられたので顔は見えないが聞き覚えのある声だった。レミはまさかと思い視線を上に向けると、初めての友達である少年の顔が見える。
白いマフラーをしている白髪の少年はホッとしたような表情をしていた。
「エビル……」
「レミ、後は僕に任せてくれ」
エビルはレミを優しく石床に寝かせると初めて敵を見る。目が細く、凶悪なものから粘つくような笑みに戻ったイレイザーを睨みつけた。
* * *
王城一階入口前。
石床に倒れているヤコン、ドラン、タイタン含めた数十人の兵士達。胸に風穴が空いているデュポン。そして酷いダメージを負って横になっているレミ。その全員を倒してみせたのが一人の男。黒ローブを着用し、緋色の髪をした細目の男だ。
レミがL字型の奇妙な道具から放出された光線に貫かれようとしている時、なんとか駆けて間に合ったエビルは襲撃者であるその男、イレイザーを睨みつける。
『ククッ、おいおいお前、こいつが来るとは運がないにも程があるなあ』
『どういう意味だ。もしかしてお前はあの男のことを知っているのか?』
シャドウの呟きにエビルは反応する。
『ああもちろん、一応は同じ魔信教に所属しているからな。イレイザーっていう雑魚だ。……がそれだけじゃ俺が覚える理由はねえ。奴を覚えているのは俺と同じ四罪の一人だからさ』
エビルは心の中で目前のイレイザーが四罪であることに驚愕する。
四罪といえばシャドウが属する魔信教幹部の名称。つまりシャドウに匹敵するくらいの実力者が目前にいるということで、それならば一階の惨状も納得がいく状況だ。
『おいおいあんなのと俺を一緒にすんなよ。四罪つってもピンキリなんだ。奴は最弱の雑魚、俺は奴より圧倒的に強い。覆せねえ差ってもんがあるんだよ。……まあ、今のお前が勝てない相手なのは確かだけどな』
シャドウが言うのなら本当なのだろう。そう思えるほどにエビルは彼の言葉を信じている。
本人を信頼しているわけではなく言葉だけを信じている。嘘は吐かない男だとエビルの直感が言っているのだ。
「なあ、テメエ誰だア? 次から次へとやって来やがってよオ、いい加減飽きてきたぜテメエらの駆除作業はア」
黙視していたイレイザーが口を開く。
敵が話したことでエビルは意識をイレイザーに向ける。
「僕の名前はエビル・アグレム。君は魔信教でいいのかな」
「勘がいい野郎だなテメエ。そうとも、俺の名はイレイザー。魔信教の幹部、四罪を担当させてもらってる男だ。冥途の土産に覚えておきなア」
イレイザーが光線銃の発射トリガーを指で押す。
直感的にエビルは見たことのないL字型の奇妙な道具が危険な代物だと感じた。元から警戒していたおかげか、射出された光線による被害を白髪に掠る程度に抑えられた。
「光線銃を避けただとオ? ははっ、テメエ面白いなア。ぶっ殺していいかア?」
「よくないね、それは……」
現状、エビルはイレイザーに勝ち目がない。シャドウが告げていた実力差以前の問題で、今は真剣どころか木刀すら所持していないのだ。武器がない以上エビル本来の実力は出せないといっていい。落ちている真剣を拾おうにも、拾おうとした瞬間が隙となり光線銃で撃たれるだろう。かといって徒手空拳で挑んだところで無手が主力でないため敗北は免れない。
どうしようもないので素手で特攻しようかと足に力を入れたその時、状況を的確に理解しているシャドウがエビルに語りかける。
『ククッ、剣なら貸してやろうか?』
『……どういう風の吹き回しだ。お前の仲間が窮地に追いやる提案をするなんて、仲間がどうなってもいいのか』
『俺に仲間なんざ一人もいねえっての。そんなことより、今お前に死なれると困るんだよ。俺とお前は今深く繋がっているから死も直結だ。影から出てもいいが傷はあんま治ってねえ』
睨み合いが続いてイレイザーも動かない。この隙にエビルは会話を進める。
『……一つ、勘違いしてほしくないんだけど。僕はお前のことが嫌いだ。はっきり言ってあまり協力というのもしたくない。それでもこんな事態でなりふり構っていられないのも事実。……剣、貸してくれ』
『俺は最初からお前が嫌いだ、そこだけは気が合うじゃねえか。剣なら一本貸してやるよ。ただし俺の剣は特殊で、お前の手から離れるとすぐ崩れ去っちまう。それには注意してありがたく使えよ』
頷いたエビルの右手に目掛け、影から黒剣が飛んでいく。右手に柄がぴったりと収まるのを感じて握りしめる。
黒剣を手に取ったエビルはその瞬間に駆け出した。




