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【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
第二部 三章 善悪の境界線
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科学の国の闇


 真実を告げてみると二人は意味を理解するまでの数秒固まってしまう。


「ま、待て、待て待て待て! エビル、君は何を言い出す!」


「元人間って……本当なのですか?」


 魔物が元人間。こんなことを言われて驚く気持ちはエビルも分かる。実際にこの考えが生まれた時、顔が青褪めるほどに気分が悪くなったのだから。間違いであってほしいが可能性はゼロに近い。事情を知ったうえで駆除依頼を受けているミトリアが否定しない時点で、正解と言われたようなものだ。


「……うそ……私が、人を、殺した?」


 リンシャンが膝から崩れ落ちる。

 今まで自分の力で人を助けてきた彼女にとって、殺人は精神的な傷を作るはずだ。エビルも初めて人を殺した時はとても苦しんだ。


「説明はしてもらえるんだろうな。ミトリア、あなたは全て知っていたのか」


「知っていたさ。ブルーパープルとグレーゾーン、この二体はテミス帝国で作られた兵器の失敗作だ。新兵器作成プロジェクトの名は、ガーディアン計画」


 ガーディアン計画についてミトリアが語る。

 魔物の脅威から人類を守るべく、人類の守護者となる存在を作り出す計画。人間と魔物の体を融合させることにより、高い知能と身体能力を併せ持つ生体兵器を生み出せる。


 材料の人間は人道的に死体を利用。

 魔物は周囲で発生するものを捕獲。

 未だ成功作と呼べるものは生み出せず、危険な失敗作は野に放つ。それを処理するのがミトリアに任せられた仕事だ。このことはギルドマスターにすら知らされていない。国家機密と言ってもいい。


「……つまり、我々は帝国の尻拭いをやらされているというわけか。納得いかないな。そんなものは帝国の兵士達がやればいいのではないのか」


「帝国には戦える人間がいない。この改造スナイパーライフルのように、強力な武器をいくら所持していても宝の持ち腐れ。奴等は戦いに恐れるばかりで戦おうとしない。魔物の嫌う薬品をばら撒くことで国を守っているらしい」


 戦える人間がいないという情報にエビルは戦慄する。

 今までどんな国にも、小規模な村でさえも兵士のような戦士がいた。魔物に襲われる可能性がある以上、そういう人材は必須なのだ。


「……じゃあ、仮に薬品の効果がない魔物が出たら」


「生体兵器の失敗作が正にそれさ。奴等は人間が混ざっているため薬品の効果が半減する。この周辺では唯一、国を襲える存在というわけだ」


「自分達の首を締めているだけではないか。成功作が作れないのなら諦めればいいものを」


 薬品で対処出来ない敵が居た場合、テミス帝国はただの無防備な国になるだけである。強力な武器があるのなら戦える人間も育成した方がいい。


「……生体兵器が作られている場所はどこか分かりますか」


 エビルは静かにミトリアへ問いかける。


「知ってどうするつもりだ」


「決まっているでしょう。その場師を潰します」


 テロリストのような発想だが一番の近道である。

 死体とはいえ兵器の材料にするなど死者への冒涜。やっていることは悪魔王の悪魔改造とほぼ同じ。人道的に許されてはいけない。被害者がこれ以上出る前に対処するには襲撃するしかない。


「憤る気持ちは分かるが落ち着け。使われているのは死体だし、一応は人類のための計画だ。それに生きた人間は材料にしていない」


「死体だから材料にしていいわけではないだろう」


「そうです、そうですよ! 人間を使って兵器を作るなんて、悍ましい計画じゃないですか!」


「だが成功した時の利益は大きい。お前達が本当に襲撃するというのなら、生きた人間を材料にしてからでいいだろう。その時なら私も手伝うさ。科学の発展に犠牲を払うのはよくあるが、テミス帝国の者達はやりすぎている。そこだけは私も理解している」


 確かに利益は大きい。ガーディアン計画が成功したら、もう人類は魔物に怯えずに暮らせる。生体兵器が魔物を駆除してくれれば、力のない人でも自由に旅行できる。国に仕える兵士達も仕事が楽になるだろう。


「……分かりました。しばらくは様子を見ます」


「そうか。……一応言っておくが、今話したのは国家機密だ。本当は私も知らされていなくてな。旦那、ナナクの行方を追っているうちに偶然知ったことだ。他言無用で頼むぞ」


 ガーディアン計画を受け入れたわけではないが、今すぐ襲撃しようという気持ちは削がれた。よりよい未来のために必要だというのなら我慢しようと思えた。……生者を傷付けないなら、いくらでもエビルは怒りを呑み込む。



 * 



 駆除対象の真相を知ってから城下町へ戻ったエビル達。

 宿屋に泊まろうとしたエビル達に対して、ミトリアは自宅に宿泊することを提案。所持金の心配もあるためありがたく提案を受けた。


 夜になってからはミトリアの飲食店が開く。

 泊めてくれる恩を返すため、エビル達は店を手伝う。

 初めての経験なので新鮮な気分であった。客が多くないとはいえ、飲食店では色々とやることが多い。素人でも手伝える範囲で手伝って、少しでもミトリアの負担を減らした。


 日付が変わる時間には店が閉まり、就寝時間となる。

 部屋は来客宿泊用が一部屋しかないため全員同室だ。


「それにしても私、飲食店の店員なんて初めてやりましたー。いらっしゃいませーって一度言ってみたかったんですよねえ」


 部屋に着くなりリンシャンが笑顔で告げる。


「リンシャンはよくやれていたな。それに比べて私は……」


「ロイズは注意されちゃったもんね。表情も言動も何もかもが固いって」


「逆にエビル様は褒められていましたね。細かいところまで気を利かせてくれて助かるって。……でも、利きすぎて少し怖いとも言われていましたけど」


 風の秘術をフル活用したことにより、エビルは圧倒的な実力を見せつけた。客が注文する直前に赴き、作られた料理を颯爽と届け、温風と冷風を出せたので客の過ごしやすい空間を作り出す。さらに風を操って換気までこなした。


「私、もしかして接客業に向いているんでしょうか」


 絶えない笑顔で接客出来ていたリンシャンは、確かに接客業に適性があるだろう。しかし、今日の彼女の笑顔は無理に作られている。


 ブルーパープルとグレーゾーンの正体を知り、一番ショックを受けていたのは彼女だ。彼女の心はエビルと違って整理がついていない。


「二人共、明日はどうする?」


「どうとは?」


「――依頼だよ。テミス帝国からの」


 この確認だけは絶対にしておかなければならない。

 依頼対象の正体を知る前と知ってからでは考えも変わる。


「どうするって……エビル、君はまだ協力する気でいるのか? 正直、私はもう戦う気になれないな。ミトリアに故郷の場所だけ聞いて、山の秘術使い捜索を続けた方がいい」


「そうですよエビル様。私、もう……嫌です。人間が混ざっている魔物を殺すなんて……。エビル様は平気なんですか?」


 やはりというべきか、二人共やる気が失せていた。

 仕方がないといえば仕方がない。魔物の要素が強いとはいえ、人間も混じっている存在を放置して何事もないならエビルだって殺したくないのだ。しかし、このまま見て見ぬフリをしても何も変わらない。


「僕はミトリアさんを手伝う。このままじゃ、きっと彼女が倒れてしまう。それにブルーパープルやグレーゾーンのせいで誰かに被害が出るかもしれない。放ってはおけないよ」


「それはそうですが……」


「戦うのが嫌なら店を手伝うだけでもいい。それも嫌なら失踪したミトリアさんの夫、ナナクさんの情報を集めるだけでもいい。お願いだ、しばらくこの国に滞在してくれないかな」


 テミス帝国が魔物を退ける薬品をブルーパープル達は無視出来る。一度町の中に入ってしまえば大パニック、誰かが殺される事態に陥るだろう。


 正直なところ、テミス帝国を助けるのに消極的な部分もある。

 今回の一件は自業自得としか言いようがない。ただ、今持っている情報から考えると、帝国は悪意を持って依頼対象を生み出してはいない。善悪の境界線を定めるのは非常に難しいが、帝国自体はまだ悪になっていないはずである。


「……仕方ないな。確かに国の人間に被害が出るのはマズいし、ミトリア一人では限界も近い。私もあの魔物達と戦おう」


「私も……あの、私も戦います! 嫌な気持ちも強いけど、実際にどうした方がいいのかは分かっているんです。このまま戦わない選択をしたら、きっと逃げたことになってしまいますから。……きっと、これからも逃げ続けてしまいますから」


「二人共、ありがとう。大変だけどまた明日から頑張ろう」


 善悪を定めるのはいつの世も個人。

 エビルの物差しで帝国が悪に墜ちない限り救いの手は差し伸ばす。

 ……勇者として、そうあろうと決めたから。


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