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【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
第二部 三章 善悪の境界線
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グレーゾーン


 案内を承諾してくれたことで山の秘術使い捜索の目処はついた。

 後はテミス帝国からの魔物駆除依頼を終わらせてミトリアの故郷へ向かうだけだ。俄然やる気になったエビル達は駆除指定された魔物の二体目、グレーゾーンを見つけて武器を取り出す。


 今回もリンシャンに遠距離から攻撃して気付いてもらおうとしたが、グレーゾーンはその前にエビル達に気付いた。左右大きさの違う腕を大きく振って走って来る。


「気付かれました!」

「ブルーパープルより遥かに速いな。ミトリアさんは下がってください」


 まだ距離が離れていることもあって余裕がある。その隙にミトリアには下がってもらい、エビルとロイズが前に出る。

 両腕で殴りかかってきたのを真っ向から〈暴風剣(テンペストブレイド)〉で迎え撃つ。腕を切断するつもりで放った一撃は、半分ほど食い込んで止まってしまった。攻撃力も耐久力も機械竜以上。グレーゾーンが強いと言われる理由が分かった気がした。


 ロイズはといえば機械竜以上のパワーに拮抗している。

 彼女の強みは技術よりも腕力。グレーゾーンの腕に槍の先端が僅かに食い込んでいる。ただ、それだけだ。このまま力比べをしたところで彼女は確実に勝てない。状況を打開するためにエビルはリンシャンの名を叫ぶ。


「――〈樹縛(じゅばく)〉!」


 荒野に細い木が二本生えて、グレーゾーンの両脚を締めつける。

 喉なら窒息死させられる程度には強い締めつけだが効いている気配がない。それはリンシャンも理解したようで、今度は両脚を後ろへと引っ張って転倒させた。力の行き先を失ったロイズは少しよろけたが、エビルは何をするのか感じ取ったので直前で力を抜いていた。


 グレーゾーンが体勢を崩した今が絶好の好機。

 エビルが風を纏った剣で斬りかかり、グレーゾーンは両腕で起き上がって後方へ跳ぶ。頭を狙った攻撃は首を捻られたことで首元に掠るだけに止まる。非常に冷静な判断を魔物が取ったことにエビルは驚きを隠せない。


 後方へ跳ぶグレーゾーンだが当然〈樹縛〉により動きが止められる。しかし速やかに手刀で木を切断して自由になった。先程もそうだったが戦闘方法や技術、知能が人間並みに高い。


 人間並みといえば感情もそうだ。

 まるで生きた人間のように、いやそれ以上に感情が動いている。

 強い悲しみと怒り、絶望と希望。ころころ変わる感情にエビルは気分が悪くなってきた。以前負の感情を感じすぎた時と同じ、感情酔いだ。酷い頭痛が原因で頭を押さえる。


 エビル達の動きが止まった時――グレーゾーンの細長い右腕が伸びた。

 腕が伸びるとは思わなかったエビル達は誰も対処出来ない。感情酔いしていなければ察知出来たかもしれないが、後からなら何とでも言える。重要なのは今だ。


 グレーゾーンの右手が向かう先にいるのはロイズ。

 咄嗟に槍を突き出した彼女だが逆に槍が捕まれる。そして伸びた右腕が真上へと振られて、彼女は空中へと投げ出される。


「ロイズ!」

「私のことなら心配するな! 敵の動きに集中しろ!」


 かなり高所まで投げられたので無事に済むとは思えない。心配な気持ちは変わらないが彼女の言うことはもっともだ。戦闘中に敵から目を離すのは愚行なので当然視界に入れている。


 グレーゾーンが走り出して、次に狙おうとしたのはエビルの後方にいるリンシャンであった。人間並みの知能を持っているなら、遠距離攻撃をしてくる相手が厄介だと思ってもおかしくない。


 悲鳴を上げたリンシャンを庇うためにエビルが彼女の傍に移動。

 左の剛腕で放たれたパンチを〈暴風剣〉で受け止めたものの、体勢が悪いせいで力負けしてしまう。後方へ吹き飛んだせいで彼女を巻き込んで地面を転がる。すぐに立ち上がったエビルは、グレーゾーンの追撃を剣で防ぐ。


「リンシャン、秘術で援護を!」


「はい、全力でいきます!」


 リンシャンの額にある林の紋章が濃緑色の輝きを放つ。

 祈る彼女の秘術が発動して、グレーゾーンの股下から大木が生える。為す術なく空へ打ち上げられた敵を仕留めるため、剣の周囲を高速回転する風を剣先に集中させた。


 剣身全体の淡い緑光が剣先へ集まったことで強い緑光を放つ。

 そして、落下して来たところに頭部目掛けて刺突。両腕でガードしようとしたグレーゾーンだがこの大技〈風纏刺突(ふうてんしとつ)〉は防げない。両腕もろとも頭部を貫かれたグレーゾーンは、体を黒い塵へと変化させて散っていく。


 ようやく撃破出来たことに安心してエビルは「ふぅ」とため息を零す。


「……倒したか」


 ロイズが不自然な歩き方をして寄って来た。

 彼女は高所から落下したはずなのでダメージが酷いはずだ。表情には出していないが心が痛みを訴えているのを感じる。


「ロイズ大丈夫? 足、痛いんでしょ」


「着地の際、骨にヒビでも入ったかもしれない」


「大変です! ロイズ様、今すぐ治します!」


 戦闘が終了したことで全員に余裕が出て空気が軽くなった。リンシャンの秘術を応用した治癒術でロイズの傷を癒やして、骨の亀裂も治ったようで完全復活。結果を見れば勝利だが紙一重感は拭えない。

 全て最初から見てくれていたミトリアが近付いて来て笑みを浮かべる。


「ヒヤッとした場面もあったがよく戦ったな」


「はい。ミトリア様の言った通り、グレーゾーンは強かったですね」


「ああ、ブルーパープルより随分手強い相手だった。あんな魔物をずっと駆除し続けているのか、それも店を経営しながら。素直に尊敬するよ」


 確かに強敵だったとエビルも思う。

 ただ、気になることが一つだけある。

 あれほどの感情の強さと存在の異質さ。

 やはり駆除対象の二体が普通の魔物とは思えないのだ。


「……あの、ミトリアさん」


「む、どうした? 顔色が悪いようだが」


「本当です! 大丈夫ですかエビル様、すぐ癒やします!」


 手を取って祈り出したリンシャンに「いや、大丈夫だよ」と告げる。

 心配されるほどに顔色が悪いらしいがエビル本人には分からない。ただ、考えていることが真実だとすれば、思い違いでないとすればもっと気分が悪くなるだろう。それだけは確かだ。

 リンシャンが手を放してからエビルは真剣な表情で問う。


「――ブルーパープルとグレーゾーン。この二体は……本当に魔物なんですか? 殺して黒い塵になるのは魔物と同じですけど、僕には存在がどこか違うように感じられます。もし、僕が想像している通りならテミス帝国は許せない!」


 声を荒げたことに対して仲間二人の驚愕と困惑を感じ取る。

 肝心のミトリアは多少驚いただけで、目を見開いたものの困惑はない。

 唐突に魔物が魔物じゃないのではと言われれば、二人のように不思議に思うのが当然。そう思わないということは知っている証。ミトリアは目を閉じてため息を吐くと「侮れないな」と零す。


「おおよそお前の想像通りだと言っておこう。そっちの二人は気付いていないみたいだから私は明言しない。伝えるかどうかはお前に任せよう」


「どういうことだエビル。私達に隠し事か?」


「話が見えてこないのですが……」


 仲間二人に話すか話さないかエビルは迷う。

 真実を知った時、きっと二人には後悔や罪悪感が生まれる。この世界には知らない方が幸せに過ごせることもある。……しかし、これから依頼を続けていくうえで向き合わなければいけない問題だ。葛藤の末、エビルは話すと決めた。知ってから依頼を続けるのか止めるのか、選択は彼女達に任せようと思う。


「ブルーパープルとグレーゾーン。テミス帝国が駆除を依頼しているこの魔物二体は――元人間だよ。それもグレーゾーンの方は意識が微かに残っている」


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