科学の国テミス帝国
ミトリアの案内でテミス帝国へやって来たエビル達。
三十メートルはある高層の建物が多く、どこが城かも不明。
空中には多数の絵が浮いているという夢の国のような場所。
どこもかしこも見慣れないものばかりで新鮮な国にエビル達の目は輝いていた。
「す、凄いです! あの空中にある絵は何ですか!?」
興奮状態のリンシャンが空中の絵を指してミトリアに問いかける。
「あれはホログラムだな。どういった建物なのか分かりやすくするために映像を用いているんだ。珍しがるのも分かるよ、私が初めてここへ来た時もお前と同じ反応をしたしな」
エビル達は「ホログラム?」と首を傾げる。
「あー分からないのか。まあ今使用しているのは世界でテミス帝国だけだろうし、不思議ではないな。簡単に言うと光を使用して立体映像を映し出しているんだ。言っておくが触ろうと思っても触れないぞ」
「ほえー、凄いですねえ」
「うん。ここへ来るまで想像も出来なかったよね」
「エビル、リンシャン、そう驚いていると目立つぞ」
映像として映し出されているものごとに意味がある。
骨付き肉は肉屋。魚は魚屋。衣服は服屋。スプーンとフォークがクロスしているのは料理店。犬や猫はペットショップ。王冠は帝国の皇帝が住まう場所。説明されればそれなりに分かりやすく、なるほどと納得出来た。
「なっ、あの腕は何だ! 人間の腕ではないぞ!?」
驚きの声を上げたロイズが見ているのは金属の左腕を持った通行人。
金属の腕といえばエビルは以前見たことがある。腕を失ったはずのイレイザーが付けられていた義手と呼ばれるものだ。初めて見た時はロイズ程ではないが驚いた。
「義手だな。腕や脚などを生まれつき持たない者や失った者に付ける、機械の体だ。生活を補助してくれるいい発明だよ。危険はないから安心していい」
「そうか、一瞬魔物かと疑ってしまった。……ってあれは何だ!?」
「ロイズが一番目立ってない? ……って凄いな、空を何かが飛んでる」
空中のホログラム映像より高い場所で、四輪の物体がいくつも飛行している。それを見てエビルはミトリアが乗っていた物体に似ていると思えた。形は全く違うのに似た部分がある。
「ミトリアさんも似たようなものに乗っていましたよね」
「車というものでな、移動に便利だから最近購入したものだ。私が乗っているのはバイシクル。空を飛んでいるのはフライカー。あれを買えるのは富裕層の人間だけだ、一介のギルドメンバーが買える代物じゃない」
飛行する乗り物なんて技術革新どころの話ではない。ドラゴンに乗って飛行したことがあるエビルなら分かるが、空の移動は障害物がないし非常に楽である。険しい山脈だって空を飛べばすぐに越えられる。
バイシクルは飛べないらしいがそれでも素晴らしい乗り物だ。徒歩と違って疲労はないし速度も速い。エビルならともかく、日々体を鍛えている兵士などが走っても絶対に追いつけない。
「ミトリア様、フライカーはおいくらなのですか?」
「……リンシャン、我々は金に余裕などないぞ」
「訊くだけならタダじゃないですか」
「一台約二億カシェ。ちなみにバイシクルは約百万カシェ」
「うわあ、確かに私達では買えませんね」
二億カシェなんてとんでもない値段だ。職種にもよるが労働者の平均的な年収は二億にも到達しない。アスライフ大陸を旅していた時は村人から頼まれた魔物処理を行って収入を得ていたが、一度で精々数千カシェである。いったい二億貯めるのに何十年掛かるのか想像もしたくない。エビル達ではバイシクルすら買うのは難しい。
ミトリアに訊いたところ、バイシクル購入まで二年掛かったという。
彼女はギルドのAランク所属であり、依頼報酬もそれなりに高額。最低ランクのDでも生活に困らない程度の年収らしいので相当だ。Sランクまで行くと、十年働いただけで一生遊んで暮らせる金額が手に入ると噂になっている。悪魔王や七魔将との戦いが終われば、ギルドへ正式加入してもいいなとエビルは思った。
「――着いた。この中で話をしよう」
彼女がそう告げて入ったのは一軒の料理店。
入口の傍にはコック帽子を被った可愛らしいペンギンが、ホログラムで映し出されている。空中にもそのペンギンがおりスプーンとフォークを持っている。
中へ入る前にリンシャンが「可愛いペンギン……」と呟き、ホログラム映像に手を伸ばしたがすり抜けてしまう。エビルも試してみたが、見えているのに触れないのは奇妙な感覚である。思わずリンシャンと共に何度も触ろうとしたがやはり一度も触れない。ロイズに「早く入れ」と文句を言われたのでエビル達は扉を開けた。
料理店へ入ると中に誰もおらず静寂に包まれていた。
ミトリアが座っていた席に腰掛けて、エビル達も話をする態勢を整える。
「あの、ここの店員は出掛けているんですか? 誰もいませんけど」
「今帰って来たさ。ここは私の自宅兼料理店。店は夜しか経営していないがね」
「ギルドのお仕事に加えてお店の経営まで! 凄いですねミトリア様!」
「そんな凄いことでもないぞ。客足も少ないし、ギルドの仕事で得た報酬がないと経営出来ない不人気店だ。以前は満席になるくらい客が来ていたんだがな」
ギルドの仕事で得た収入をつぎ込んでまで維持する料理店。生半可な気持ちではそこまで出来ないし、ミトリアがこの店に抱く熱が凄まじいことが分かる。彼女の情熱にエビル達は感服した。
「さ、それよりも依頼の話だ。お前達がやるべきことは……何もない。観光でもして帰るといい」
「何? 応援を求めてきたのはそちらだろう」
ロイズの言う通り、エビル達はミトリアから増援を頼まれて遥々テミス帝国までやって来た。正確にはギルドマスターミヤマからの情報だが、当人が帰れと言うのは不自然極まりない。帰れと言われても、エビル達は納得出来る理由を聞かなければ素直に帰れない。
「私も後から聞いた話だったんだ。魔物駆除が以前より遅れていると、国王が勝手に増援を頼んだらしい。町に被害を出さず駆除し続けているというのに迷惑な話さ。……というわけで増援は必要ない。お前達は帰っていいぞ」
「……でも、駆除が遅れているんですよね? 何か理由があるんですか?」
何の理由もなく遅れているならそれこそ問題だが、理由があっても結局問題だ。
彼女のスナイパーライフルという武器なら大抵の魔物を迅速に処理出来る。それでも遅れるとなれば魔物の数が増えた可能性が高い。
「もちろんだ。少し前から駆除対象が追加されてな、二種類の魔物を駆除しなければいけなくなった。それに加えて相方は行方不明。駆除はギリギリ間に合っているから問題はない」
「相方? もしかして二人で依頼を受けていたんですか?」
「ああ……ナナクという男でな、私の旦那だ。私達は夫婦揃ってギルドのAランク所属さ。この店も依頼も、私達はいつも二人で協力してきた。ある日を境に忽然と姿を消してしまったが……ナナクが居ない分は私が二倍動いてカバーする」
「だからか。ミトリアさん、あなたは酷く疲れていますよね。店の経営に魔物駆除、行方不明の旦那さんの捜索もやっているでしょうし疲れて当たり前。このままいけば近い内に倒れてしまうはずだ。僕達ならどれでも手伝えますし手伝わせてください」
実は最初に会った時からエビルは彼女の強い疲労を感じ取っていた。
そういうこともあると思い何も聞かなかったが、事情を知ってしまえば話は別である。元よりテミス帝国には彼女の手伝いのために来ているのだ。何もせず帰るのは勇者としてありえない。ロイズやリンシャンも頷いて賛同しているので心は一つ。ただ彼女の力になりたいと強く思っている。
「……引かないか。これじゃあ平行線だし、好きにするといい」




