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【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
第二部 三章 善悪の境界線
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入手、キャラベル船


 ギルドマスターのミヤマが船をプレゼントすると宣言してから二日。

 エビル達がギルド本部付近にある港へと向かうと、三人で乗るには勿体ないくらいの立派な船が海に浮かんでいた。三本のマストがある帆船、俗に言うキャラベル。立派な船を目にしたエビル達は「おお……!」と驚きの声を零す。


「凄くいい船じゃないですか! 本当に貰っていいんですか!?」


「いいのいいの。実は余り物でね、誰も使っていないにゃん」


「余り物……おそらく、あれが原因なのではないか?」


 ロイズが指さす方向は船頭(せんとう)

 キャラベル船の船頭には巨大な猫の顔の装飾が、船尾の方には尻尾の装飾が付いている。なんとも可愛らしいというかミヤマらしさ全開の装飾だ。ギルドメンバーに使われない原因をエビルは理解出来た気がした。あの船でやって来るギルドメンバーなど威厳がないし頼りなく見えてしまう。


「あーあれね。可愛いでしょー、私の趣味なんだけど」


 ミヤマの言葉にリンシャンが「はい!」と目を輝かせて元気よく答える。


「とても可愛いです! あの猫さん、見ていると和みますね!」


「……可愛らしいとは思いますが。他に余っている船はないのですか?」


「うーん、後は小舟ばっかりだし安全保障は出来ないにゃん。君達を海難事故に遭わせるわけにはいかないから、定期船で行ってもらうしかなくなるにゃん。早いところ応援に向かってほしいんだけどなあ」


 不満そうなロイズにそう返すミヤマ。

 次にテミス帝国行きの定期船が来るのは二十八日後と遅い。応援を求められている状態で二十八日も待ち、到着するのはさらに十五日後。あまり到着が遅いと死人が出てしまう可能性がある。エビル達は元から目前のキャラベル船に乗るしか選択肢がない。


「……くっ、こんな船に乗るのか。こんなふざけた見た目の船に」


「まあまあロイズ、僕達は船を貰う立場だし選り好み出来ないよ。大丈夫大丈夫、立派な船じゃないか。しっかりした造りだし海難事故の心配はなさそうだよ。船は見た目よりも安全性が大事だと思うな」


「分かっているが……ぐっ、私にもプライドというものがあってだな」


 乗り気ではないロイズにミヤマがつまらなそうな目を向ける。

 失望や哀れみなど薄暗い感情が見て取れる悲しい目だ。


「プライドねえ? そんなものに拘って命を落としてきた人達を今まで多く見てきたよ。プライド高いままでもいいけどさ、適度に砕いた方が高みに昇り詰めるんだよねえ。今のままじゃロイズちゃん、死ぬよ?」


「この船に乗らないからといって私は死にません。……でも、妥協はするつもりです。立派な船だということを否定するつもりはないし、貰えるのもありがたい。……乗ってやる、乗るぞ私は!」


 説明も聞かずにロイズは走り出して船に乗り込んでしまった。彼女も状況が分かっているから結局乗っただろうが、無理をさせるつもりはなかった。説得する言葉を用意していたのだがそれは船内で話すことにする。


「行ってしまいましたね、ロイズ様」


「うん、説明は僕達で聞いておこう。ミヤマさん、操縦方法とかの詳細を知りたいんですけど教えてくれますか? あと、船内に何が用意されているかも知りたいです。設備は当然として食料とかも」


 船を貰っただけでは先へ進めない。操縦方法が分からなければ動かないし、食料がなければ一度買い足さなければいけない。海上でトラブルが起きないよう精一杯の対策をしなければ、安全で優雅な船旅が出来ないのだ。


「安心しなよ。操縦する人ならギルドから貸し出すし、食べられる物は三十日分くらい乗せてあるにゃん。設備も基本的なものはあるから問題なし。君達は自由に過ごしてテミス帝国へ向かえるのにゃん」


「操舵手まで用意してくれるなんて……。ありがとうございますミヤマさん」


 船を提供してくれるだけでも非常にありがたかったが、操縦出来る人間まで捜してくれるとは思っていなかった。仕事を手伝うとはいえ、代わりに情報収集を頼んでいるので貸し借りなし。ここまでやってくれる彼女には感謝しかない。


「うんうん、これからこの〈にゃんにゃん号〉をよろしくね」

「可愛いお名前ですね!」

「……にゃ、にゃんにゃん号……ですか」


 感謝はしているが名前に関してはもう少しマシなものがあると思う。

 リンシャンが気に入っているのでエビルは名前の件を心にしまっておく。


「念のため、依頼の詳細を確認しておくね」


 ミヤマの語る依頼内容は一種類。

 北に位置するマスライフ大陸のテミス帝国にて出没した魔物の討伐。既に現地で活動しているギルドのAランク所属、ミトリアと合流して協力するのがエビル達の役目。ミトリアの容姿は事前に聞いているので目にすれば分かるはずだ。


「それじゃあ任せたよエビル君、リンシャンちゃん。何か困ったことがあったらコミュバードで連絡してにゃん。油断は禁物だけど、君達の実力なら問題ない程度の怪物だから気楽にね」


「はい、行ってきます」

「ミヤマさん、にゃんにゃん号をくれてありがとうございました」


 乗船した二人がロイズと合流した時、船が港を離れていく。

 笑顔で手を振るミヤマが見えなくなるまでエビル達は手を振り返した。



 * * *



 テミス帝国までの船旅の途中、エビルは船内が騒がしいのに気付く。

 キャラベル船には部屋が三つあったため、男性陣と女性陣で分かれて過ごしている。操舵手が男性であったため個室にはならなかった。因みに残りの一部屋は厨房付きの食事部屋である。


「誰か、揉めている?」


 部屋の外から聞こえるということはロイズとリンシャンしかいない。

 寡黙な男性操舵手に「様子を見てきます」と告げた後、向かいにある女性部屋へ近付く。やはり二人が口喧嘩しているようで荒々しい声が聞こえた。今までなかった事態に動揺したエビルは女性部屋の扉をノックして、彼女達に許可を貰ってから扉を開ける。


「どうしたのさ二人共、喧嘩なんてよくないよ」


「丁度いい、君がジャッジしてくれエビル!」


「なるほど確かにそれがよさそうですね。お願いしますエビル様!」


「いやいや落ち着いてよ。ジャッジって……何をさ?」


 問いかけると二人揃って「この船の名前!」と答えが返された。

 予想外の答えだったので「……船の名前?」とそのままを思わず呟く。


「この船は〈にゃんにゃん号〉です! ミヤマさんだってそう言っていました!」


「認めてたまるかそんな名前。可愛さよりもかっこよさが重要。よってこの船の名前は今から〈スピアドラグーン号〉だ! 船頭もドラゴンを模した飾りに変えた方がカッコいいだろう!」


「可愛さ可愛さ可愛さ可愛さ可愛さです!」

「カッコよさカッコよさカッコよさカッコよさカッコよさだ!」


 価値観の違いからの衝突というべきか、微笑ましい衝突でホッとする。

 エビルとしてはロイズ寄りの意見だがリンシャンの言い分も分かる。無論可愛さ云々の話ではなく、他人に既に決められている名前があるという点についてだ。本人の許可なく勝手に改名するのはミヤマに悪い。ただ、その〈にゃんにゃん号〉という名前に思うところがあるのはロイズと同じだ。


 二人を納得させられるような案として、二人の案を合体させる案が浮かぶ。

 船の改造はともかく、改名くらいなら許してくれるはずだ。仮にダメでもエビル達が勝手に呼ぶ分には問題ない。


「両方取って〈にゃんこドラグーン号〉なんてどうかな」

「それはないな」

「ありえません」


 少し自信があった名前を拒否されたエビルは「ああ……そう」と落ち込む。

 結局それからも衝突は続き、数日後に船名は〈にゃんにゃん号〉のままにしようと落ち着いた。しかし、ロイズは頑なにその名を呼ぶことがなかった。


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