強くなるために
ギルドで魔物討伐依頼を手伝うことになったエビル達。
肝心の手伝う依頼はテミス帝国からのものに決まったが、ギルド本部近くの港からテミス帝国行きの定期船が出るのは三十日後。とても待っていられないということで、ミヤマが特別にエビル達へ船をプレゼントする話になった。
船はすぐに用意出来る物ではないため二日はかかる。
その間、エビル達はギルド本部内で過ごすことになっている。
「あの……どうでしょうか?」
現在エビルが何をしているかというと、頬を赤く染めたリンシャンと見つめ合っている。羞恥の表情をしている彼女と肌同士を触れ合わせていた。長い時間をかけるのは中々ないのだが今回は数分。――二人は手を握り合っていた。
当然やましい気持ちは一切なく、試したいことがあったからこその行動である。
「……ダメだ。やっぱり上手くいかない」
「本当に出来るのでしょうか。風紋と林紋を融合させるなんて」
「実際風紋と火紋の融合は出来たんだし、他の紋章とでも可能だと思ったんだけど……出来ないのかな?」
秘術の紋章同士の融合。エビルが試したかったのはそれだ。
実力者揃いの七魔将で別格とされるヴァンという男への対抗策。
魔王と相対した際、偶然にも風紋と火紋が融合して風火紋になったことで、復活したてとはいえ強大な魔王を撃破することが出来た。エビルの任意で紋章の融合が可能なら大きな切り札となる。
現在融合を試せるのは共に行動しているリンシャンのみ。
当時の再現として手を繋いでいるのだが融合の兆しすら見えない。
「リンシャン大丈夫? さっきから顔が赤いけど」
「……ふぇ? だ、大丈夫です。ただ、今まで男性と長時間手を繋ぎ合ったことなどなかったものですから。慣れないというか、ドキドキしているというか」
実のところ手を繋いでいる間、エビルは彼女の羞恥や緊張を感じ取っていた。
今まで癒しの巫女として患者に触れることはあっただろうが、近距離で真正面から長い時間手を握り合うなど普通ない。彼女のことも考えてエビルは「一旦止めようか」と告げて手を引く。
するりと抜けた手を追いかけるように、彼女の腕が僅かに伸びたが一瞬のこと。空気だけを掴んだ彼女は手を胸付近へ持っていって見つめた。その後彼女は何度も手を開いては握ってはを繰り返す。
一旦終えてから一気に主張の強い興奮が伝わったが、エビルも異性との触れ合いには未だ慣れないため気持ちは分かる。手を繋ぐだけでも心臓の鼓動が速くなるなんてシャドウに笑われるだろう。
「その、レミ様という女性はどのような方だったのでしょうか? 火の秘術使いだとは聞きましたが、紋章以外に私とその方で違いがあるのかもしれません。……私に足りないところがある可能性が高いと思います」
出来ないことは出来ない理由を知らなければ出来るようにならない。
紋章融合が実現しない理由として現時点で考えられるのは二つ。
風紋と林紋はそもそも融合が出来ない。
エビル自身、もしくはリンシャンに足りないものがある。
「レミは、そうだな。ちょっと怒りやすいけどとても真っ直ぐで強い人だよ。言いたいことはちゃんと言ってくれて、困っている誰かが居たら見過ごせなくて……太陽みたいに明るい性格かな。彼女が傍に居てくれたから僕は魔信教と戦えた。辛いことも乗り越えられた」
「楽しそうに話しますね。レミ様のこと、好きなのが伝わります」
「うん、僕はレミのことが好きだ。同年代では初めて友達になれたのもあって、最高の友達だと思っている。恋愛感情があるかどうかは分からないけど愛しているんだ」
そんな最高の友達から愛の告白をされた日をエビルはよく憶えている。
未だ友愛と恋愛の区別がつかず、返事を保留し続けている状態。もうすぐ再会出来るというのに何とも情けない。今回の一件が片付く頃には答えを出さなければ、待ってくれる三年という期限はあっという間に過ぎてしまう。
「……すみません。レミ様のことを聞いても、何が足りないのか分かりませんでした。うーんいったい何が足りないのでしょう。強さ……私の実力が足りないのでしょうか?」
「分からないなら仕方ないよ。まだ焦る段階じゃない」
紋章融合が自分の意思で使えれば絶大な戦力アップだが、強くなる方法はそれだけではない。秘術と剣技の熟練度や、身体能力向上のためのトレーニングは確実に力となる。地道な努力が成長の助けとなる。欲を言えば自分に近い強さの者と戦いたいがないものねだりをしても仕方ない。
「――力が欲しいか、にゃん」
突如リンシャンの背後に現れた黒髪の女性がそう囁いた。
頭に猫耳が生えており、裾の短いメイド服を着ている彼女はギルドマスターミヤマである。いきなりの登場だったのでリンシャンが「きゃああああああああ!?」と悲鳴を上げる。
「な、何だミヤマ様でしたか。お、驚きました……」
正直なところエビルも驚いて目を丸くしている。
ミヤマからは気配すら感じられないので背後に立たれても分からない。
「ごめんにゃん。強くなりたいって思っているっぽいから、耳より情報を届けに来たよ。今日から闘技場にて特別な特訓が出来るようになったにゃん。その名も〈試練の戦場〉にゃん!」
「〈試練の戦場〉? それって、どういったものなんですか?」
「記憶を読み取り、過去に出会った強敵を再現してしまうナイスなマシンと戦えるにゃん。既にエビル君達の記憶は読み取り済みだからいつでも使っていいよ。……あ、ちなみに私の記憶を読み取ったスペシャルバージョンもあるから、是非挑戦してみるといいにゃん。もしクリアしたらご褒美をあ・げ・る・にゃん」
話が真実ならとんでもない技術だし特訓にも役立つ。
俄かには信じ難いが彼女が嘘を吐くメリットはない。
「なるほど〈試練の戦場〉を使えばもっと強くなれそうですね」
「闘技場は地下にありましたね。行ってみましょうエビル様」
ギルド本部最奥の建物の地下へ向かった二人は思わず「うわあ」と感嘆の声を漏らす。
闘技場というだけあって広く、砂利が敷き詰められた戦場では思う存分戦えるだろう。一番驚いたのは天井に青空が広がっていたことだ。当然本物ではないはずなのに雲が流れていく。技術が凄すぎて「うわあ」としか言えない。
平らな戦場の端にひっそり存在している機械を見つけ、近寄ってみると傍に看板が立っていた。この機械がスペシャル特訓用と示すものであり、最後に【にゃん】と書かれていることからミヤマが書いたものだ。
早速エビルとリンシャンは初めて見る機械を操作してみる。
エビルの腰付近までの高さなので操作しやすいボックス状の機械である。自分よりは機械に詳しいリンシャンに操作方法を確認してもらい、文字が表示されるスクリーンというものを教わるままにタップしていく。
操作していると闘技場中央に人形がふいに出現した。
記憶から人物を再現したものであり外見も再現されている。
イレイザーやシャドウなど過去に戦闘した強敵達の再現人形は、最後に戦った時の強さそのままで特訓には最適。リトゥアールなど一人で勝てない相手とも戦えて実力向上が見込める。
何度も何度も戦っているうちにあっという間に時間が過ぎていった。




