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【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
第二部 三章 善悪の境界線
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事情説明


 それから歩き続けたエビル達はギルド本部最奥の建物へ辿り着く。

 薄茶色の建物は木製であり、新築と変わらないような清潔さを保っている。


 中へ入ってみると広々とした空間が広がっていた。

 国に仕える兵士のように手練れだと思われる人間達が多く、テーブル席に座っていたり、立ったまま誰かと話している者が大半だ。見たところ一人で過ごしている者は少ない。


 少ないが裾の短いメイド服を着た女性も数名存在している。飲料の入ったグラスを持って歩き、戦士達のもとへ持っていく姿はまさに飲食店のウェイトレス。どうやら飲食店としても利用出来るようで、奥の厨房からはお腹を空かせる匂いが漂って来る。


「飲食店なのでしょうか……?」

「そのようだ。飲酒している輩もいるな」


 運ばれている料理を見ていると、ぐうううううと大きな音が鳴った。

 エビルではない。近くから聞こえたのでロイズを見やると彼女は首を横に振る。……となれば腹を鳴らした者の候補は一人しかいない。二人で視線を送ると顔を赤くして俯いてしまう。


「……申し訳ありません。……私です」


「気にしなくていいよリンシャン。僕もここに居るとお腹が空いてくるし、ミヤマさんとの話が終わったら何か食べさせてもらおう。きっと美味しいよ」


「さすがに私の料理の腕は負けるかもな……」


 はっきり言ってプロの料理人とロイズでは比べるのも烏滸がましい。

 ギルドまでの道のり、フォリア山脈では彼女が一度だけ料理を振る舞ってくれた。全体的に甘くて口に入れるのもしんどいレベル。その後は彼女に料理をさせないよう注意する羽目となっている。


「――お、それなら後で食べていきなよ」


 入口が開いてエビル達の背後にミヤマが現れる。


「各大陸、各国の名物料理を再現して提供しているから珍しいものがあるかもだにゃん。エビルくーん、好きな料理を奢れば女の子の好感度が上がるかもよー。ただし、そこそこ高値だから破産に気をつけてにゃん」


 テーブル席に置かれている品々をよく見てみると、アスライフ大陸で食べたことのある料理がいくつかあった。懐かしい気持ちになっているとロイズが「シュガーボールもあるのか」と横で呟く。フォリア山脈で食べた激甘鍋を思い出してしまい、一気にテンションが下がる。


「ミヤマさん、お話はここでするのですか?」


「ううん違うよ。極秘事項でもあるし、話すのは左奥にある客間にゃん。エビル君を待っている子もいるから早く行った方がいいかもねえ」


「僕を……? もしかして……!」


 エビルを待っている人物ということは知り合いだろう。そして、ギルドへ向かっている知り合いといえば一人しかいない。同年代で初めての友達、恋愛感情を伝えてくれた相手、レミ・アランバート以外にいない。


 クランプ帝国で別れてから約半年。

 未だ告白の答えは出ていないが再会をずっと楽しみにしていた。

 あれから背や髪は伸びているのか、さらに強くなったのか。少し会わなかっただけで彼女の些細な変化が気になってしまう。


 自然と笑みが浮かんだエビルが左の通路を進み、左奥の客間に到着する。

 扉の前で深呼吸して、再会する前に心の準備をしてから扉を開ける。


「レミ――」

「ざんねーん! ぷっ、くくくっ、俺で――」


 笑みが消えたエビルは一度開けた扉を閉めた。

 心待ちにしていた赤髪の少女の姿はなく、代わりにソファーに座っていたのは自分と瓜二つの少年。漆黒の肌を目にした瞬間に怒りすら込み上げる。無言でミヤマに視線を送ると「ね?」とウインクしてきた。


 何が「ね?」なのか分からないが彼女は嘘を吐いていない。

 エビルが勝手に勘違いしただけだ。シャドウと会いたくなかったからか無意識に可能性を除外してしまった。逆に、早くレミに会いたいから思い込んでしまったのかもしれない。

 冷静になれば部屋の中から感じ慣れた邪悪な風が吹いている。


「今の声、もしや奴か?」


 以前会ったことがあるロイズは声で察したらしいので「うん」と肯定する。


「……はぁ。リンシャン、中に居るのは僕達の協力者だ。外見に驚くと思うけど敵じゃないから身構えなくていいよ」


「分かりました」


 再び扉を開けるとシャドウが腕を組んで舌打ちしてきた。

 室内へ入って彼とは反対側のソファーへ腰を下ろす。

 遅れて入ったロイズも同じソファーへ腰掛ける。


 リンシャンはシャドウを見た瞬間に「え、ええ!? 真っ黒なエビル様!?」とかなり取り乱す。予想通りの反応だが事前に注意したのがよかったのか、彼女は「あの、どうも初めまして。リンシャン・ノブレイアーツと申します」と自己紹介までしてみせた。


 最後に入って来たミヤマが扉を閉めて、シャドウの隣に座る。

 エビル達と二人が向かい合ったことでゆっくり話をする準備は整う。


「さあさあ、それじゃあ色々話すにゃん」


「待ってください。……シャドウはなぜここに? 彼も魔物の一種、悪魔です。ギルドマスターのあなたが見逃していいんですか?」


「問題ないにゃん。見逃すための客間だからね。事情を知っているのは私だけだから、他の人間に見つかったら説明するのも誤魔化すのも面倒だし。今は彼を殺すつもりないから安心していいにゃん」


 ギルドは魔物討伐の組織ゆえ、彼が見逃されているのは不思議だったが納得した。ミヤマだけが七魔将や悪魔王について全て知っているのなら、今までバレないように隠してきたのだろう。そして全ての件が片付いた後……エビルの推測ではギルド総がかりで殺すつもりだ。そう思った理由は彼女の言動のみで、感情は関係ない。


 ――そもそも、ミヤマからは何の感情も感じないのである。


 顔には笑みが浮かんでいるのに、カシェのように何も分からない。

 考えられる要因としては強大な神性エネルギーを纏っているくらいだ。


「あ、あの、エビル様とシャドウ様はどういった関係なのでしょうか?」


 事情を話していないリンシャンが疑問を口にする。

 どう説明しようにもエビルが悪魔だと発覚してしまう。共に旅をしてから今まで話さなかったのはそれが理由だ。優しいが関係の浅い彼女に話してどうなるのか想像がつかない。


 ロイズは成り行きで知ってしまったし、目的のために共闘する関係である。

 かつての仲間達は信頼していたため自分から全て話した。

 リンシャンは知ってどうなるのか。態度が変わったりする程度ならマシだが、ギルドの人間に報告でもされれば最悪だ。丁度ギルド本部に居るのもあって報告するのはとても簡単である。その場合、事情を知るギルドマスターが何とかしてくれるとは思うが。


「話してねえのかよ、基本情報だぞエビル。真実を告げるのが怖いか」


「……ああ、怖いね」


「じゃあ俺から言ってやるよ真実ってやつを。おい女、俺とエビルの関係が知りたいんだよなあ? 人間に分かり易く言えば双子だが厳密には違う。俺とそいつは元々同一個体の悪魔だったんだよ。善悪の感情で離別しちまったけど、当然そいつも悪魔だぜ」


 反応を知りたくてエビルはリンシャンを見つめる。

 彼女は目を見開いて「悪魔……?」と呟き、信じられないような目で見てくる。見つめ合う形となってよく分かるが彼女の心は戸惑いが強く、他の感情が追いついていない。後から怒りや悲しみが噴き出すパターンも考えられる。


「エビル様は本当に悪魔なのですか?」


 リンシャンはエビルが頷いてから話を続ける。


「とてもではありませんが悪魔には見えません。外見もそれらしい部分はありませんし、精々髪の色が珍しいくらいではありませんか」


「……これを見れば信じられると思うよ」


 できれば言葉だけで納得してもらいたかったが、もとより信じられないような話だ。悪魔は魔物の中でも狡猾かつ残虐と言われている人間の敵。彼女に見せてきたエビルの行動などはそれと結びつかない。


 どうしても信じられない人間相手に対して、自分が悪魔だと証明する方法はある。あまり見せたくはないため……否、自分でも見たくないため旅の最中も気を付けていたもの。それは――出血。

 風を纏った手刀で腕に傷を作ると、傷口から黒に近い緑の液体が零れる。


「血が……赤く、ない。魔物と……同じ?」


 シャドウが「へえー、もう血が悪魔のものになったのか」と呟く。

 以前は身体能力も心も体も人間そのもの。改造前が人間だったのと、身体が二つに分かれたおかげかもしれない。秘術使いを生きたまま改造したのも悪魔王には初めての試みだし、何かしら想定外の事態が起きたのかもしれない。何にせよ人間の部分が多く残ってくれていたのに、人間としての血はもう失われている。


 天空神殿での特訓で発覚したが、ハイエンド城下町でシャドウと融合しかけたことにより本格的に悪魔と化している。天空神殿に居た頃はほんの僅かに緑が混じるくらいだったものの、今では完全に魔物と同じ黒に近い緑色になってしまった。


「僕を差別するのも軽蔑するのも君の自由。でもお願いだ、僕達と共に居てくれ。君や他の秘術使いを必ず守ると誓うから」


「……驚きましたけど、私にとってエビル様は恩ある御方。例え悪魔だとしても過去は変わりません。私や聖国を救ってくれたことに感謝する私の気持ちも変わりません。この先、どんなことが起きても私は心優しきエビル様の味方です」


 エビルは「ありがとう」と心から礼を言う。

 且つて苦楽を共にした仲間達と同じ目で彼女は自分を見てくれている。人間でも悪魔でも関係なく、彼女はエビルの過去で判断してくれたのだ。本当に心が優しいのは彼女の方である。


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