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【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
第一部 一章 目覚めの風
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その身体に秘めた焔で


 石床に倒れている兵士数十人を見てレミとドランは絶句する。

 二人は倒れている兵士達一人一人の実力など知らない。だがこれだけの数をたった一人で、今歩き去ろうとしている黒ローブの男が撃破したという事実には戦慄を禁じえない。


「待ちなさい!」


 レミは迷わず、去ろうとする男の足を止めた。ドランはその行動に目を見開くがこれも覚悟なのだと同じように敵を見据えた。

 振り返った黒ローブの男、イレイザーは細い目で二人を眺める。


「うーん? 誰だテメエら? 一人は兵士だが……」


「ぼ、僕はアランバート兵士団第三部隊団員ドラン・リゾット! 城に入った不届きな侵入者め、今度はぼ、僕が相手だ!」


「アタシはレミ・アランバート。アンタの名前はいいわ、どうせすぐとっ捕まえて投獄してやるもの。今のうちに覚悟しておきなさい」


「アランバートだァ? 確か女王の名前はソラとかいったはず……さてはテメエ女王の血縁だなア? なるほどいい展開じゃねえかア。なあおい、これから女王ぶっ殺しに行くんだけど特等席で見させてやるよ。ズッタズタにするから特別サービスで料金はテメエの恐怖に染まった顔でいいぜエ!」


 イレイザーが素早く駆けてくるので、レミを守るためドランが飛び出した。

 ドランが戦うにあたって今は問題がある。一つは訓練場から急いで帰ってきたので真剣ではなく木刀で来てしまったこと、もう一つは新しく習得中の流派の未完成さだ。素早い突きを繰り出したがあっさりと躱され、嘲笑と共にイレイザーが大振りで殴りかかってくる。


 ここでドランはいつものように受け止めるのではなく――横に回避した。


「避けただとオっ!? テメエまさかアランバート流の兵士じゃねえのか!」


 元々イレイザーが大振りだったのは兵士達が回避行動をとらなかったからである。敢えて受ける他の兵士達と違い、流派変更しているドランは避けやすい大振りの拳をあっさり回避したのだ。そして相手が驚愕しているうちに木刀を真上から振り下ろす。


「でもそれならそれで普通に殴りゃあいい話なんだよなア」


 振り下ろした木刀はイレイザーに左腕でガードされ、さらに木刀を掴まれては引っ張られ、ドランは引き寄せられるのと同時に殴り飛ばされる。

 その一撃は今までの大振りではなく速度重視の鋭いものだった。なすすべなくドランは吹き飛んで気絶してしまう。


「さァて、邪魔者は片付いた。次はテメエの番だぜエ」


「強いわね。でもアタシ、強いやつは好きだけど下衆野郎は大嫌いなのよ」


 レミは険しい表情で見据える。倒れている兵士達の中に見知った顔はいくつかあり、そうでなくても国民を傷付けたというだけでレミはイレイザーを嫌う。


「あっそ。俺はテメエみたいに強気な奴は好きだがなア。そういう奴ほど恐怖したときの顔が実に素晴らしいからなア」


「不快だわ。二度と喋れないようコテンパンにしてあげる!」


 そう言い放って駆けたレミは接近していく。イレイザーは間合いに入っても行動を起こさなかったので、レミは大振りで右腕を振るう。

 イレイザーは攻撃の瞬間に動き、あっさりと拳を左手で受けとめる。


「随分と大振りなパンチだなア。攻撃を避けねえなんて言ってる連中なんかと訓練するから、実践じゃあ使えねえクソ雑魚に成長しちまうんだぜエ?」


 受け止められた右手をレミは引っ込めようとするが動かない。完全に力負けしているのを悟った時、イレイザーが右腕を大きく振りかぶる。


「これで動きを封じたとか思ってないわよね!」


 叫んだレミは柔軟な足でイレイザーの顎を蹴り上げた。

 左足による蹴りを受けたイレイザーに強制的に真上を向かせ、反撃だと思っていると、上げている左足が右手同様に掴まれる。そして背負い投げのように遠くの壁へと投げ飛ばす。


 悲鳴を上げながらレミは壁に叩きつけられ、肺の中にあった空気を吐き出した。なんとか着地してイレイザーの方を見やると、元いた場所で落ちていた剣を兵士に突き刺している姿を捉える。


「やめろおおおおおおお!」


「おう怖っ、王族の女の喋り方じゃあねえや」


 全速力で疾走してレミはイレイザーを殴りつけた。

 勢いよく放たれた拳は両腕で防御されたものの数歩分後退させる。その勢いに乗って距離を詰め殴りかかるレミに対し、イレイザーはその場で屈んで回避する。標的の真上を通り過ぎていく拳にレミは「くっ」と声を漏らす。


 そこでレミは目を見開いて驚愕する。

 屈んだイレイザーは傍に倒れていた兵士の剣を奪い、構えも何もない剣術素人丸出しで振るう。だがそれが自分に届く前にレミはイレイザーの右腕を蹴り上げ、衝撃で剣を手放させる。


 蹴った右足をすぐに石床に着け、すぐに力を込めて床から離すとレミは回転。その勢いによる回し蹴りを叩き込もうとするが左手で受け止められた。

 また投げられると思いきやイレイザーは右腕を振るう。襲い掛かる右拳をレミは左手で受け止め、負荷に耐えきれず左頬を殴り抜かれる。


 数歩よろけて下がったレミに急接近するイレイザー。彼の殴打に防御しか出来ず、連続で殴られ続けているうちに両腕での防御をすり抜けて腹部に重い一撃が入る。苦痛に呻き声を零したレミに、畳みかけるように連打が打ち込まれていく。


(あれっ……アタシ、思ってたより)


 密着させていた両腕が無理やりイレイザーに掻き分けるように離されて、防御が崩されて無防備な状態になったレミの顔面に頭突きが入った。


(――強くないかも)


 レミはそれなりに自分が強い位置にいると思い込んでいた。

 何も兵士団最強のタイタンに勝てると自惚れていたわけではない。ただ並の兵士など訓練時相手にはならないし、ヤコンなどの部隊長クラスとも互角に戦えていた。自分の強さに自信があったのは事実だ。なのにこうもやられっ放しの現状で、秘術に頼らず自分の力で生きられるという自信が砕かれつつある。


 イレイザーの暴力は絶え間なく続き、両目を閉じて踏ん張っていたレミの全身に痛みが回ってきた頃――唐突に追撃の手が止まる。

 痛みしか訪れない暗闇を脱すべく開眼すると、息を切らして目前に立つ肥満体型の男――デュポンが真っ先に視界に入る。


 予想外の人物の登場にレミは「……デュポン?」と目を丸くして呟く。


「おお、おいたわしやレミ様! このような酷い怪我をなさるとは」


「なんだア、テメエはァ、いきなり体当たりしてきやがってよオ」


 見ればイレイザーは五メートルほど離れた場所に尻餅をついていた。攻撃に夢中になっていたイレイザーを突き飛ばしたのだと想像するのは容易い。


「デュポン、どうして……? アタシはアンタをあんなに嫌って……露骨に嫌な態度して、それなのにどうして……」


「……私は大臣。国を想い、あなたの御父君である先代王とは親しい仲でした。あなたがどれほど私を嫌おうと、王家の血を引き、火の秘術使いに神から選ばれたことなど関係なく、私はレミ様と姉であるソラ様のお二人を補助するのです。さぁ、お逃げくださいレミ様! 時間稼ぎは私で十分!」


 レミにはデュポンが助けてくれることが信じられなかった。面と向かって嫌いと何度も言ってきたことか、とっくに相手からも嫌悪されていると思っていた。なのに彼は全く気にしておらず、危険を承知で助けに入った。毛嫌いしていた自分がバカのようだとレミは思う。


「い、や……嫌! アンタも逃げるのよ! アタシ、謝るから。これまでのこと謝るから! 弱いくせに、足遅いくせに、戦えないくせにアタシを庇わないでよ! 一緒に逃げようよ!」


「早くお行きになられてください。ソラ様が待っておりますぞ」


「姉様はアンタのこと頼りにしてるのよ! お願いだから逃げてよおぉ!」


 それ以上の返答はなかった。

 絶対に逃げないで庇うための意思表示か。はたまた恐怖のあまり口が動かなくなったか。両方とも違う。


「あのさテメエ、ウザいんだよ」


 返答がないのは――デュポンの胸を光線が貫いたからだ。


「い……嫌あああああああああ!」


 光線銃で急所を貫かれたデュポンが背中から倒れ、それを見たレミは悲痛に満ちた悲鳴を上げる。


「テメエみたいな奴はなア、最後まで恐怖の顔を見せてくれねえんだよ。だって最初から死ぬ気だからなア。死ぬのが本望な奴は本当につまらねえんだよねエ」


 レミは膝から崩れ落ち、デュポンの丸い腹部に顔を埋めて涙を流す。

 今までいい関係は築けていなかった。それでも知人で、幼少の頃から関与してきた人物の死は悲しい。ましてやついさっきようやく自分が悪かったと思い、これから仲を深めていこうと考えていた相手だ。この悲劇に涙腺は緩んでしまっている。


「どうすれば良かったのよ……」


 秘術使いとして素直に運命を受け入れていればこんなことにならなかったのか。何を考えるにしてもデュポン共々否定してきた秘術という単語が頭の中をよぎる。


「アタシが、もっと……強ければ」


 レミは怒りを蓄える。イレイザーに、何より弱い自分自身に怒る。

 昂った感情に反応してレミの下着の下にある秘術の紋章――火紋(かもん)が淡く光る。イレイザーからは衣服が邪魔で見えないが秘術の力が高まっていた。


「デュポン……アンタはいつも言っていた。秘術、すっごい力なんでしょ……。だったらさ、あんな奴ぶっ飛ばすのなんて簡単だよね」


 腹部に埋めていた顔を上げ、レミは右手で涙を拭いながら立ち上がる。


「今のアタシは怒りに燃えてる。兵士やデュポンを殺したアンタに、そして何よりくだらない反抗をしていた未熟な自分自身に!」


 レミの足元から激しい炎が噴き出て、体を覆うような火柱になったのは一瞬。衣服や髪など通常燃えるようなものは燃えていなかったが、握った両拳には赤き炎が纏わりついていた。


「覚悟しなさい。今日、アンタの身体は塵と化す」


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