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【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
第二部 三章 善悪の境界線
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兄の心配


 ロイズの甘すぎる鍋料理を食べてから数時間。

 三人は男女で分かれてテントで休むことになっていたが、エビルはテントから外へ出た。上方に障害物がほぼないため満天の星がよく見える。女性側の赤色テントへ視線を向けると、同じように星を見ていたリンシャンが立っていた。

 彼女はエビルに気付くと名前を様付けで呼ぶ。


「眠れないのですか?」


「こっちの台詞だよ。眠れないの?」


「はい、少し寝つきが悪くて。試しに外へ出てみたら夜空が綺麗で見入ってしまいました。今日はいつもより星々が綺麗に見えるんです」


 彼女が眠れない理由、それに対する感情をエビルは感じ取っていた。

 不安が心を埋め尽くしている。これからも続く旅に対してもそうだが、聖都モランに残してきた兄マネンコッタに対してが強い。彼女は他人を心配させたくないのか、悩みを打ち明けずに夜空を見上げる。


「……お兄さんが心配?」


「ふふ、エビル様は何でも分かってしまわれるのですね」


「何でもは分からないよ。でも、仲間が悩んでいるのくらいは分かるさ」


 エビルは今の状態が一番良いと思っている。他人からの感情を全て受け取ってしまうのには慣れたし、コミュニケーションで活用出来るからだ。集中すれば思考すら感じ取れるため、悩みを知らずに仲間を放置することはない。

 星々を見上げながらリンシャンが語る。


「メイジョ協会の一件までお兄様は頼もしい存在でしたが、私に弱い部分を見せていなかっただけなのだと分かりました。お兄様も私と同じ、一人ではか弱い人間なのだと。新たなメイジョ協会設立での苦難を考えると……やはり、心配なんです」


「確かにマネンコッタさんはこれからも苦労するだろうね。でも一人じゃない、イフサさんだっている。あの二人はきっと互いを支え合えるいいコンビになれると思う。きっと上手くやっていくよ」


「……そう、ですね。ええ、そうですよね! 私もお兄様達を信じます!」


 エビルが掛けられる言葉は無難なものだ。リンシャンの心配を取り除くとまでいかずとも、軽減させられるような希望の言葉。

 本音を告げた結果、彼女の心に充満していた不安がかなり減少したのを感じた。

 星々を眺めるのを止めた彼女は「そういえば」とエビルへ顔を向ける。


「エビル様にご兄弟はいらっしゃらないのですか? 私、エビル様のことも知りたいです。家族とか、故郷とか、これまでどう過ごしてきたとか」


「兄弟はいないよ。……最も近く、遠い存在。あいつはそう言っていた」


 リンシャンが「あいつ……?」と不思議に思って呟く。

 彼女はまだ会っていないため知らないが、エビルにとって特別な存在がシャドウ。兄弟よりも遥かに強い運命で結ばれた邪悪な悪魔。元々は同じ体で存在していた彼のことがたった今、質問されてから頭に浮かんだ。


「僕に血縁者はいないけど、同じ場所で生まれた奴はいるんだ。兄弟じゃないけど似た関係さ。今も、これからも、互いを憎み合って生き続けるような関係だけどね」


「……それは、悲しいですね」


「悲しい? いや、うん、悲しいことなのかも」


 正直エビルはシャドウとの関係を悲しいと感じたことはない。

 憎み合い、傷付け合う。目的が合致した時は協力し合う。

 もうきっと二人の関係はこれ以上良好にならないのだ。好感度の最大値がゼロでありマイナスの限界はないようなもの。悪化することはあれど良くはならないのである。それを悲しめるほど、エビルはシャドウに対して仲良くなりたいという想いを抱いていない。


 しかし、実際には悲しいことなのかもしれないと今日思う。

 誰よりも深く、繋がりを絶ち切れない存在のはずだ。そんな相手と仲良くなれない運命なんて、悲しいと言われても仕方ないのだ。もし二人が友人や家族として過ごせる世界があったなら、きっとその世界は幸福に満ちている。今ではありえない幻想が現実になったなら……エビルはもう少し、彼に歩み寄れたかもしれない。


「もう眠れそう?」


「はい、睡魔が襲ってきたようなので……テントに……戻り……ますね」


 急に足元がおぼつかなくなったリンシャンは女性側のテントへ戻って行く。彼女に「気を付けてね」と声を掛けてから、エビルは暫くテントに戻らず夜空を見上げた。

 星の輝きはどこに居ても見えるもの。

 真上にある光景を今、シャドウも見ているのか何となく気になった。



 * * *



 二千メートル以上の山々が連なるフォリア山脈を歩き続けて三十日が経過。

 ようやくギルド本部が高所から見えた。道中にある山村から見えた光景は、大きな立方体の建物五棟を円状の壁で囲んでいるものであった。外壁は魔物の襲撃から守るためのものだろう。


 もう三十日ほど歩くとフォリア山脈の端の山まで歩いて来れた。

 麓まで歩けばギルド本部を囲む外壁が大きく見えてきて、どれだけ大きな場所なのかが分かる。三十メートルはある外壁に囲まれるその場所は聖都モランより遥かに広い。外壁の中がどうなっているのか見るのが楽しみなエビルは、微かに感じた闘争の気配で腰の木剣に手を掛ける。


「どうしたエビル。近くに魔物の気配はないが……敵か?」

「え、ええ!? 周囲には誰も居ないのに敵ですか!?」


 ロイズは背負っていた槍を手に持ち、慌てたリンシャンは木製の杖を構える。

 リンシャンの武器名は聖樹の杖。彼女の身長ほどある杖で、上から下にかけて細くなっている見た目だ。一番上は太く丸いし頑丈なので打撃武器として有用である。ここまでの山旅で魔物との戦闘にも慣れた彼女なら、そこらの魔物一体なら無事に倒せるはずだ。


「周囲には居ないけど……先の方で誰かが戦っている。おそらくギルドの中、あの外壁の向こう。それも相当な実力者同士が」


「誰かが腕試しに摸擬戦でもしているのではないか? ギルドに属する者は強くなければ魔物に殺されるし、腕が鈍らないよう定期的に訓練するものだ。闘技場で大会でも開かれているのかもしれん」


「……分からない。ただ、警戒は怠らないように進もう」


 いつでも戦えるように武器を手に取ってギルド本部前まで進む。

 外壁で唯一中と繋がっている門を発見したが、門番をやっていたと思われる男二人は倒れていた。


「亡くなっているのでしょうか……?」


 不安そうに呟くリンシャンのためと、状況確認のためにエビルが膝を曲げて男の首に触れる。もう一人の男の首にはロイズが触れて脈を確認してくれた。彼女と顔を見合わせると、ハンドサインでオッケーと示してから立ち上がる。


「息はある。気絶させられただけみたいだ」


「そうですか、良かった……」


「こちらもな。だが……殺されていないとはいえ異常事態だ。まさか何者かに襲撃を受けているというのか? ギルド本部を襲おうとしている者がアドポギーニ以外にいたとはな」


 魔物を駆除する組織、ギルドは人類の味方と言っていい。

 ギルドを襲うということは人類にとってリスクしかない。アドポギーニ率いるメイジョ協会は戦争して手中に収めようとしていたが、基本的にそんなことを考える人間はいないはずだ。可能性として高い者を考えているとエビルは七魔将(しちましょう)に思い当たった。


 悪魔王の配下が襲撃しているのなら納得出来る。魔物を駆除する団体など悪魔王にとっては邪魔な存在なはずであり、配下の七魔将を送り込む可能性は十分にありえる。


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