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【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
第二部 三章 善悪の境界線
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ロイズの料理


 モクトリア聖国とギルド本部を隔てる山脈、フォリア山脈。

 今代の風の勇者エビル・アグレムは仲間二人と共に整備された山道を進む。

 歩き続けていると後ろから「あっ」という声が聞こえた。振り向いてみると後ろで、長い緑髪の少女が石に躓いて転んでいた。彼女、リンシャン・ノブレイアーツが起き上がると、地面で擦り剝いた膝が見えたので「大丈夫!?」と近寄る。


 彼女の服装は旅用に購入したもので、動きやすいよう丈は短めの衣服。以前の長かったドレスとは違い膝まで露出しているため、転倒すれば柔らかい肌が傷付いてしまう。動きやすい服装にしたのが裏目に出た部分だ。


「えへへ……大丈夫ですよこれくらい」


 リンシャンは笑みを浮かべてから目を瞑り、両手の指を絡ませて祈り出す。

 林の秘術使いである彼女の力で膝の傷がみるみる治っていく。


「疲れているなら休みますけど……」

「いいえ全然疲れていないのでお構いなく! 私元気です! ああそれと、私に対してもロイズ様のように接してください。恩人にいつまでも敬語で話されるのは何というか……むず痒いもので」


 両手をぶんぶん振り回した彼女はそう告げる。

 確かに仲間となったうえ、あまり歳が離れていないのだから敬語は余所余所しく感じさせたかもしれない。本人が構わないと言うのでエビルは迷うことなく敬語を止める。


「分かったよリンシャン。じゃあ休もうか」


「はい! ……はい? 今、なんと?」


「休もうって言ったんだよ」


 現在地は山道とはいえ整備されたもの。平らな部分でならテントを立てられるし、野営をするのに特に問題はなさそうだ。

 エビルが「ロイズ」ともう一人の仲間の名前を呼ぶと、桃色髪ポニーテールの少女が「ああ、野営の準備だな」と納得の声を出す。日が暮れる前に準備をするのは当然だが、以前は日没直前まで歩いていた。今日の早めの準備に文句を言わないのは彼女も察しているからである。


「そんなっ、私なら大丈夫ですよ! 疲れてませんってば!」


「僕達を気遣って嘘を吐かなくていいよ。慣れていない人が長距離、それも山道を歩くなんて辛いからね。無理をして歩くのはよくない。急いではいるけど余裕は持たないと、旅に慣れないリンシャンが倒れたりしたら大変だからさ」


 実はエビルは風の秘術で、リンシャンから疲労感や苦しみを感じ取っていた。

 たとえ秘術使いでなくても分かったことだ。時折彼女が見せる辛そうな表情を見れば一目瞭然。ロイズもそれを見て無理をしていると理解したのだろう。

 理由を語ってみればリンシャンが罪悪感を持って俯く。


「……ごめんなさい。私、本当は疲れています。足がガクガクです」


「謝らなくていいよ。体力的な問題だし、徐々に慣れていこう」


「はい、そうですね。足手纏いにならないようもっと頑張らないと!」


 元気を取り戻した彼女を見てエビルは笑みを浮かべる。


「うん、じゃあ休んでていいからね。僕はロイズを手伝うから」


 平らな道にテントを立て、内部に寝袋を敷けば基本の準備は完了。

 リンシャンに中で寝てもらった後はエビルとロイズ二人きり。

 気まずい雰囲気はなく、ロイズからの提案で摸擬戦をしながら時間を潰す。


 あっという間に日が落ちたので焚き木に火を点けて明かりを確保する。

 夕食の準備は珍しくロイズが「夕食は私に作らせてくれ」と告げたので任せた。アギス港で食べたのはホテルの料理、船の移動時は船内の店、モクトリア聖国までの道のりはイフサの手料理であり、実は彼女の手料理を食べるのは初めてだ。どんなものになるのか期待を膨らませて作り終わるのを待つ。


 彼女の「食事の用意が終わったぞ」という言葉でエビルはリンシャンを起こし、夜空の下三人で鍋を囲む。

 目前にあるのは焚火を使っての鍋料理だ。以前の旅では料理を当番制にしており、セイムがよく鍋料理を作っていた。久し振りに食べられると思うとエビルのテンションが上がる。


「わあ、鍋料理ですかあ。美味しそうですねえ」


「……まだ蓋を開けてもいないんだが?」


「基本的に鍋料理にハズレはありませんから! 美味しいのは確定です!」


「ふっ、なら満腹になるまで食べてくれ。これが私一番の自信作だ」


 ロイズの手によって蓋が持ち上げられると、鍋の中から爆発したように湯気が立ち昇る。肝心の具材は白濁した汁の中でいい具合に煮えている。


「見た目も美味しそうです! ロイズ様はお料理が得意なのですね!」


「そうか? あまり料理をしたことがなかったが褒められると嬉しいよ。さあ遠慮なく食べてくれ。……一応言っておくが味見はしたから味は大丈夫なはずだ。私好みに仕上がっていたよ」


 ロイズ好みの味と言われると急に不安になった。

 エビルが知っている彼女の好みは甘味だ。アギス港で勧められた菓子は、あまりの甘さに一口でギブアップしてしまった。それを好物だと言って平然と完食する彼女は重度の甘党。……気付きたくなかったが鍋料理にしては珍しく甘い匂いが辺りに充満している。


 不安が表に出ていたらしく彼女に「どうかしたか?」と問われてしまった。

 もしやこの鍋料理は不味いのではという失礼な考えを悟られないよう、エビルは「いや何でもないよ」と即答した。

 不安が消えないエビルが箸を持った時、リンシャンが唐突に祈り出す。


「天にまします我らが主よ。こうして食事が出来るのは平和を守り、我らを見守ってくださる主のおかげです。今ここに感謝の意を示します。この祈りが届くならば、どうか我が身を清めたまえ。…………あ、困惑させて申し訳ありません。今のはモクトリア聖国の民の大多数が行っている食前の祈りです。この世界を創造したと言われている創造神アストラル様への感謝をするものでして」


「君の兄がやっていた記憶はないが?」


「……やりたくなかったのかもしれません。食前の祈りは、食事を通して神様に感謝するもの。メイジョ協会の件で兄は、神様が何もしてくれないのを悟ったでしょうから」


「……ああ、確かに。神とやらは……何もしてくれないな」


 空気が一気に重くなる。

 ロイズの中で楽しさを悲しみが上回ってしまった。

 今考えているのはきっと滅亡した祖国のことだろう。悪魔王の配下、七魔将の一人サイデモン・キルシュタインに滅ぼされたバラティア王国。なぜ神は助けてくれなかったのかと一度は考えたことがあるはずだ。


 実際のところ、封印の神カシェは地上の様子を見ているが、地上の出来事に介入するのは最低限と決められている。バラティア王国の滅亡も見ていたかもしれない。件の悪魔へ怒りを抱いたかもしれない。それでも神には動けない事情がある。


「あ、あの! それでは食べさせてもらいますね!」


 重い空気を変えるため真っ先に動いたのはリンシャンであった。

 彼女は箸で鍋の中で煮えている具材を掴んで皿に入れ、別の箸で口へ運ぶ。


「……うっ、な、何でしょう。何か、ドロドロしたものが」


 決して不味いとは言わない彼女が額を押さえて俯く。


「ドロドロ? そんなものは入れていないが……ああもしかしたらアレかもしんな。試しに入れてみたがまだ完全には溶けていなかったか。それの正体はおそらくシュガーボールだよ」


「シュガーボール……って大量の砂糖を使った飴じゃないですか! そんなものを鍋に入れてしまったのですか!?」


 シュガーボールはロイズがモクトリア聖国の観光中に見つけ、気に入っていた菓子だ。大量購入していたためまだ食べきっていないのだろう。……だからといってそれを鍋に入れる思考はどうかしている。飴なのだから熱すれば溶けるし、強烈な甘味に他の具材が侵食されてしまう。


「聖都で観光していた時に食べて美味しかったからな」


「だからといって……まあ今のは運が悪かったと思えばいいでしょう」


「なぜだ。三個しか入れていないから寧ろラッキーだろうに」


 物は言いようである。

 苦笑したリンシャンが改めて鍋の具材を皿へ移し、二口目を食べる。しかし咀嚼する度に彼女の表情が泣きそうになっていき、口内の物を飲み込んだ直後に祈り出した。


「どうした、なぜ突然祈り出す? まさか体調が悪いのか? もし必要ならお(かゆ)を作ってやるぞ。まだ手持ちのシュガーボールは残っているし何も問題はない」


「い、いえ! 元気です! 私は元気ですからね!?」


 無事回復した彼女は涙目で元気だと訴える。

 傍観していたエビルは視線を鍋に移し、震える手で鍋用の箸を掴み直す。

 現実逃避もそろそろいいだろう。逃げていても現実は何も変わらない。

 ロイズの作った鍋料理が急に美味しくなることは決してないのだ。


 秘術の影響で鍋から危険を感じ取っているが、一口も食べないわけにはいかない。せっかく作ってくれた手料理なので食べなければ可哀想である。エビルは勇気を持って具材を口へ運んだ。


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