林の秘術使い
「間違いない。リンシャンさんは林の秘術使いです」
前髪を下ろした彼女は「秘術?」と首を傾げる。
知らない様子の彼女に兄であるマネンコッタが説明する。
「秘術とは精霊神アストラルが人間に授けた力の一端だ。風、林、火、山の属性が存在し、秘術を使える人間には属性に応じた紋章が体のどこかに刻まれている。エビル、君は風の秘術使いだったな」
「……知りませんでした。お兄様は知っておられたのですか? 私のこの、不思議な力について」
「知ったのは傭兵になって暫くしてからだ。意外と情報が手に入るんでね。……それにしても、妹が林の秘術使いだとしていったい何だと言うんだ? 君達は秘術使いを捜しているということか?」
「はい。実は――」
今度はエビルが事情を説明する番だ。
魔王すら超える巨悪、悪魔王について。
秘術使いを狙う組織、七魔将について。
現在エビル達が抱える問題、世界の危機を隠すことなく全て話す。
「……悪魔王に七魔将、か。なるほど、君達からしてみればアドポギーニなど小物に過ぎなかったわけか。まさかそんな危険な連中が世界に居るとはね」
「幸い、まだ奴等は秘術使いの居場所を特定していません。だから奴等より早く見つけて、保護したい。突然祖国を離れるなんてリンシャンさんにとっては辛い話かもしれませんが……。お願いします、どうか僕達の旅に同行してもらえませんか」
この場で了承してもらえる可能性は低い。リンシャンは好んで旅をするタイプには見えないし、国を離れる覚悟もしていないだろう。同行してくれるにしても、彼女は優しいので自分の意思を殺してしまうかもしれない。嫌々付いて来させるのは罪悪感が残る。
どうやって説得しようかエビルが悩んでいると彼女が口を開く。
「事情は分かりました。……お兄様、どうやら話していたあの件、私は協力出来ないみたいです。私が争いの火種になってしまうのなら本末転倒ですから。この国にも、戻って来れないかもしれません」
「……妹の願いを叶えるのも兄の務めだ。あの時に叶えられなかった手前、どの面下げてそう言うのかと思うかもしれないが。俺はお前の意思を尊重したい」
「ありがとうございます、お兄様」
リンシャンはマネンコッタに深々と頭を下げる。
感謝が終わった後、彼女はエビル達の方を真剣な瞳で見つめる。
「エビル様、ロイズ様。是非私も旅に同行させてください。私の能力、林の秘術はきっとお役に立つはず。私達兄妹を救ってくれたあなた達に恩を返したいのです」
「本当にいいんですか? せっかくお兄さんと過ごせるのに」
エビルはまさか一発で了承してもらえると思っていなかった。
兄と再会し、自由の身となった彼女はこのまま聖国で暮らした方が幸せだ。それに今の聖国にとって彼女は必須とも言える存在。恩を返したいという想いだけで了承したのでは、後々大変な思いをするのは彼女自身である。エビルは彼女にそんな理由で付いて来てほしくない。
「……本音を言えば、お兄様と過ごしながら聖国の民達の力になりたいと思っています。……ですがいいんです。先程も言いましたが、私自身が争いの火種になってしまうのでは意味がないんです。これからの医療はお兄様や聖王様に任せようと思います」
癒しの巫女として聖国の医療を一人で負担していたリンシャンが国を出れば、どうなるかなど容易に想像がつく。そう簡単に代用出来る人材ではないため対処は難しいだろう。
疑問を持ったロイズが「具体的にはどうする?」と彼女に問いかける。
彼女は予めマネンコッタや聖王と話し合っていたようで解決策を用意済み。話されたのは驚きの内容で、イフサやマネンコッタと第二のメイジョ協会を設立しようとしていたという。当然裏の目的などなく、純粋に人々を助けるためだけの組織だ。
しかしリンシャンはエビルと共に旅立つことを決めた。第二のメイジョ協会設立は全て人任せになり、悪魔王関連の問題解決まで自分は関われない。……彼女にとって、聖国に住む人々を危険に晒すのを回避するための苦渋の選択。
「マネンコッタさんはそれでいいんですか?」
「本当なら行かせたくないし、妹の傍で俺が守りたい。でも今の体じゃ足手纏いだしね」
そう言ってマネンコッタは左手をエビルの方へ伸ばす。
「君なら守りきってくれるだろうと信じているよ。エビル、妹を頼む」
「……はい、必ず。妹さんの命は僕達で守ります」
伸ばされている彼の左手をエビルは右手で掴む。
いつだったか、彼と握手しようとして断られたことがあった。しかし今は彼の方から求めてきてくれて、力強く握りしめ合うことも出来た。その行為をするだけの価値をエビルが示せたのである。
こうしてエビルの旅にリンシャンが仲間として加わった。
居場所の分からない秘術使いはあと一人。
山の秘術使いの情報を集め、火の秘術使いであるレミ・アランバートと合流するため、エビル達はモクトリア聖国を出発してギルド本部へと向かう。




