メイジョ協会の終わり
メイジョ協会を中心とした騒動から早三日。
宿屋に居るエビルとロイズは、来訪したリンシャンから事の顛末を聞いた。
事件後、聖国の王に全てを報告した彼女のおかげでアドポギーニは捕縛、メイジョ協会は解体となった。職員達は全員戦争を起こそうとしていることを知っていたが、彼女の強い願いにより罪は軽くなっている。争いを嫌うと言われていた聖王が減刑するのは、それだけ彼女に影響力があるということ。噂では彼女に恋愛感情を抱いているとかいないとか。
アドポギーニについては彼女も減刑を意見しなかったという。
家族を誑かし、欲に目が眩んで戦争を企み、兄の頭に銃弾をぶち込んだのだから当然だ。いくら優しいといってもこれで許せば異常である。尤も、彼女の慈悲はエビルの想像を超えていた。殺さずに罪を償わせるという一点は共通しているが、エビルなら野望を知って放置していた職員の減刑など頼まない。
エビルとロイズが協会を襲撃したことも報告されたが無事無罪。
人助けのためという理由と、やはり彼女の口添えのおかげである。
事件直後は指名手配でもされたらどうしようなどと考えていたが杞憂だった。
「エビル様、ロイズ様、お二人には心から感謝致します。アドポギーニさんの野望を阻止出来たのはお二人とイフサ様のおかげ。私と……お兄様、私達兄妹を助けてくれたのも勇気ある三人のおかげです。ありがとうございました。私が力になれることがあったら是非協力させてもらいたいと思っています」
顛末を話し終えたリンシャンは深々と頭を下げる。
「頭を上げてください。僕達は当然のことをしたまでですよ」
「ああ、奴の目的を知っては黙っていられないからな。礼は要らない」
エビル達の言葉で彼女は頭を上げて薄緑の瞳で見つめてくる。
「そういえば……お二人は、私に何かお話があったのでは? ほら、確か初めてお会いした時にそのようなことを仰っておられましたよね」
「憶えていたのか? 凄まじい記憶力だな」
初めてリンシャンと会った際、職員のせいで長く話が出来なかった。
彼女からすればあの日会ったばかりの関わりない者達。たった数分程度の出来事を、エビル達の会話を彼女は憶えてくれていたのである。風の秘術使いだからこそ分かるが、彼女にはあの日に話を聞いてあげられなかった罪悪感が残っている。強い感情があったからこそ憶えていたのかもしれない。
「話の前に……お連れの方も同席させてください。ずっと外で待っているのも大変ですし、あの人にも関係ある話ですから。強引に引っ張ってでも部屋へ入れてください」
「……驚きました。私が誰と来たのかご存じだったんですか?」
「知っていたわけじゃありません。ただ、感じられたんですよ」
「ふふ、不思議な方ですね。エビル様は」
笑みを浮かべたリンシャンが部屋から出て行く。彼女が退出した後、ロイズが「どういうことだ?」と訊いてきたが「すぐに分かるよ」とだけ返す。
リンシャンが宿屋に入って来た時から既に懐かしい風を感じていたのだ。
ロイズの反応を楽しみにして待っていると「大丈夫ですから会いましょう!」と大きな声が聞こえてくる。連行が難航しているようだが扉は開かれ、リンシャンが一人の男の腕を掴んで戻って来た。
連行されてきたのは彼女と同じ長い緑髪の男。
腰には二本の刀を下げており、細長い体はエビルより遥かに高い身長。
――彼女の実兄マネンコッタ・ノブレイアーツがそこに居た。
「な、は? ゆ、幽霊……!」
「あはは、落ち着いてよロイズ。彼は幽霊なんかじゃないってば」
顔を青褪めさせて驚愕するロイズの反応は予想以上。
死んだと思い込んでいた人間が急に現れたら誰だって驚くだろうが、まさかロイズがここまで驚くとは思っていなかった。普段のクールな態度が崩れて涙目になっている。
「だ、だがマネンコッタは死んだではないか!? そいつが幽霊以外の何だと言うんだ!」
確かにマネンコッタは額を銃で撃たれて致命傷を受けた。本来なら即死でもおかしくない場所だったが、彼はあの時まだ生きていたのだ。リンシャンの治療を受けても動かなかった理由は分からない。しかし生命エネルギーが弱まってはいても消えはしなかったのである。
あの場でエビルが生存していることを告げても、その後でやはり死んでしまうかもしれない。そう考えると言い出せず、結局あの場から離れた。なぜ目覚めなかったのか、目覚めたのかを知っているのはおそらくリンシャンのみだ。
「死んでいない。正確には、生と死の狭間を彷徨っていただけさ」
「私もお兄様は死んでしまったと思っていました。けれど、後で協会へ戻ってみたら立ち上がっていらしたのです。私の能力で傷を塞いだのはいいですが、どうやら銃弾が脳で止まっていたらしく……今、お兄様の脳は銃弾がめり込んだ状態で動いています。そんな状態だからこそ、あの時すぐには目覚められなかったのだと思います」
「生きているのは奇跡だ。……まあ、後遺症はあるけど大したものじゃない」
リンシャンの治癒能力は体内の異物を排出せずに治すらしい。異物が残ったまま治すのは危険だ、特に頭の中は異常が出やすいという。マネンコッタの言う通り、生きて動けるだけでも奇跡に近い。……ただ彼の後遺症はかなりの痛手だろう。
風の秘術で彼から感じ取れる、右腕などから吹く死んだような風。
初めての経験だが心を重くさせるその風が吹く場所こそ、後遺症で動かなくなった場所だと悟る。もう傭兵として戦場に立つのは厳しいはずだ。
「右腕と右目、あと鼻もですね」
「そこまで分かるのか? ふっ、まあ、君達を裏切った罰のようなものだろう。寧ろこの程度で済んで幸運さ。傭兵は止めざるを得なくなったが別の職は見つけてある」
「……ほ、本当に生きているのか?」
「ロイズ、君はいつまで疑っている。この温かい肌に触れてみろ」
半信半疑のロイズは恐る恐る彼の左腕に手を伸ばす。
伸ばしたはいいが中々触れようとしないので、彼は自分から左手を出して握りしめる。人肌の体温を感じたのか「さ、触れるし……つ、冷たくない」と独り言を零す。幽霊でも死体でもないと理解した瞬間、ロイズは「し、失礼」と言ってエビルの隣に戻る。
「……それで、妹へ話があるんだろう? 俺も聞かなければならないような重大な話が。……言っておくけどプロポーズとかは認めないぞ。君は好青年だがもっと互いを知ってからにしてほしいね」
「話す前に確認したいことがあります。リンシャンさん」
名前を呼ぶと彼女は「はい!」と元気よく返事をする。
「あなたの体に、これと似たような紋章が刻まれていませんか? もしあって、見せられないような場所にあるなら言葉だけで答えて構いません」
右手の甲にある竜巻のような紋章を見せながらエビルは問いかけた。
秘術の紋章の有無で確かめる以外に方法がないか考えたが、結局紋章の有無を訊くのが一番手っ取り早いという結論に辿り着いた。幸い彼女は嘘を吐くタイプの人間ではない。偽りなく真実のみを答えてくれると信じられる。
「――あ、あります! 模様は違いますけどそれと似た紋章が!」
彼女が緑の前髪を手で上げると、額の中心に紋章が存在した。
四本の樹木が描かれているひし形の紋章。見た目からの判断だが間違いなく彼女は林の秘術使いだ。捜していた秘術使いの一人だと確信したエビルとロイズは向き合い、笑みを浮かべる。




