優しい瞳
襲われてはエビル達も無抵抗でいられない。
エビルは腰の収納袋から木剣を取り出す。この聖都モランの武器屋で購入した聖樹の剣だ。実戦で使うのは初めてだが、殺さないよう手加減するのなら木剣の方が戦いやすい。それに鉄と同等の強度を誇る聖樹の剣なら、ビンとの戦闘時のように折れることはない。
駆けて来る男二人に対してエビルは木剣を、ロイズは槍を叩きつける。
一撃で意識を刈り取ったため男二人は倒れて動かなくなる。
「何をしているのか分かっているのか? 君達のやろうとしていることは」
「――犯罪、でしょうね。分かっていても他の手がない以上、僕達は何だってやりますよ。それこそ、戦争を企むような組織を潰すことだって」
モクトリア聖国にとってメイジョ協会はかけがえのない重要組織。医療の全てを負担するため国を支える柱となっている。そんな組織に侵入し、職員に暴行まで加えた。重い罪に問われても仕方ない狼藉だ。
荒事を目にした一般の通行人は蜘蛛の子を散らすように離れていく。
王城の兵士に報告する正義感の強い者もいるかもしれない。
あまり時間をかけられないのは元からだが危機感が増す。
「ふっ、そうか。あの時感じられた気配は君だったか」
「バレていましたか。僕なりに気配は消していたつもりなんですけど」
「俺からすれば低レベルな気配遮断だったよ。傭兵は色々と敏感なんでね」
こうした会話も悠長に続けられない。
「エビル。君ならイフサを助けに来てしまうんじゃないかと思っていた。法を犯すイフサの気持ちを汲み、止めもしなかった君なら法律も足枷にならないのではないか、とね。だから聖国を出るよう告げたんだが……無意味だったか」
目的を勘違いしているが正すのは無意味。イフサにしろリンシャンにしろ助け出されるのはメイジョ協会にとって不利益。マネンコッタからすれば些細な違いだし、やることも変わらないだろう。たった今犯罪者となったエビル達を見逃すはずがない。
「マネンコッタさん、どうしてイフサさんを売ったのか教えてくれませんか? やっぱりあなたには何か特別な理由があるんでしょう? 僕は、それを知りたい」
「言っただろう。特別な理由なんてない、ただ金が欲しかっただけだと」
「……話す気はないか」
出来れば彼の抱える事情を知りたかったがエビルは木剣を構え、ロイズも槍を構える。
「ロイズ、マネンコッタさんの相手をお願いしてもいいかな。僕は隙を見て内部へ侵入する。即行で癒しの巫女さんを救出して王城へ行こう。……言っておくけど」
「分かっている。殺すなと言いたいんだろう? 殺さないよ」
苦笑するロイズにエビルは申し訳なく思う。
難しいお願いだと理解しているのだ。マネンコッタは強い、決して彼女が手を抜いて倒せるような相手ではない。槍は殺傷能力が高いし殺さずの誓いはハンデとなる。それでも彼女は願いを聞いてくれた。彼女もエビル同様事情を気にしているのだ。
彼女は「行くぞ」と呟き、マネンコッタへ向かって疾走する。
マネンコッタも二本の刀を抜刀して走る。
二人の武器が激しくぶつかり合い、彼の意識がロイズへと強く割かれた。
その瞬間、エビルは追い風を生み出しながら全力で走る。
彼が「なっ」と驚愕するがもう遅い。音すらも置き去りにする全力疾走〈疾風走破〉で一気にメイジョ協会入口に接近し、勢いそのままに扉を開けて中へ駆け込む。
あっという間に侵入したエビルは深呼吸して木剣を構える。
中には騒ぎを知った職員達が剣を持って待ち構えていた。正確にはこれから外へ出て応戦するつもりでいたのだろう。エビルが内部に入って来たのが予想外だったらしく動揺が広がっている。
「皆さんが戦わずに通してくれるなら僕は戦いません」
「ふ、ふざけるな! 全員でかかれ、侵入者を捕らえるぞ!」
本心を言いはしたが戦闘は避けられないと理解していた。
現在犯罪者のエビルの言葉に耳を傾ける者は居ないだろう。職員達からすれば仲間を暴行した相手、捕まえて投獄しようと思うのは当たり前だ。しかし訴えて理解されないのと、初めから訴えないのはまるで違う。誰にも伝わらないと諦めたらそこで終わりなのだ。エビルはどんな相手にも本心を告げたいと思っている。
「まあ、そうなるよね」
男女問わず一斉に襲い掛かって来る職員達へ向けて聖樹の剣を振るう。
一人一人の実力はエビルにとって大したことがない。言い方は悪いが格下とも言い換えられる。数は力だが質が悪い。どれだけ数を揃えようと、一定以上の実力を持つ者達でなければエビルは倒せない。
攻撃を躱し、時には防御して反撃。
反撃は全て首の後ろや顎、頭部、腹部などを狙う。
一撃で意識を刈り取るために必要なのは攻撃の威力だけじゃない、攻撃箇所も重要なのだ。人体の弱い部位を狙えば強者も弱者も必要最低限の力で倒せる。
元から実力差が圧倒的だったのもあり難なく倒し続け、残る職員は一人。
鋼の剣を木剣で弾き飛ばすと、最後の一人は恐怖で力が抜けて尻餅をつく。まるで怪物でも目にしたように恐れて顔を歪めていた。こうも恐れられるとエビルだって傷付く。
「……ば、バカな。百人は居たのに……全員、やられただと」
「終わりですね、もう続ける意味がない。癒しの巫女がどこに居るのか知りませんか? 僕達の目的は一先ず癒しの巫女の救出なんです。答えたくないなら答えなくても結構ですよ」
職員の男は「……救出?」と不思議そうに呟いた。
「お、お前、リンシャン様を誘拐しに来たんじゃないのか……?」
「そう考えられても仕方ないとは思いますけど、誘拐なんてしませんよ。少しやってもらいたいことはありますけど彼女の意思に反するようなことはしません。信じろと言われても難しいでしょうけど」
今のエビルは強行突破して入って来たような輩だ。癒しの巫女の能力目当てで誘拐しに来たと考えるのはおかしくない。聖国の医療を一任されているメイジョ協会を襲撃する理由など、他にあるとは思えないからだ。
エビルは暫く職員の男と見つめ合う。
全く目を逸らさなかった彼だが待っていても答えてくれなかった。時間の無駄だと思ったエビルは二階へ上がる階段へと向かうが、彼の「そっちじゃない」という声に足を止める。
「そっちじゃないんだ。リンシャン様は地下牢に幽閉されている」
「どうして教えてくれるんですか?」
「……目さ。お前の目、見ていると優しさと信念を感じられた。あの人と同じなんだよ。リンシャン様の目も見ているだけで温かかった。……こんなこと、アドポギーニ会長に聞かれたら殺されるかもしれないが……頼む。リンシャン様を助けてやってくれ。あの人は牢屋に入れられていいような人間じゃないんだよ」
「はい、必ず助けます。教えてくれてありがとうございました」




