緊急避難通路
貫かれた胸からタイタンは鮮血を大量に零す。幸い心臓からは外れていた、いやわざと外されたとはいえ致命傷に近い。顔を顰めたタイタンはイレイザーの持つ武器に注目する。
「油断大敵。テメエは強えけどよオ、だからって絶対勝てるってわけじゃねえだろうがよオ。なあこれ知ってるかア? この武器、知ってるかア?」
L字型の奇妙な道具。タイタンは聞いたことがある。
ソラの護衛として他国へ赴いた際、他大陸からやって来たという商人が話していた武器。しかしその商人は記憶の限りでは弾丸を放つと告げていた。明らかに先程発射されたのは弾丸と呼べるような代物ではない。
「……銃、だろう」
「なんだ知ってたのかア、アスライフ大陸じゃあ開発されてねえのによく知ってたなア。そうさ、分類的には銃で合ってるぜ。だがご察しの通りただの銃じゃあねえ、光線銃ってやつだ。魔信教には他大陸から加わっている奴もいてなア、そういった奴のおかげで魔信教には多種多様な武器が揃っている。こいつはマスライフ大陸にあるテミス帝国ってとこの武器さ。従来通りの弾丸ではなくエネルギー光線を放つ最強の武器! いくらテメエの体が硬くても関係ねえってことよ!」
「笑止。どんな武器を相手が持っていようと……我々は、全ての厄災を払いのけてみせる! 貴様はこの国から必ず追放する!」
イレイザーが光線銃を放ち、白い光線がタイタン目掛けて直線状に向かう。それを持っていた剣の腹で受けてなんとか防いだものの、鋼が太陽の如く赤くなり剣身が溶けてしまう。
光線を防いだはいいもののタイタンは武器を失ってしまった。万が一の勝ち目も失せた。しかしそれでも撤退することはない。もし勝てなくともソラが逃げる時間を稼げればいいのだ。
熔解した剣から視線を戻した時、タイタンの左目に光線銃の先端が押し込まれた。
これまで自分が負けるなど考えてもこなかったタイタン。初めて襲われる死の恐怖は背筋が凍えるほどに恐ろしい。その表情は普段の生真面目なものから徐々に歪んでゆく。
「くひゃっ……いいねエ、その顔オオ!」
躊躇なく銃から光線が放たれる。タイタンの左目を、頭を貫通して遠い壁にまで届く。兵士団最強の男は溶けた剣を石床に落とし、前のめりに倒れて大きな音を立てた。
「ふへへへっ、眼球ごと脳味噌溶かされる気分はどうだア? さぞかし気持ちいいんだろうなア。だって見届けた俺がこんなにも気持ちいいんだからなア……」
アランバート兵士団最強の男は無残な最期を遂げる。イレイザーは心底楽しそうに高笑いし、上に向かう階段へと歩き出したその時――少女の「待ちなさい!」という声が足を止める。
振り返ったイレイザーの正面に――レミとドランの二人が睨むような目をしながら立っていた。
* * *
陽光が入らない暗闇の中、エビルの前にいる松明を持ったソラが螺旋階段を下りていく。
アランバート城にある避難通路であるその場所は三階にある玉座の後ろに存在した。一見なんの変哲もない石壁だが実は隠し扉に生っている部分があり、エビル達はそこから下の見えない螺旋階段を慎重に進んでいた。
王族を含め、王城にいる者達が緊急時に避難する通路。壁に手を付きながら下りる螺旋階段には内側に手すりなどがない。うっかり足を踏み外してしまえば最後、落下して死あるのみ。一応松明で明かりがあるとはいえ油断禁物である。
「レミは大丈夫かな……」
エビルにとって今心配なのは兵士達とレミのことだ。実力あるヤコンや自身より遥かに強いだろうタイタンがいるなら大丈夫だと思いたいが、レミは悪人を見過ごせず一人で突っ走るところがある。初めての出会いの時はまさにそんな状況だった。
「あの子もこの通路のことは知っています。レミの性格上侵入者とことを構える可能性もありますけれど、兵士の誰かがいれば止めてここに連れてくるはずです。もしかしたら既に避難しているかもしれません。エビルさん、今は我が国に仕える兵士を信じてください」
「はい、信頼はしています。しかし城に乗り込んでくるなんて目的はいったい……」
「聖火、もしくは王である私、といったところでしょう。でも城に侵入してくるということは相当な自信がある証拠。全員無事であればよいのですが」
話しているうちに螺旋階段は終わってかなり広い空間に出た。そこには城で働いているメイドなどの使用人や立場ある者達が松明片手に立ち止まっており、全員がソラの顔を見やると僅かに笑みを浮かべて歩み寄る。
安心感が出ている人々の中にレミがいるかエビルはすぐに捜し始める。
「ソラ様、ご無事で何よりです」
「かなり時間が経っても来なかったからどうしたものかと」
「後ろの彼も無事でよかった」
「レミ様はご一緒ではないのですか?」
「侵入者はどうなっているのでしょう」
押し寄せるように話しかける者達の中にレミの姿はない。それにデュポンの姿も見当たらない。見知った人間がいないためエビルは焦燥に駆られる。
「落ち着いてくださいみなさん。不安になる気持ちは分かりますが、こういった非常時こそ冷静さを保たなくてはなりません。この中に怪我人はいませんか」
「はい、侵入者に関しては兵士さん達がすぐに対処してくれて。でも相手が強くて、私達はただ逃げて身を守ることしか……」
元より兵士など戦闘能力を持つ者以外に戦えなどソラも言うつもりはない。たとえ逃げることしか出来なくても、こういった緊急事態で彼ら彼女らは逃げることこそが仕事なのだ。ただ死にに行く蛮勇を発揮するよりか数段賢い選択だろう。
「恥じることはありません、誰かを守ることこそ兵士の役目でもあるのですから。怪我人がいないということは彼らが役目を果たしてくれているという証明にほかなりません。この場所にいない人間はどれほどいるか分かりますか?」
「まだ城の人間の半分ほどがここにはいません。レミ様のお姿も……」
「……そうですか。……もしかすると先に進んでいるのかもしれませんね。避難通路を出た先にいるかもしれませんし私達も先へ進みましょう」
避難通路を出た先は城下町の外。草原に一本生える大きめの樹の傍に出口が通じている。今ソラ達がいる場所は城の地下であり、進んだ後にまた階段を上らなければいけない。体力を使う道なのでソラ達はまだ元気なうちに歩き出した。
(本当に、本当にこのまま避難してもいいのか……? まだレミが城内にいる可能性があるのに。それにヤコンさんやドランさんだって戦っているんだ、僕はこのままでいいのか……?)
『もしかしたらもう死んでるかもしれないなぁ、あの女』
何度もソラが口にした「しれない」という言葉。ようは希望的観測を口に出しているだけで、実際のところそう信じるしかないというのが現実。エビルにはそれがとても頼りなく思えてしまう。
「あの、待ってくださいソラさん」
無意識のうちにエビルはソラを呼び止めていた。
もし城内にレミが残っているのならきっと後悔してしまうから。
「どうかしたのですか?」
「僕、やっぱり城に戻ります。もしかしたらレミは城にいるかも」
ソラは「しかし……」と納得しそうにない。一応客人のエビルを危険な目に遭わせたくないソラの気持ちを理解はしている。ただエビルにとってこの選択で後悔しないようにしたいのだ。もしレミが城内にいて酷い目に遭ったのならずっと後悔してしまう。
「今は危険です。レミの友達であるあなたを向かわせるのは……」
「友達だから放っておけないんです。それに僕、昔から風の勇者に憧れていまして。こうした危機的状況で誰かを助けられるような男になりたい。だから少なくとも、今戦っている兵士の力にはなりたいと思います」
「……風紋があるから、風の勇者を真似ているのですか?」
「秘術と人間性は関係ありませんよ。風紋があってもなくても僕は同じ行動をする。誰かを助けるためにきっと無茶なことをする。それが僕、エビル・アグレムという人間なんです」
『反吐が出る人間性だぜ』
秘術使いに選ばれたといっていいのか右手の甲に浮かんでいる風紋に、目覚めた当初エビルは人知れず重さを感じていた。なにせ風の勇者と同じ力を宿しているのだ、人を助けるために生きろと神から言われているような気さえしていた。しかしこの三日間、レミと関わって秘術と自分の意思は関係ないことが分かった。
エビルは風紋があるから人助けをしたりするのではない。考えてみれば、昔から困った人を放っておけない質だったのだ。伝説の風の勇者と同じ力を秘めているからではなく、エビルは風の勇者に憧憬の念を抱いているから同じ道をゆく。
「なら、きっと私には止められませんね。でもいいですかエビルさん、必ず私達のところへ来てください。この避難通路は城下町の外、草原に生えた大きな樹へと繋がっていますので私達はそこで待っています」
「はい、必ず」
そう告げるとエビルは元来た道を走り出す。暗闇の中でも壁を伝って螺旋階段を素早く上っていった。




