方針2
エビルは彼を、マネンコッタのことを信じたかった。
それでも彼本人が真実を告げたのだから受け入れなければならない。たとえ嘘を吐かれても、風の秘術で感情などを感じ取れるため真実かどうか分かる。彼が情報を売り渡したのは紛れもない真実である。
「……何? 貴様、今何を言ったのか理解しているのか?」
「しているとも。自分のことだからな」
「なぜだ! 傭兵が雇用主を売り渡すなど最低最悪の所業だぞ!」
マネンコッタは視線をロイズから逸らし、エビルに集中させる。
「あまり驚かないんだな」
「驚いていますよ。ただ、彼女の言葉の通り、どうしてイフサさんを裏切ったのかは気になりますね。あなたの心にはなぜか罪悪感が在留している。それがなぜなのか、僕じゃ考えても分からないですから」
彼には怒りも悲しみもない、今は罪悪感だけが支配している。
欲望のままに雇用主を裏切った悪人なら罪悪感など感じないはずだ。何か事情があって情報を売り渡したに違いない。……後になって申し訳なく思ったという可能性も否定出来ないが。
「……特別な事情があるとでも思っているのか? 欲しいのは金さ、俺は俺に利益をもたらす者の味方だ。イフサが提示した金額より、メイジョ協会が提示した金額が多かった。本当にそれだけさ」
「本当に?」
「事実だよ。俺は金が欲しいだけだ」
嘘は言っていないが何かを隠しているように感じた。
本心ではあるが肝心な部分が足りていない空虚な野望。金銭が欲しいという欲望の根本となった理由、エビルはそれが知りたいのだ。しかし頑なに教えてくれないので今は諦める。
「君達は今後好きに動けばいい。俺は次の仕事があるから失礼させてもらう」
「待て。このまま無事に帰れるとでも思っているのか」
部屋から出て行こうとしたマネンコッタの首元にロイズが槍を突きつけた。
槍を向けられるのがさも当然のように彼は驚かない。表情は変わらず、心すらも冷静である。だが槍を刀で弾いたり退ける素振りすら見せない。
「何の真似だロイズ。まさか君が、フォノン村であっさりイフサを見捨てようとした君が武器を向けてこようとはね。笑えてくるぞ。もしや俺やイフサを仲間だと思ってくれていたのか?」
「……私は、雇い主を売った傭兵が気に入らないのだ。一度引き受けた仕事を途中で放棄するような奴は嫌いなのでね。それに、放置したら私やエビルがイフサの仲間だと密告するかもしれん」
「なら金を払え。二億三千万カシェで君達を売らないと約束しよう」
「ふざけるな、そんな大金を持っているわけがないだろう。分かっていて言っているな? まったく、こういった時は普通相手が払えそうな金額を言うものだがな」
二億三千万カシェなんて持っている者はそういない。職種にもよるが働く者の平均的な年収は二億にも到達しない。ただ、やけに具体的な数字なのがエビルは気になった。中途半端なのだ、どうせ払えないと分かっているのなら三億でも十億でも同じこと。何を思って二億三千万という数字を出したのか非常に気になる。
「払えないのなら保障しかねるな。早々に聖国から出て行くといい」
「……私が貴様を殺せないとでも思っているのか?」
何にせよ、今はロイズを止めなければならない。
今のままだと彼女は本当にマネンコッタを殺しかねない。
「待ってロイズ、槍を下ろして冷静になろう」
「何だエビル、君はこの男を庇うのか?」
彼女は槍を下ろさず視線だけをエビルに向ける。
「そうじゃない。ここでマネンコッタさんを殺したら君は犯罪者だ」
「人殺しは罪、よく聞く言葉だな。だが本当にそうか? 悪党を殺すのは罪か? それなら勇者は数えきれない罪を背負っていながら、国から罰されないことになる。勇者だから人を殺していいという法などどこにもありはしないのに」
「……耳の痛くなる話だね。ただ、一つ言えるのはマネンコッタさんが犯罪者じゃないってことだ。少なくとも聖国にとっては犯罪者を密告した良い人って扱いなんじゃないかな。聖国にとって極めて模範的な人間だよ。イフサさんが罪を犯したのは純然たる事実なんだから」
「この男は法に従ったまでだと、そう言うのか」
エビルは「うん」と肯定して頷く。
正直、ロイズの言葉は価値観の歪さを表していてハッとさせられた。それに対する答えは持っているが今答えるべき内容ではない。今重要なのは彼女の殺意を少しでも削ぐことだ。
暫く無言で視線だけを交わしていると彼女の殺意が薄まっていく。
自然にというより、未だ大きくなりつつあるものを強引に抑え込んだような感じである。言いたいことを理解してくれたようで彼女は渋々槍を持つ腕を下ろす。
「……今殺すのは止めておこう。犯罪者として聖国の兵士に追われるのは面倒だ」
「分かってくれたようでなにより。俺はもう行かせてもらう」
「貴様が言うな。……ふん、とっとと出て行け。もう顔も見たくない」
宣言通りマネンコッタは今度こそ部屋を出て行った。
彼がどこへ行ったのかは想像もつかない。次の仕事があると告げていた、傭兵稼業は続けるはずだから次も誰かを守るのだろう。いったいそれがどこの誰からの依頼なのか不明だし、最後まで守るのかすら分からない。
「どうするのだエビル。イフサを救出するつもりなのだろう?」
「……一応メイジョ協会に行って事情を話してみよう。今のところ、僕達に出来ることはそれくらいしかない。……情けない限りだよ。結局、イフサさんが捕まるのを阻止出来なかった」
フォノン村で親子を助けるため法を犯した際、エビルは必ず守ると決めたはずなのに守れなかった。せめて傍に居ればとも思ったが、どう考えても事態は好転しなかったと悟る。
「君は情けなくないさ。本当に情けない奴は、もう無理だと喚くような奴だ。可能性を探りもせず諦めてしまうような奴だ。私も協力する、必ず彼を助けよう」
「うん、どうにかイフサさんを外へ脱出させよう」
イフサはただ弱っている人間を助けようとしただけの心優しい青年だ。
法で禁じられているとはいえ、命を救うには彼がやるしか道がなかった。
融通が利かないといえばそれまでだが決断力があるとも言える。恩人だとかは抜きにして、そんな彼だからこそエビルは心から救いたいと思う。
勇者ではなく、一人の友人として。




