聖都モラン
モクトリア聖国の首都、聖都モラン。
アギス港のようにコンクリートで固められた道や家。フォノン村とは大きく雰囲気が違うその町には最奥に立派な城が、北西にはメイジョ協会本部が建てられている。さらに町のどこからでも見えるほど大きな樹が協会本部から生えていた。
初めて見た町の景色に感動したエビルは仲間と共に歩く。
「聖都モランかあ。広い町だね」
「国の首都だけあって賑わっているな」
「この聖都は観光地としても有名なのさ。ほら、あのメイジョ協会本部から突き出ている大木が聖都のシンボルだ。協会の連中は金儲けの道具としか思っていないがな」
マネンコッタが吐き捨てるように説明する。
彼がメイジョ協会を嫌っているのはイフサとロイズも気付いているだろう。彼は協会に対して憎しみや怒りを抱いている。モクトリア聖国に来てから感情が妙だったのはそのためだ。
「大木がコンクリートの建物を突き破る? そんなことがありえるのか?」
「ありえるも何も実際に起きている。まあ自然に生えたとは限らないがね」
彼が言うには大木は観光出来ないらしい。……というか、メイジョ協会本部内は一階までしか一般人に開放されていないという。一階より先は関係者以外立ち入り禁止だ。聖国にとって重要な施設だと思われるので、見学出来るのならしてみたかったが奥に入れないのなら仕方ない。
「そんじゃあ俺は国王に商売の許可取って来るわ。当然マネンコッタは同伴として、お前さんらは好きに観光していていいぜ」
「はい、そうします。ね、ロイズ」
「ああ。……ここに滞在する理由も出来たことだしな」
林の秘術使いかもしれない癒しの巫女に会うためエビル達は暫く聖国に留まるつもりでいる。運よく会えればいいのだが相手は国の重要人物、そう易々と会える人物ではない。しかし既に法を犯したイフサと居る以上、長居すればするほど兵士に捕まる可能性が高くなる。目的を果たすのにあまり時間をかけていられない。
一先ず宿で部屋の予約をしてからエビルとロイズは観光することにした。折角来たのだから観光しなければ損だ。
コンクリートで固められた道路を歩きながら様々な店へと向かう。
ちゃんとした食事は飲食店で取るとして、エビル達が立ち止まったのは饅頭屋であった。暖簾に【饅】と書かれた店の前には綺麗に饅頭が並べられている。特徴的なのは祈りを捧げる女性の絵が饅頭に描かれていること。二人が立ち止まった要因はそこにある。
「あの、このお饅頭に描かれている女性って……」
不思議に思ったエビルは眼帯を付けた饅頭屋の店主に話しかける。
「ああそれは癒しの巫女様さ。他所から来た人はあんまり見たことないだろうけど別嬪さんなんだぜ。恋人とかいないなら俺が立候補してえなあ」
「……まさかこれはあなたの趣味か?」
引き気味にロイズが言ったことを饅頭屋店主は「違えよ!」と否定した。
「こ、これはメイジョ協会の人から頼まれてんだ! 癒しの巫女様の宣伝になるからってさあ! 断じて俺の趣味で作ってるわけじゃねえよお!?」
「……エビル、彼の言っていることは本当だろうか」
饅頭屋店主から感じられる感情は焦燥のみ。
実際に趣味なのがバレそうだから焦っているのか、それとも本当は違うのに誤解されているから焦っているのか判断がつかない。感情だけでは分からないので、あまりこんな使い方はしたくなかったが心の声を感じ取ることにする。
「頼まれたのは本当っぽいけどこの絵は店主さんの趣味だね」
「……汚らわしい」
「……はい、汚らわしくてごめんなさい。でも、俺のことは嫌いになっても、俺の店の饅頭だけは嫌いにならないでください。どうか二つ、いや一つだけでもご購入を検討して頂ければ幸いです」
正直に暴露したのは可哀想だったかもと思い、エビルは饅頭を二つ購入した。ロイズと二人で食べたが味は上々。中には餡子がギッシリ詰まっていたが甘味は抑えられていたため食べやすい。……ただ、ロイズは「もっと甘い方が好みだな」と厳しい感想を零した。
饅頭屋を離れて次に向かったのはもはや観光の定番となりつつある武器屋。
見るべきものは剣と槍。当然エビル達の武器だ。
大鎌や錫杖なんてマニアックな武器も揃っている中、一際エビルの目を引いたのはシンプルな木剣である。加工のされ方は他の木剣と同じでも材質がまるで違う。他の木剣に使われている頑丈な木材とは一線を画すように感じる。
名前は聖樹の剣。
少し素振りしたり、コンコンと叩いてみたら驚いた。木剣なのにそこらの鉄製の剣と同等の硬度を持っていた。ありえないと驚愕したまま武器屋の女店主に材料が何なのか訊ねる。
「この木剣、いったい何で出来ているんですか?」
「さあねえ……メイジョ協会の人から貰った木を加工しただけだから、私にも詳しいことは分からないわねえ。ただ、予想通りならメイジョ協会の中に生えているって噂の聖樹と呼ばれている木ね。そうじゃなきゃ売上の三割を寄越せとか言われないだろうし」
仮面を付けている女店主が心優しく教えてくれた。
鉄並の硬度を持ちながら刃がない剣は有用なので、一応購入しておいた。
「話を聞く限り、メイジョ協会とやらはかなり金を集めたいようだな。治療費だけでなく店の売上まで手に入れて、いったい何をするつもりなのやら」
「単純にお金が欲しいって可能性も否定出来ないけどね」
国内の治療を独占して治療費を集めるだけでも相当な収入の筈である。何か大きなことを企んでいるのかもと思うロイズの考えも分かるが、金銭というものは幾らあっても困らないもの。豪遊するために集めている可能性だってある。
観光という名の情報収集になりつつあるがそれでいい。
一般人でも知っているような常識、知識を得ておいて損はない。
観光とは、その町や村を知るということ。やっていることは情報収集となんら変わりないのだ。
武器屋を出ると通りすがりの男二人の会話が聞こえてくる。
「おい、癒しの巫女様が向こうで仕事しているらしいぜ」
「じゃあ見に行くか。巫女様を見るだけでも目の保養になるし」
男二人は意気揚々と北東へ走って行った。
「癒しの巫女が……ロイズ、彼等を追いかけよう」
「そうだな。にしても初日で会えるとはツイているぞ」
目的の人物である癒しの巫女が居るという方角へエビル達も走る。
国内の治療全てを引き受けているのもあり人気ぶりは凄く、話していた男二人の他に何十人も同じ方角へと走っていた。人と人の間を通り抜けて行くと、数十メートル先に雑踏が存在した。多少強引に人同士の隙間を掻き分けて通れば雑踏の原因が分かる。
一軒の民家の前に重傷の男が倒れており、黄緑のドレスを着用した緑髪の少女が彼の傷口に手を当てている。周囲に護衛と思わしき白い隊服の兵士達が居るせいで見えづらいが――見えた。
腕が潰れて苦しんでいる男に触れ、座ったまま目を瞑る少女。
彼女の祈りで潰れた腕がみるみる治って元通りになっていく。あまりに常識離れした光景に、集まっていた人達は「おお」や「すごいわ」などと驚きの言葉を漏らす。
どういう原理で治ったのかエビル達も分からず愕然とする。
ただ、エビルは感じ取った。少女が祈った時にどこからかエネルギーが集まっていたことを。
「エビル、あれは……秘術なのか?」
「……分からないけど可能性は高いよ」
彼女には大きな神性エネルギーが宿っているように感じた。その身に宿る力こそ、治癒に必要なエネルギーそのもの。どこかから集まって来たものはおまけ程度だ。
本当に秘術使いかどうか、確かめるため彼女へ向けてエビル達は一歩踏み出す。




