表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
第二部 二章 癒しの巫女
191/303

助けるための違反


 少年の家に入ったエビル達は病人だという父親の下に来た。

 寝込んでいる父親は顔色が悪く、確かに見ただけでも具合が悪そうなのが分かる。イフサがじっくり診たが難しい顔をして押し黙った。彼から感じられる感情は後悔、悲しみ。恐らくだが診ても何一つ分からなかったのだろう。


 仕方ない話だ。先程ロイズが言った通り彼は医者ではない、商人だ。

 エビルは彼を高く買っているが、それでもどうしようもない状況は必ずある。


「どう……? 治りそう……?」


 純粋な少年の言葉にイフサはたじろぐ。

 少年は彼の言葉に疑い一つ掛けなかった、本当に純粋な子供だ。そんな期待する少年の前で何も分からなかったと告げるのは辛い。唇を噛みしめている彼が喋るのは暫く後になりそうである。


 そんな時、少年の父親が苦しそうに咳込んだ。

 瞬間、口から紫色の液体が吐かれた。液体といってもスプレーで吹いたように霧状なため、すぐに空気中に溶け込んで見えなくなってしまった。あまりに異常な容態にエビル達は目を見開く。


「な、何だ今のは! 口から何か妙なものが……!」

「今まで様々な場所を訪れたが初めて見る症状だな」


 ロイズやマネンコッタが驚愕しているとイフサの口元が歪む。


「坊主、お前さんの父親、こうして倒れる前に外へ出掛けていたか?」


「……うん。お父さん、村を守る凄い人だったから外へ魔物退治に」


「イフサさん、何か分かったんですか?」


 彼から納得の感情を感じたエビルは問いかける。


「まあな、この特徴的な咳は病気なんかじゃない。毒だ。……このゼンライフ大陸のどこかに生息している魔物、ポイズムカデの持つ危険なやつさ。喰らえばじわじわと死に近付くその毒は、咳込むと毒の粒子を吐き出すって本に記載されている」


「ポイズムカデだと? 確かにこの付近で出没するが奴の毒は……」


「世間的にはあまり知られていないが奴の毒には二種類あるのさ。この本読んどけ、色んな毒が載ってるから勉強になるぜ」


 イフサは腰にある収納袋から【世界の毒大全】なる本を取り出してマネンコッタへと投げる。分厚い本だ、受け取ったマネンコッタが読もうとしているのでエビルとロイズも覗き込む。


 その間、彼はさらに収納袋から赤い液体の入った瓶や青い薬草などを取り出す。真剣な表情で薬草をすり潰したり、複数の液体を混ぜたりしているのは解毒薬を作っているのだろう。作る工程を見るのは初めてだし見てみたいが【世界の毒大全】も気になる。


 結果本を選択したエビルは他の二人と一緒に黙読した。

 ポイズムカデとは人間の子供くらいに大きいムカデの魔物であり、二種類の毒を持つ。世間的に知られているのは市販の解毒薬でも治る軽度なものだが、もう片方は町崩しとも呼ばれるとても危険な毒。過去、その毒の患者が死亡した後で体組織が変化し、触れただけでも毒に侵される毒物と成り果てた。


 町崩しは一つの町の人間全員を毒殺したことが名の由来である。

 治療法はブルリア草と特定の魔物二種の血液で生成した解毒薬一つ。

 町崩しと思われる症状の者がいたら、速やかに解毒薬を投与すべし。さもなくば悪夢が再び繰り返されるだろう。……と、本には記載されている。


「さてと、出来た出来た。後は解毒薬を飲ませて、と」


 イフサが声を上げたので既に完成したらしい解毒薬に視線が集まる。

 黒い点が混じった紫色のドロッとした液体だ。見た目は毒薬にしか見えない。


「イフサ、もう一度言うぞ。この国では癒しの巫女以外の治療は基本的に禁止されている。メイジョ協会の連中の許可がなければ犯罪者だ。この件がバレれば君は兵士に拘束される。……それでも、その男を治すのか」


「ああ治すね。俺はどうも、困っている奴は見捨てられねえ質らしくてよ」


「……ならば、もう何も言うまい。好きにしろ」


 マネンコッタに何を言われてもイフサは決意を曲げない。

 後先考えていないからではない、後で国に捕まるとしても人を助けたかったからこその行動だ。助けるための違反だ。彼は寝込んでいる男に躊躇なく解毒薬を飲ませる。

 少年の父親の顔色はみるみる良くなって赤みを取り戻していった。


「坊主、これでもう大丈夫。お前さんの父親は元気になるぜ」

「本当に?」

「ああ、本当だ。俺が治してやったからな」


 子供の目線に合わせるため座ったまま向き合う彼は笑顔で告げる。


「わああ、すっごいや! おじさんは癒しの巫女様と同じ力が使えるんだ!」


 まだ父親が起きていないにもかかわらず純粋な少年は喜んだ。


「おじっ……あ、ああ、そうだぜ。……俺まだ二十代なんだけど」


「僕ね、癒しの巫女様に会った時に貰ったお花まだ育てているんだ! でも最近お世話出来ていなかったから枯れ始めちゃって……ねえおじさん、おじさんの力でお花も元気にしてよ!」


「は、花を? いやあそいつは無理かなあ。俺は植物学者とかじゃねえし」


「えーでも癒しの巫女様は枯れたお花を元気にしてくれたよ。他にも地面にお花を生やしてくれたし。……でも、お父さんを治してくれてありがとう! 僕それだけですっごい嬉しい!」


 最初の泣き顔からは想像もつかない晴れ晴れとした笑顔で少年は感謝した。

 感謝を素直に受け取ったエビル達は少年の家を出て、フォノン村出口へと向かう。


 道中、ロイズが息のかかる距離までエビルに寄って来た。

 唐突な接近に心がざわつき、胸が高鳴る。少しでも腕を横に動かそうものなら彼女の膨らんだ胸に触れてしまう。一度殺そうとしてきた相手とはいえ美女に接近されると動揺する。彼女の性格から揶揄い目的でないことは確かなのだが。


「エビル、先程の少年が話していた癒しの巫女という方」


 前を歩くイフサやマネンコッタに聞こえないよう耳元で囁いてくる。

 むず痒い感覚を味わいながらも彼女の言いたいことを理解した。


 先程の少年が話した癒しの巫女と呼ばれる者の力は異質だ。最初話題になった時は凄腕の医者かと思っていたが今は違う、医者は枯れた花を元気に出来ない。そんな異質な能力の心当たりといえば一つしかない。


「うん、恐らくだけど……秘術使い」

「例えそうでなくても確かめる必要がありそうだな。秘術使いでないのなら、人間でない可能性すらありえる。聖国で絶大な権力を持つメイジョ協会に所属しているのは権力目的かもしれん」


 人間に化けられる魔物もいるし、人型の悪魔もいる。ロイズの言うことも納得出来るがエビルは秘術使いだと信じたい。

 花は植物。風林火山と分けられている秘術の中で植物に干渉出来そうなのは林。

 癒しの巫女が林の秘術使いである可能性は十分ありえる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ