襲撃のイレイザー
ソラの自室の扉を乱暴に開けて叫びながら入室してきたのは一人の兵士だった。慌てているのが表情から読み取れる、切迫した空気に変化させたその兵士は息を切らしながら叫ぶ。
「敵は一人! とんでもない強さでっ、ただいま兵士団ほぼ全員で対処していますがっ……防戦一方です! このままではいずれ……。どうかお逃げくださいソラ様!」
「王城に一人で攻め込んでくるとは……」
王城といえば兵士団が基本的にいなくならないアランバート王国の要とも言える場所。戦力が集まっているそこにたった一人で襲撃してくるなど正気の沙汰ではない。余程自信があるのか、ただの阿呆なのか。目を見開き呆然と呟くソラは敵のことを考えて真面目な表情になる。
「エビルさん、この城には避難通路が存在します。客人であるあなたを危険な目に晒すわけにはいきません。ここは私と共に避難してくれますね?」
「分かりました。一先ず安全な場所までソラさんに付いていきます」
ソラが席を立ち、続けてエビルも立ち上がり入口の方を向く。報告に来た兵士はまだ残っているため、護衛をエビルだけですればいいというわけでもないだろう。それに兵士最強のタイタンだって傍にいる。危険から守りつつソラを避難させるには十分だ。
「では自分も護衛として一緒に――」
兵士の言葉を「待て」とタイタンが遮る。
「貴様、敵から逃げてきたのか?」
強烈な威圧感が放たれて兵士の額に汗が滲む。弁解するように兵士は慌てた口調で素早く口を動かす。
「このままでは押し切られると考えた他の団員が俺を逃がしてくれたのです! 王女様の身を守るのも兵士として大切な役目であるため俺もこれより護衛の方に回るつもりです」
「我が団には敵に背を向けて逃げるような愚か者も、それを是とするような腑抜けもおらんわあ!」
大振りの拳が振られて兵士はバッグステップで回避する。いきなり殴りかかったタイタンに「何を!?」と動揺して叫ぶと、回避の動きが原因か上衣の袖から小型の刃物が落ちた。
「ついでに攻撃を避けるような者も今はいない」
瞬時に距離を詰めたタイタンは、しまったというような表情になった兵士をすぐ後ろの壁まで殴り飛ばす。そしてタイタンは気絶した兵士からエビル達へと振り向く。
突然の凶行に放心してしまうエビル達に彼は一言「敵です」と告げる。その一言で二人にさらなる緊張が奔る。
「この者は変装した敵です。おそらく床に落ちたナイフで護衛と称して殺害する計画だったと思われます。私はすぐに他の敵を見つけ出して殲滅しましょう。ソラ様は彼と一緒に避難してください」
兵士団最強のタイタンが向かえば襲撃者もどうにかなる可能性が高い。一先ずエビルはソラを一人にするわけにもいかないので避難場所に急ぐことに決めた。
* * *
アランバート城一階の光景はまさに酷いものと化していた。石床の上には数十人の兵士達が倒れており、その内の一人の頭を踏みつけて襲撃者は嗤う。
黒いローブを着て、フードを深く被っている襲撃者相手に残っている兵士は逃げ出さない。アランバート流の信念とでもいうべき決して引かない姿勢。まだ到着したばかりのヤコンは両手で剣を構えて敵を見据えている。
「弱いねエ、アランバート王国の兵士ってのもこんなもんかア?」
襲撃者は拳を構えて兵士の一人に急接近する。近付かれた兵士の表情は、これから来るだろう数十もの同僚を倒した拳で恐怖に染まっていく。
怖いと思っても逃げられない。足が竦むのもあるがアランバート流は相手の攻撃から逃げないのだ。剣を横にして腹で受けようとして防御――の前に拳が顔面にめり込んだ。そのたった一撃で額の骨が割れ、吹き飛んだ兵士の一人は気絶する。
「だがいいとこはあるぜてめーらア。攻撃を避けない剣術ってのは敵からの攻撃に対する恐怖も克服して当然なんだろうが、どうしても克服なんて出来ないもんってのはあるよなア! 恐怖に歪むテメエらの顔は実にいいぞオ!」
「くそっ、ふざけやがってえええ!」
隣にいた兵士が剣を振るうも襲撃者は嗤いながら身軽な動きで横に逸れ、絶対に避けないという相手への信頼から大振りの拳を顔面に叩き込む。
全て大振りなのは直撃までの引き延ばされた時間で恐怖の表情が出やすいから。顔面への攻撃なのは軽鎧を纏っているゆえ効果的にダメージを与えられるのが顔面だから。そんなことを知る由もない兵士達は次々と殴り倒されていく。
ヤコンは只者でない動きに翻弄され心が不安定になっていた。襲撃者はそんなヤコンの元へと駆けて来て、またもや大振りの拳を繰り出そうとしていた。このまま防御しようとしては他の兵士と同じだ。そう思ったヤコンは相手を両断しようと素早く剣を振るう。
決死の表情で「うおおおおお!」と雄叫びを上げながら振るった剣は、当たる寸前で上へ跳ばれたことで頬を掠る程度。肉を切らせて骨を断つ、捨て身の攻撃でも襲撃者を打倒するには至らなかった。
剣を振り下ろしたヤコンはすぐに顔を上げ、天井に両足を付けて踏み込んでいる襲撃者の姿を目にする。驚愕して次の行動しようとするも間に合わず、襲撃者が下に跳んでヤコンの額を勢いよく殴りつける。強烈な一撃にヤコンの背が後ろへ曲がり石床に後頭部を打ちつけた。
仰向けになったヤコンは視界がチカチカと点滅しており、手足の力も抜け始めてもう立つことが出来そうにない。反撃すら出来ないヤコンだがいつまでも死が来ないことを不思議に思う。すぐにでも追撃されて殺されそうなものだが何も来ないのだ。それもその筈で、襲撃者は倒れた兵士達の傍に立つ男を警戒していた。
現れた筋骨隆々な男はタイタン。アランバート兵士団最強の男。
「強そうな野郎だなア。俺はさァ、テメエみたいなやつの恐怖の表情が大好物なんだよねエ。いっちょ他の雑魚共みてえに怖がってくれや」
歪んだ笑みを浮かべている襲撃者は躊躇なく駆けて殴打を繰り出す。防御する素振りも見せなかったタイタンの顎下に直撃し――粘つくような笑みが崩れた。
直撃したというのに吹き飛ぶことがない。痛がる素振りもない。つまり襲撃者の拳はタイタンに全くといっていいほど効いていない。
「おいおい、マジかテメエ……」
「この程度で倒れてやるほど脆弱な肉体はしていない。我々のいる城へ攻め込んできた覚悟と、勇気だけは認めてやるが、もうすでに貴様の死は決定した」
襲撃者は腕を引っ込めようとするがそれは掴まれることで止められた。がっしりと大きな手で掴まれて前にも後ろにも腕はびくともしない。
「なっ、くそっ……!」
どうにかしようと藻掻く襲撃者に剛腕の一撃が叩き込まれる。見た目通りに強力な殴打に襲撃者は「げびゃばふっ!?」と意味不明な奇声を上げて吹き飛んだ。そして石床を転がっていくうちにフードが上がり、緋色の髪がぶわっと現れた。
やがて回転が止まった襲撃者は立ち上がり細目でタイタンを見据える。鼻血が勢いよく垂れていくのを気にもせず襲撃者は言い放つ。
「くひゃひゃっ! いいねエ、実にいイ。仮にもこのイレイザーともあろう男が歯も立たないとはねエ。テメエの恐怖を意地でも見たくなっちまうなア!」
「貴様如きに恐怖することなどない。何者かは知らんが処刑するのみ」
イレイザーは「ん? ああ、俺?」と口にしながら、懐からL字型の奇妙な道具を取り出して先端をタイタンに向ける。
「一応魔信教ってので四罪とかいうのやらせてもらってまーす」
タイタンから「なにっ!?」という動揺の声が飛び出る。
目を見開いて驚愕すべき事実が複数存在した。噂の魔信教。それにエビルからもたらされた情報にあった四罪という存在。そしてイレイザーが持っていた道具から光線が出て――タイタンの胸を軽鎧ごと貫いた。




