船上での出会い
船のスピードは遅いので到着までかなり時間がかかりそうだ。
甲板の上から景色を眺めているのも長く続かない。煌めく青い海は綺麗だが代わり映えしない景色。いくら綺麗といっても同じ光景を視界に収め続けると飽きるのも早い。
ジッとしているのも耐えられなくなったエビルが船員に訊ねたところ、ゼンライフ大陸への到着は十五日も掛かると言われた。
つまりあと十五日間、のんびりとした船旅は続くわけである。
楽しめと言った直後にエビルが楽しめていない。船内にある施設はカジノや飲食店、武器防具を扱う店など豊富だが十五日は厳しい。あまりにすることがなく、アギス港で購入した剣の手入れをしてから初日は宿泊客用の部屋で就寝した。
二日目、早朝。
まだ早い時間なので誰も居ない甲板にて、エビルとロイズは鍛錬を積む。
摸擬戦を行って互いの力を伸ばすのも忘れない。結果はエビルの全戦全勝。……とはいえロイズの槍遣い、素晴らしい力強さで危ない場面は何度もあった。ビンにこそ負けたらしいが敗北を糧に成長している。もっと鍛錬を積めば七魔将にも通用するレベルに至れるだろう。
「流石だな。私はまだ力不足か」
「七魔将相手でなければ問題ないと思うな。改善点としては……たぶんだけど、技術かな。ロイズの槍技は力強さが印象的だ。でも、柔らかさがないって言うのかな。フェイントは使っているからいいとしてその他の細かな技術さ。あ、あと攻撃技も大事だけど防御技も鍛えないと」
「君の意見だ、参考にさせてもらう。私も足りない部分がそこなんじゃないかと思っていたしな。きっと、私がもっと強くなるためには繊細な技術が必要なんだろう」
「そうだね。よし、もう一戦くらいなら出来るけど……その前に、そこに隠れている人に出て来てほしいんだけど? 摸擬戦の途中からずっと見ていたよね?」
実は途中、曲がり角から誰かに見られている気配をエビルは察知していた。
敵意や殺意はなく、純粋な好奇心を感じたからこそ放置したが去る様子はない。このままずっと隠れた誰かから見られるというのは気分的にも悪い。いっそ堂々と出て来て見てくれれば気が楽だったのだ。……因みに摸擬戦中の危ない場面の一つが気配を察知した時だったりする。
ロイズは気付いていなかったようで、エビルが視線を向けた先へと慌てて槍を構える。敵ではないと思うが彼女の判断は正しい。どんな状況下でも不審な相手が居たら警戒するべきだ。エビルだって一応戦闘準備はしている。
観念した曲がり角の不審者はパチパチパチと拍手しながら姿を現す。
巻いているターバンから髪の毛が数本はみ出ており、黒いベストと幅の広い白ズボンを着用している褐色肌の男性。彼の姿を目にしたエビルは目を丸くして唖然とした。
「やっぱり凄いなお前さんは。気付かれているとは思わなかったぞ」
「――い、イフサ、さん?」
「よっ、久し振りだなエビル」
現れたのは砂漠王国リジャーで出会った商人イフサ。
猛毒に侵された仲間の解毒剤を作ってくれたり、牢屋から救い出してくれた恩人でもある。プリエール神殿で別れたきりだったため再会を想定していなかった。
「知り合いか?」
「うん、一時期一緒に旅をした仲間……で、いいんですかね?」
「何言ってる。俺は仲間だと思っていたんだぜ、迷うなよ」
旅をしたとはいえエビルは彼の護衛という形で同行していたのだ。仲間とは少し違うように感じていたものの、本人が気にせず仲間だと認めてくれているのなら非常に嬉しい。
アギス港へ連れて行ってくれたホーストといい、懐かしい顔に出会うと心が和む。欲を言えば共に旅をした仲間全員に今すぐ会いたいが……偶然とは何度も起こらない。何度も起こるならそれはもはや必然だ。
「レミやセイムはどうした? 今は一緒じゃねえのか?」
「二人は己の目的のため違う場所で頑張っています。今は彼女と二人で旅をしていまして……。彼女はロイズ。共通の敵がいるので同行しているんです」
「どうも初めまして。ロイズ・ヴェルセイユだ」
「俺の名はイフサ。しがない商人さ」
初対面の二人同士が挨拶して頭を下げる。
「そういえばイフサさんはどうしてこの船に?」
「おいおい、俺は商人だぜ。んなもん商売のために決まってんだろ。この船の行き先、モクトリア聖国あたりで商売しようと思ってな。あっちはまだ行ったことなかったしよ」
考えてみれば商人が訪れる理由など決まりきったものだ。
アスライフ大陸から出た後、アギス港のあるオルライフ大陸で活動していたと彼の口から話中に明かされる。エビルが魔信教壊滅の旅をしている最中、故郷に戻って孤児達の面倒を見ている最中、当然といえば当然だが彼は彼自身の仕事をしている。近況を聞くのは知らない一面を知るようで意外と楽しい。
「お、そうだそうだ。お前さん達に紹介しておこう。俺が雇った新しい護衛。おーいマネンコッタ! お前さんも一緒に話さないか!」
最初にイフサが現れた曲がり角から緑の長髪が一瞬見えた。
エビルが感じた気配は二人分なので護衛とやらが残りの一人だろう。しかし好奇心などの感情はイフサ一人分でありもう一人は完全に無関心。視線は感じたから見ていたのは間違いないが、エビル達の戦闘を見ても微塵も心が動いていないことになる。
風で靡いた緑髪の次に高身長の体が視界に入った。
動きやすそうなベージュと紺の衣類。細身だが密度の高い筋肉。腰には左右に一本ずつ刀を帯刀している。面倒そうに歩いて来る男はこの瞬間も決して気を緩めていない。エビル同様いつでも戦闘可能な状態だ。
「こいつはマネンコッタ。最近雇った腕のいい傭兵なんだ」
「よろしくお願いします。マネンコッタさん」
握手を求めたがパシッと手を払われた。
「悪いけど、利益のないことはしない主義なんだ。君と仲良くして利益があるとは思えないし握手は遠慮しておくよ」
エビルは地味にショックを受ける。
これまで拒絶されたことはあるがこんなにも直接的なのはシャドウ以来だ。いや、彼なら握手くらい応じてくれるかもしれない。したくはないが惨めな気持ちにはならなくて済みそうである。
嫌っていない友好的な相手への態度に疑問が出た。嫌ってほしいような態度だが感情は何も動いていない。マネンコッタにとって誰かの求めた友好的な握手を拒否するのは至極当然らしい。
「利益がないかどうかなんて分からないと思いますけど」
「彼から聞いたけど君、結構強いんだろ? 俺は傭兵。関わって利益があるのは自衛手段の乏しい弱者だけさ。もっとも、金さえ払ってくれるなら仲良くしてもいいけどね」
「……そ、そうですか」
こうもはっきり言われてしまうと何も言えなくなる。
実際、現段階でエビルが傭兵を雇う必要はないし、傭兵からすれば関わっても仕事にならない相手だろう。だからといってあからさまに関与しませんという態度を取られると凹む。
「あーあー悪い悪い! こいつ腕がよくても性格に難があってな。悪人ってわけじゃないから無礼な態度とかは許してやってくれ。ちゃんと仕事はやってくれるからさ、俺は頼りにしてんだわ」
フォローしたイフサに「いいですよ、全然怒ってませんから」と返す。
怒る段階にまで達さず、こんな人もいるんだなあ程度の認識だ。ショックは受けているがすぐ立ち直れるレベルだし、まだ笑っていられた。なんせ初対面で殺そうとしてくる輩も居たのだから全然許せる。
「ま、こいつのことは置いといて、この船に乗ってるってことはお前さんらも行き先はゼンライフ大陸だろ? 目的は違うかもしれないが仲良くしよう。またエビルと会えたのも運命的で嬉しいしよ」
少し談笑してからイフサ達はどこかへ去って行った。
ロイズと二人きりに戻って摸擬戦の続き……といきたいところだが残念なことに時間切れである。甲板に人の居ない早朝だからこそ安心して行えたが、イフサとの会話で時間が経ってしまった。さすがに人の居る場所だと危ないので摸擬戦は行えない。
「……何というか、心証が悪い傭兵だったな」
「でも腕は確かみたいだ。彼が強いのは一目見て分かったし」
「腕が確かでもあの性格では雇用もされづらいだろう。……さて、もう一戦摸擬戦といきたいが時間はなくなったか。鍛錬は中断して船内で暇を潰そう」
迷いなく「賛成」と同意したエビルは暇な時間へと戻る。
これからどうしようかと悩みつつ、真っ青な海を一瞥してから船内へ向かう。




