復讐の道を進む
「……何というか、随分と個性的な男だったな。奴も悪魔なんだろう?」
二人きりになってしまったのもありロイズはエビルへと話しかける。
分かりきった質問をしたのは、二人きりと意識してしまうと若干気まずいためだ。決して恋愛感情などではなく、悪魔を憎むと告げた相手も悪魔だったからだ。いったいどんな顔をして会話すればいいのか分からず窓の外を眺める。
「うん。僕も悪魔なんだけど彼とは結構複雑な関係でね、詳細を話すと長くなる。まあ互いの大切なものを壊して仲が悪くなった兄弟……みたいな感じかな」
「嫌いなのか?」
「嫌いだね。今後何があっても好きにはなれないさ」
ロイズが「そうか」と返すと一旦会話が途切れた。
観光をしていた時の接しやすさが失せた今、気持ちがぐちゃぐちゃで未だ整理出来ていないのもあって中々言葉が出て来ない。
原因はエビルが人間ではなく悪魔だったという種族の違い一つ。
「それじゃあ、僕は自分の部屋に戻って寝るよ。今日は疲れたし」
「……ああ、私も寝た方がよさそうだ。余計なことばかり考えてしまう」
彼が部屋から出た後でロイズは設置されている風呂を沸かす。
寝る前に体は清潔にしておかなければならない。特に戦闘で体も傷付いたし、汚れも酷い。傷口や汚れを洗うくらいはした方がいいだろう。美を重視する国に生まれたロイズにとっては放置して寝るなどありえない。
脱衣室にて服を脱いで綺麗に畳み、浴室へと入る。
レバーを捻ってシャワーから出したお湯を浴びながら色々と考えてしまう。
今後のエビルへの対応をどうすればいいのか真剣に悩む。彼が人間であってくれれば、種族を隠し通してくれればこんなに頭を悩ませることもなかったのだが。
憎む種族など個人的な理由以前に悪魔は人類の敵。
魔物の中にも人間と共存する者はいるが極少数の種族のみ。悪魔はそこに含まれず、神官などに見つかれば即襲撃されるような扱いだ。差別ではなく、危険だと人間側が理解しているから当然の処置だ。彼とて例外ではない。
アスライフ大陸で勇者と呼ばれるほど慕われているらしいが……彼を慕う人々は正体を知っているのだろうか。仮に知らなかったとして、知った後も変わらず接せるのだろうか。もしそんなことが出来るのなら本気で彼を好いている証だ。
体を洗い終わったロイズは、ボタン一つで沸いた風呂へと沈む。
お湯に浸かる気持ちよさに思わず「ふぅ」と声を漏らしてしまう。
風呂は良い、リラックス出来る最高の場所だ。……しかし今日だけは頭の中がぐちゃぐちゃで堪能出来ない。大きな悩みは一時的にすら消えてくれなかった。まるで今すぐ向き合えと誰かに言われているようだった。
のぼせる前に風呂を出て寝間着へと着替える。
可愛らしいピンクの生地に兎がプリントされた上着と青いスラックスだ。侍女以外には見せたことのないロイズのお気に入り。普段の言動から男っぽいと評されるのも多々あったが、見ていると癒やされるのもあって可愛いものには目がない。
白いベッドへと寝転がり……数十分が経過した頃。
悩みすぎて寝れないロイズは起き上がり、床に置いてあった槍を持つ。
部屋を出て、向かうはエビルの居る部屋。観光中に教えてもらったので迷うことなく辿り着く。不用心なことに施錠されていなかったため侵入出来てしまった。ここで鍵が掛かっていれば素直に引き返せたのに……ロイズの足は止まらない。
エビルはベッドで寝息を立てていた。
無防備な姿だ。まともに戦って勝ち目がなくとも、寝込みを襲えば容易く殺せる。手に持つ槍を頭目掛けて振り下ろすだけで命を奪える。……悪魔相手に慈悲は必要ない。悪魔を殺すのは人類のためだ、誰もロイズを責めないだろう。
槍の穂先をエビルの額の真上に持っていく。
起きる気配はない。震える腕で槍を持ち上げて彼目掛けて――。
「……くっ」
振り下ろそうと思った槍を彼の真上から退ける。
結局、彼を殺すことは出来なかった。怖気づいたと言われても反論出来ない。
未だ悪魔への憎悪は消えていないがエビルは殺せない。裏がある可能性は残っているが彼個人は善人のように感じた。彼には二度も救ってくれた恩がある、このまま恩を返さず殺すのは道徳の欠けた行為だ。
今日判明した事実も躊躇せる要因の一つとなる。
七魔将と会うには秘術使いの傍に居た方が手っ取り早い。
世界に四人しかいない秘術使いを捜すのは厳しいし時間も掛かる。ギルドで集まる情報にも限度があるし都合よく見つけられないはずだ。しかし今目の前にエビルという風の秘術使いが存在している。ここで激情に呑まれて殺してしまえば目的から一歩遠ざかる羽目になってしまう。
今後エビルと行動を共にした方が七魔将と出会える確率は高い。
サイデモン・キルシュタインにも会えるかもしれない。みすみす目の前の好機を逃すほど感情的ではなく、冷静な判断を下したロイズは自室に戻った。
例え悪魔と共に行動することになってもいい。最優先は――復讐なのだから。
* * *
大きな汽笛の音が港に鳴り響く。
船に乗り込んだエビルは隣に立つロイズを一瞥する。
数日前は本当に焦ったのだ。寝ていた時にうっすらとした殺意を感じ取って、慌てて気配を探索すると彼女のものらしき気配が傍らに存在した。悪魔を憎んでいる彼女ならやりかねないと警戒はしていたが、正義心の強い彼女が寝込みを襲って来るとは予想していなかった。
一応彼女本人から謝罪されたし、純粋に七魔将打倒のため協力したいと申し出を受けている。同行を許可したはいいが暫くは安眠出来ないだろう。なんせ一緒にいると刺すような敵意が常に向けられるのだ。以前はよほど仲間に恵まれていたのだと改めて実感している。
「エビル、目的地はあるのか?」
「ああうん、一応ね。シャドウからコミュバードで手紙が届いた。東にあるゼンライフ大陸に情報の集まりやすい場所があるってさ。ギルドって言うらしいんだけど、ロイズは知ってる?」
「アスライフ大陸にはギルド支部がないんだったな、知らないのも当たり前か。ギルドは危険な魔物を駆除する組織だ。アスライフを除く大陸に支部が、ゼンライフ大陸には本部が存在している。元々私が目指していたのもそこだったよ。様々な情報が飛び交うと師から聞いていたからな」
ゼンライフ大陸はアスライフ大陸の東方。
今居るオルライフ大陸からは一番遠いとされている。
遠くても目的地が定まっていると色々楽だ。今回も急ぐ旅になってしまったが船はエビルの意思で急げない。船旅は優雅に楽しめると思われるので心には余裕が生まれている。
「ロイズ、君に強制するつもりはないんだけどさ」
「何だ?」
「旅は楽しんだ方がいい。例え復讐だなんて目的だったとしても」
「ほう、勇者の体験談か? 楽しむ……というのは難しいな」
「あはは、ただの受け売りだよ。以前の一緒に旅をした仲間が言っていたんだ。何事も楽しんでやれるのが一番だと気付かされたよ。難しいのは分かっているけどさ」
出会ってからロイズが心から笑ったところを見たことがない。
復讐に囚われているせいで心が荒んでいる。今も感じられる感情の中に楽しさなどが一欠片もない。滅んだ祖国からアギス港までの旅だって辛いだけのものだったはずだ。心は一時も晴れず闇に覆われたまま。エビルはそんな彼女の心を救いたいと思っている。
「楽しむ時には楽しめばいい。当然、復讐を楽しめなんて言ってないからね。それだと精神がまずい状態になってるから。……でもロイズはまだ正常でいられる。何かを楽しむ心さえ忘れなければこの先も」
「……君の心遣い、胸に留めておこう」
復讐は過去との決着をつける手段の一つ。
彼女がそうしたいと言うのなら止める権利は誰にもない。ただせめて、辛いとき彼女に寄り添える人間が誰か一人でも居た方がいい。復讐を遂げるまでなるべく共に居たいとエビルは考える。
考えが纏まった頃合いで船は動き出す。
東にあるゼンライフ大陸へと向けて、ゆっくりと。




