七魔将 暴力
あの特徴的な衣服と桃色のポニーテールはロイズに間違いない。
人質に取られているのが彼女だと分かった瞬間には勝手に体が動いていた。いや、たとえ人質が彼女でなくたってエビルの足は動いていたはずだ。風の秘術も活用してスピードアップしたエビルは民家の屋根に上り、屋根上を移動し続けて展望台へと急接近していく。
展望台の目の前まで来たら飛び移り、壁をフルスピードで駆け登る。
あっという間に展望台の屋根裏に到着したエビルは木剣を持ち、いつでも戦闘を始められる準備をしておく。
ロイズの強さは知っているので敵への警戒を高める。
そして目にした相手の姿を見て驚愕した。
「人間じゃ……ない?」
愕然とした呟きで気付いたのか金髪の男が振り返った。
大量の黄色い体毛に覆われた、筋肉の発達した肉体。身に着けているのは黒い腰巻きと銀のネックレス。右手に持つ立派な長剣。一見人間のようにも見えるが全く違うように秘術で感じる。さらに原始人のような服装の彼は一目見て強いと理解出来た。
男の左手に首を掴まれているロイズが「エビル……?」と呟く。
呟きを聞いた男は「エビル、だと?」と異常な驚愕を見せる。
「どういうことだ……エビル、それは、その名前は……。つかその顔、シャドウと瓜二つ。右手に風紋。意味が分からねえ、テメエが風の秘術使いで勇者ってことなのか? 悪魔が秘術使いで勇者なんて何の冗談だ? あいつ、どういう理由で隠していたかは知らねえがムカつくぜシャドウの野郎」
「シャドウ? あいつを知っているのか?」
「当たり前だ、同じ七魔将の一員だからな。ま、あんな出来損ないは仲間だと認めてねえけどさあ。……逆にテメエは知ってんのかよ? テメエとあのカスがどんな関係か」
「ああ、僕の出自は全て知っている。けど、七魔将について詳しくは知らないね。教えてくれると助かるんだけど聞かせてくれたりしないかな」
アギス港へわざわざエビルを呼びつけた男と、目前の男は同じ組織の一員だと言う。今のところ詳細不明だが状況を整理すると待ち伏せされていた可能性が高い。
騙された……というのは違う。
何の目的で呼び出したのか聞き出せなかったエビル自身が悪い。そして、警戒を怠っていた事実がこの現状を生み出してしまった。無関係のロイズを巻き込んでしまったのだ。
「はっはっは! なるほど、テメエはあのカスに騙されたな。正確に言うなら死ぬように誘導されていたんだ。なんせ、勇者がこの港町にいるって言ったのはあいつなんだからな! 悪魔のくせに人間に味方したことを後悔しておけ! いいぜいいぜ、なーんも知らねえで死ぬのは可哀想だし冥途の土産に教えてやるよ」
――それから男は気分よさげに語り始める。
彼の名はビン・バビン。悪魔王の配下、七魔将と呼ばれる者の一人。
目的は悪魔王が世界を支配するのに邪魔な存在の排除。
現状厄介な敵は封印の神カシェとその従者、世界に四人居る秘術使いのみ。七魔将総出で各大陸を捜索しているが秘術使いに関しては全く情報が集まらず途方に暮れていた時、シャドウの口からアギス港に風の秘術使いが現れるという情報を得た。
秘術使いの実力は不明なうえ、死んだ直後に次の人間に宿る。
殺しても殺しても永遠に終わらない負のスパイラル。ゆえに強者だった場合は殺し、弱者だった場合は捕縛する。魔王を倒したと噂される勇者なら強いはずなのでビンは殺すつもりで来ている。
「ペラペラ喋ってくれたけど組織的にいいの?」
「……え、あ、やっべえかな。まあテメエを殺せば問題ねえさ」
死人に口なしとは言うが、エビルは目前の彼があまり賢くないのを悟った。
「色々語ってくれたのはいいけど、もういい加減にロイズを解放してくれないかな。目的は僕なんだし、彼女は関係ないだろ。戦いたいなら場所も変えてくれ。町中で君とやりあったらかなり被害が生まれてしまう」
「んあ? ああそうだなあ、この女はもういらねえか」
今思い出したという様子のビンは、左手で首を掴んでいたロイズを放り捨てる。
あまりに雑な扱いにエビルは思わず「んなっ!?」と驚いた。
ここは展望台の屋根上だ、落下して地面に直撃すれば高確率で死んでしまう。
驚きつつも助けるために展望台から飛び出して、彼女の体を抱き寄せる。
つい後先考えず空中に飛び出してしまったが着地する方法はある。クランプ帝国で高所から飛び降りた際、秘術の力をフル活用して無事に着地することが出来た。今回も同じ方法で着地すれば問題ない。
彼女を死なさずに済んで良かったと安心した時――強大な気配が急接近してきた。
「場所変えるんだろお? じゃあ町の外まで行こうぜ」
一応、警戒は怠っていなかった。想像以上にビンの動きが速くて虚を突かれた。
ロイズを最優先に動いたため迎え撃てる体勢ではない。彼女に攻撃がいかないように位置を調整するのが精一杯だ。
嘲笑するビンから蹴りが放たれ、彼女と共に吹き飛ばされる。
凄まじい速度で吹き飛んでいくなか見えてきたのは町の外の草原。
さすがのエビルでもこのまま落ちれば死ぬかもしれない。だから無事でいられる方法を模索し、無傷は無理でもダメージを最小限にする方法を思いついた。咄嗟のアイデアだが試す価値はある。
風とは空気の流れ。つまりエビルが操れるのは空気そのもの。
例えば空気を集めて膜を作り、極限まで柔らかくするとどうなるのか。
硬度の操作など試したことがないため上手くいくかは賭けだ。念のためロイズを自分の上に移動させ、このまま落ちても彼女への衝撃を和らげるようにしておく。
「頼む、上手くいってくれ……!」
空気の膜を作るのは上手くいったのでエビルは思いっきりそこへ突っ込む。
結果として空気を柔軟にするのは成功した。見えない膜に沈み、衝撃がどんどん吸収されていく。しかし硬度操作が練度不足だったせいか空気の膜が破裂してしまい、結局背中から草原に突っ込んだ。かなり落下速度が減少したため背中を強打する程度で済んだ。
「ぐうっ! 何てパワーだ、こんな場所まで蹴り飛ばすなんて……」
感じていた通りビンという男は出鱈目に強い。
シャドウと同じ組織に所属しているのなら納得出来るが想像以上だ。筋力だけでいうならエビルより上なのが今の蹴りで理解出来る。
「はっ、そうだ。ロイズ、ロイズ大丈夫!?」
抱きかかえたままのロイズを草地に下ろして様子を窺う。
元々受けていた傷痕はあるが落下のダメージは少なそうだ。……とはいえ、刃物による切り傷はかなり酷い。顔、肩、腕、背中、腹部、脚と多くの箇所に斬られた痕が存在している。
「……ああ。着地の際、君が地面に当たらないよう庇ってくれたおかげで死なずに済んだ。それについては感謝するが……一つ教えてくれ。君は、悪魔なのか?」
「うん。隠していて……ごめん」
ビンとの会話でとっくにバレているしもう隠せない。
今更隠蔽しようとしても無意味だ。ロイズはエビルが悪魔だと疑惑を持ってしまったし、嘘を吐いてもいずれ真実に辿り着く。出来ればエビルは正体を明かすのをこんな形にしたくなかった。今すぐ襲って来ないのは体が限界なのと、酒場での共闘と町の観光で仲が多少深まったからだ。
「そう、か。私が悪魔を憎んでいると知っていて、そう言うんだな」
「……悪いけど、今はさっきのビン・バビンって男を倒すのを優先したい。ロイズの体は限界だろうし休んでいてくれ。彼は僕一人で倒す」
「暫く体が動きそうにないから休むしかないんだが……いくら君でも」
「大丈夫。確かに彼は強いけど、たぶん勝てるから」
彼女は「そうか」と呟くと目を閉じた。
安心はなく、単純に肉体が限界を迎えたからである。
「――舐めたこと言ってくれんじゃねえかあああ!」
アギス港から高く跳躍して下りて来た誰かが着地。
大きな着地音が鳴り、大地に亀裂が奔り、土煙が多く発生する。
土煙が晴れて姿を現したのは予想通りの人物。たった今目前に現れた男を睨んだエビルは「ビン……!」と怒りの声を零す。




