手掛かり
身を翻し、憎しみを秘めた眼光で男を射抜く。
彼の足を止めるため肩を掴む。
「待ってくれ。いきなりすまないが、今言っていたサイデモンとはまさか、サイデモン・キルシュタインのことではないか?」
男はロイズの手を振り払って「ああ?」と低い声を出す。
「誰だあテメエは。あの爺さんと知り合いかよ」
フルネームを告げても否定しないから間違いない。
目前にいる男は憎き敵と知り合いだ。種族は不明だが悪魔かもしれない。
分からないことも多いが一つだけはっきりしたのは、彼がやっとの思いで見つけた手掛かりだということ。この偶然がもたらした出会いを無駄にするわけにはいかない。背にある槍を手に取って、男の首に先端を突きつける。
上級悪魔は相手取るのが厳しい相手である。ロイズより格上だった師、ナディンすら勝てなかったのだから今の自分が勝てるはずもない。ただ、だからと言って引き下がるつもりはない。ここで戦闘になって死ぬのすら覚悟した上で行動している。
「奴の居場所を吐け。教えれば貴様は見逃す」
当然見逃すつもりはない。本当にサイデモン・キルシュタインの関係者なら危険だ、少しでも隙を見せれば仕留めるつもりの一撃を放つ予定だ。
「はーん? さては復讐か? あの爺さんの尻拭いをなーんで俺がやんなきゃいけねえんだっての。……まあいいかあ、丁度暇してたところだし。こりゃ、後で借りでも押しつけてみっかな」
「……返答は」
「返答ねえ、答えなら一つだ。人間の分際で生意気なんだよバーカ」
頭が煮えたように感じた瞬間、男が急速に移動する。
想定していたより遥かに速いスピード。瞬時に真横へ移動され、槍を構え直す暇もなく太い腕で殴り飛ばされた。町内の店へと突っ込んでしまい、窓ガラスを貫通して店内を転がる。派手に散乱したガラス片で肩や頬を切ってしまったがすぐに立ち上がる。
ロイズが突っ込んだ店は宝石店だったらしい。中に居た店員や高価な服を着た客達は大パニックであり、何だ何だと騒ぎ狼狽えている。一早く事態を察して逃げ出す者もいた。
「皆、早く逃げろ! 魔物だ!」
「魔物じゃねえ、上級悪魔だっての」
ガラスが破壊された窓の奥を見てみれば、フード付きローブをビリビリに千切る男の姿。やはり想像していた通り人間ではない風貌。大量の黄色い体毛に覆われた肉体、それを隠すのは黒い腰巻きのみと心許ない。非常に筋肉が発達した金髪碧眼の男が店へと歩き出す。
店内で迎え撃てば、まだ驚愕から抜け出せず逃げていない一般客が被害に遭う。戦いとは無縁だと思われる店員や客達を守るため、ロイズは雄叫びを上げながら槍を構えて突進していく。
男はネックレスの先端に付いている超小型短剣を掴み、ロイズの放った渾身の突きに合わせ、槍の先端と短剣の先端が衝突するように突き出した。どう見ても戦闘用ではない玩具のような短剣で止められたのはショックだった。
「貴様、何の真似だそれは! その短剣が武器と宣うつもりではないだろうな!」
「こいつは俺に与えられた魔剣デスサイバー。玩具と舐めてたら痛い目見るぜ」
「魔剣……拍子抜けする見た目だな。満足に戦えるとは思えん」
魔剣といえば特殊な力を秘めた高性能な剣だとロイズの知識に有る。
とてもではないが目前の玩具のような超小型短剣がそうだとは、いくらそうだと言われても効果を見るまで納得出来ない。先程の攻撃の相殺は本人の技術と筋力しか使われていない。
再び突くと槍がデスサイバーに弾かれ、数歩下がってしまう。
「甘く見るなよ。後悔すんぜえ?」
「黙れ。サイデモン・キルシュタインの居場所、必ず吐いてもらう」
せっかく見つけた手掛かりだ、この機会を棒に振るわけにはいかない。
格上だと理解したうえでロイズはビンに立ち向かう。しかし文字通り格上である男はロイズの突き技をことごとく避け、デスサイバーを握った手でアッパーを繰り出してくる。顎へもろに受けたため頭が痺れるような感覚に襲われ、宝石店の屋根上へと飛ばされた。
ほんの僅かにロイズの意識が飛んだ。
目覚めた時、視界に入って来たのは高く跳躍してから降って来る金髪碧眼の男。
筋肉の弾丸が降って来たのを見て慌てて横へ転がる。男が着地した場所には大きな亀裂が奔り、あの場所に留まっていたら体が潰されていたという想像をしてしまう。
「おうおう死んでねえのか。まだ遊べるな」
「ほざいていろ悪魔が!」
槍による大振りの横薙ぎを男が躱す。
この躱された瞬間、ロイズは相手の初動に目を凝らす。
先程のアッパーも初撃も見えないわけではなかった。防御こそ出来ないものの、辛うじてどんな攻撃が来るのかは見えた。おまけに油断しているせいか男の動きは非常に単純。今も大振りで殴りかかろうとしている。
攻撃の初動を捉えたロイズは、素早く突き出された拳を屈んで回避する。
軽く目を見開いた男の驚き顔は見物だがゆっくりと眺められない。
速やかにロイズは両足に力を込めて飛び上がる。
高く、高く、男の頭を優に越すほどに高く。
空中で縦回転をかけ、回転の勢いを加えたまま槍を相手に振り下ろす。
師であるナディン大得意の槍技〈フルムーン〉だ。単純な破壊力でいえばロイズの持つ槍技の中で一番。普通の相手なら外しようのないタイミング。……だが、男が素早く後方へ下がったため、放った〈フルムーン〉は肩を僅かに抉る程度しか傷を残せなかった。
男の肩に出来た傷口から暗緑色の血が流れて、濡れた黄色の体毛の色が変わる。
「……ちぃ、まさか人間如きに傷を負わされるとはなあ。そこらの雑魚だと侮りすぎてたか。ちょっとはやる気出さねえとまーた傷が出来ちまう。お遊びは終わりかねえ」
男がロイズに視認出来るスピードで接近してデスサイバーを横に振るう。
首目掛けての一撃だが今回ははっきり見える。躱してからもう一度〈フルムーン〉を放とうと考え、後方へと跳んで下がった時――変化が訪れる。
――魔剣デスサイバーの剣身がグンと伸びた。
短剣は長剣へと早変わりした。
空けた距離が不十分になり、伸びた剣身がロイズの首へと迫る。
咄嗟に槍で軌道を上へと逸らすことで死は回避出来たものの、男の発達した筋肉で振るわれた一撃は恐ろしく強い。逸らすだけで精一杯だったため、体勢を崩して店の屋根を転がってしまう。
「まさか、今のが……」
「察したか? そう、今のがこの魔剣デスサイバーに秘められた能力。剣身を自由自在に伸縮させる力だ。魔剣の能力を開示したからには本気でやらせてもらうぜ。……まあ安心しろ、テメエはすぐに殺さねえさ。ターゲットを誘き出す餌として有効活用してやらあ」
技術は差し置いて肉体能力は相手の方が遥か格上。
おまけに厄介な能力を秘めた魔剣持ち。
正直ロイズの勝算は限りなくゼロに近付いていた。
それを理解しつつ、ブレない正義心で槍を構える。
* * *
港町の中心に聳え立つ展望台からゴーンゴーンと鐘の音が町に響く。
時計という時間を確かめるための長針が一周、つまり一時間が経過した合図。
ホテル【ラフレシア】に戻る途中で聞こえた鐘の音にエビルは立ち止まる。いや、正確には鐘の音と同時に不穏な風が漂ってきたからだ。恐ろしく冷たい邪悪な風が吹いている。
「おら聞けや人間共おおおおおおおおおおおおお!」
唐突に低音の大声が聞こえたので発生源へと振り向く。
展望台の屋根上だ。距離が遠いせいで見えづらいが二人の男女が立っており、男が女の首を片手で絞めながら叫んでいる。平穏ではない光景を前にして、多くの通行人と一緒につい目を疑う。
「テメエらカス共に用はねえが、この町に勇者とやらが居るはずだ! 風の秘術使いとも言うがまあ何でもいい。おいクソ勇者、今すぐ俺の前に来なきゃこの女をぶっ殺すぞ! もし来ねえようなら町の人間皆殺しだ! ヒャッハハハハハハハハ!」
「狙いは僕か……。ん? 待て、あれって……」
目をよく凝らせば人質の衣服が見える。
黒い薔薇が描かれた、腰から下の幅が広い白服。裾がかなり短い紺の短パン。膝まである長めの白いブーツ。特徴的な服装が目に入った瞬間、人質が誰かを理解した。
「ロイズ……!」




