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【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
第二部 一章 動く七魔将
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飲酒


「おっとすまない、こちらの話が長くなってしまった。君も注文したらどうだ?」


 言われて思い出したが二人は店主から無料利用を許可されたのである。

 ただ「そうだね」とは言ったものの、酒場に来るのも酒を飲むのも初体験。

 かつての仲間、サトリは酒好きだったため今居れば意見を聞きたかった。居ないものは居ないで仕方ないので、手元のメニュー表を眺めて何を頼むか悩む。


 カクテルだのハイだのと知らない言葉が並んでいて戸惑う。

 今まで酒類を嗜まなかった弊害がここに来て発生するなど夢にも思わなかった。何度かチョウソンやサトリに飲まないかと誘われたのだが、今になってあの時誘いを受けていればと後悔する。酒を飲んだかつての仲間、レミが一杯で酔い潰れたのを見て怖くなったのだ。


「もしかして、酒は苦手か?」


「うぐっ……じ、実は飲んだことないんだ」


「なるほど、それならこの機に一度飲んでみるといい。最初は不安だからアルコール度数の低いものからだな。アルコールに弱い場合もあるから気を付けなければな、うん。……しかし私もどれがいいのか分からん。とりあえず……店主、私が先程飲んでいたものを頼む」


 店主は笑顔で「はい」と答え、エビルにグラスを差し出す。

 グラスに入っているのは黄金色の液体。若干甘い匂いもする。


 ロイズから解説されたが目前の酒の名前はビルウ。

 ミナライフ大陸だけに生っているビルスウェンという果実から作った物。黄金に光り輝く珍しい果実であり、魔物が強い未開の地にしか生らないため値段は高い。そのお値段は一杯一万カシェ。とても一般人が気軽に飲める代物ではない。


 今回は店主の言葉に甘えて無料なので僅かに気は楽だ。

 しっかり味わおうと思いながら少量飲むと、僅かな酸味が混じった濃厚な甘味がクセになりそうだった。味は美味しいし、ガンガン飲めてしまう。あっという間に一杯飲み干したエビルはもっとビルウを飲みたくなってしまった。


「すみません、このビルウってお酒を……」


 飲み干してから数秒。頭がぼんやりして視界が霞む。

 エビルは「もう……一杯……」と何とか言えたものの、体調の悪化に耐えきれずカウンターに突っ伏す。


 徐々に狭まっていく視界。完全に意識がシャットアウトしてしまう前に手元のメニュー表に目がいく。そこには酒の名前と度数が書いてあり、明らかに素人が手を出していい代物ではないと分かる。飲んだことを後悔しつつエビルの意識は遠くなった。



 * 



 意識が覚醒して目が自然と開く。


(ここは……えっと、何があったんだっけ)


 寝起きだからか、ぼんやりとする頭でエビルは記憶を思い起こす。

 オルライフ大陸のアギス港に到着した後。宿屋を探して歩き回り、酒場でのひと悶着を終え、初めて酒を飲んだところで記憶が途切れていた。

 若干痛みを訴える頭を押さえたエビルはとりあえず起き上がる。


「おお、目が覚めたかエビル」


 視界に入って来たのは桃色髪の美しい少女。


「ロイズ……? ごめん、いつの間にか寝ちゃったみたいで」


「謝るのは私の方だ。ビルウのアルコール度数が九十近くあるとは知らなかったよ。酒は嗜む程度に飲んでいたが殆ど貰い物だったからな、銘柄も度数も気にしたことがなかったんだ。本当にすまない」


「いや、君に落ち度はないよ。……でも、お酒は暫く遠慮したいかな」


 美味しかったのは憶えているが一杯飲んで倒れたのだ、若干トラウマになる。

 世の酒飲み達はよくあんなものが飲めるなと尊敬すらしてしまう。エビルの中で酒の基準がビルウになり、自分が飲めば倒れるものと認識してしまった。一種の劇毒である。もう余程のことがない限り酒を飲むことはないだろう。


「立てるか?」

「何とか歩けるよ」


 寝ていた酒場の床から立ち上がり、歩いて調子を確かめる。

 時折ふらつきはするが歩行に問題はない。頭もぼんやりしたままだが物事を冷静に考える程度は出来る。今だと戦っても実力の七割程度しか発揮できそうにないが幸い敵は居ない。


「宿泊場所は決めているのか? もう部屋を取っているなら送っていくが」


「……実はまだ」


「そうか、では私が宿泊している場所に案内しよう。付いて来てくれ」


 案内してくれるというのならありがたい。

 酒場を出てからロイズの案内によって歩いたエビルは目的地へ到着する。

 目の前に聳え立つ高層の建物に目を奪われた。派手な色ではないがクランプ帝国にあった高級宿を思い出す。もっと狭くて高さも低い宿なら随分と目にしてきたが宿の次元が違いすぎる。


「こ、ここが宿? ホテルって書いてあるけど……」


「ホテル【ラフレシア】だ。設備もいいし良心的な値段だ、安心していい」


「ごめん、ホテルって何かな? 今まで全く聞かない単語だったから知らなくてさ。出来れば教えてくれないかな」


「は? ホテルはホテル……ああいや、すまない。アスライフ大陸出身の者には通じないのか。考えてみればそうだな、魔王が暴れて三百年以上経つが復興は中途半端だと聞いている。……あ、質問の答えだがホテルとは泊まる場所のことさ。まあ、高さがある宿屋はホテル、そうでない場合は今まで通りの宿屋という認識でいいと思うぞ。細かく分類する必要はないと思うが」


 文明レベルが違うのは感じていたがエビルは恥ずかしく思う。

 恐らく当たり前に知っていると思われる言葉を知らなかったのだ。よっぽどの田舎者が都会に出て来て恥を晒したような気分になる。……だが、どうもアスライフ大陸出身なら仕方ないと認識されているらしい。事実あの大陸は昔もっと高度な文明を築いていたと本で読んだ記憶がある。


「アスライフから来たなら初めてのことも多いだろう。よければ明日一緒に町を回らないか? 分からない時の解説役は必要だろう?」

「ありがとう。ロイズが一緒に来てくれると僕も嬉しいよ」


 急ぎの旅ではないし、観光はじっくりしていくつもりなので訊くことは多そうだ。先程会ったばかりだが知り合いと共に観光した方が楽しいし、彼女の言う通り解説役が居てくれると本当に助かる。

 エビルはまず初めてのホテルへ泊まるため、彼女の解説に耳を傾けながら歩き出した。


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