七魔会談 後編
生まれた時から部品であり他の者から出来損ないと言われ続けた。それでも悪魔王に認めてほしい一心で生きてきた。例えどんな手を使っても彼に認めてもらうのがシャドウの目的だ。
会議部屋最奥に飾られている紫の宝玉を一瞥する。
悪魔王は今、精神体として宝玉内に生きている。創造神アストラルや神の従者との長い戦いで両陣営痛み分けとなり、彼の方は肉体を捨てざるを得なかった。追い詰められた彼は精神体でも来たる復活の時まで力を蓄え続けている。七魔会談で現在話している内容を聞いているはずだが彼から声は発されない。
「単細胞だと……ふーん、ふんふんふーん? シャドウ君さあ、暫く会わない内に俺達の実力を忘れちゃったみたいだねえ。簡単なおつかいこなした程度で調子乗ってんじゃねえぞクソ雑魚が! 俺達とテメエじゃあ格が違えんだよ!」
目を血走らせて立ち上がったビンが思いっきり長机を叩いて叫ぶ。
今の叫びで「唾飛んだ」とダグラスが呟き、ミーニャマがそっとハンカチを差し出す。いかにも出来た使用人といった所作と風貌だ。
「それくらいにしときなさいよ。せっかく帰って来たのに早々虐めたらシャドウちゃんが可哀想でしょう。ね、シャドウちゃんも馬鹿ビンなんて放っといて、今夜はアタシと過ごしましょうよ。たああっぷり可愛がってあげるからさ」
「ダグラス様、それは結局虐めています。ビンと同レベルです」
「うっるせーんだよテメエらは黙ってろや!」
一度上昇したビンの怒りのボルテージは中々下がらない。
いっそのこと、成長した自分の実験台にしてやろうかとシャドウは考える。自分が一対一でどこまで戦えるのかは帰ってからずっと気にしていたことだ。早めに実力差を把握した方が計画も練りやすい。
「格の違いとやらを是非知りてえな、単細胞」
溜め息を吐いたビンは後頭部を掻いて「二度目だぞ」と呟く。
「俺は優しいからよお、帰って来たばっかだし半殺しでいいかと思っていたんだけどよお。二度も悪口言われたら仕方ねえよなあ? 半殺し二回でぶっ殺してやんよ。死ね」
彼が首に掛けているネックレスの短剣に触れた時、濃密な殺気が放たれる。
ビンからではない、証拠に彼も驚いている。恐怖の強さはシャドウより上をいっているかもしれない。二人は殺気の出所へとぎこちない動きで目を向けた。
「――止めろ」
灰色髪の青年、ヴァンだ。有無を言わさない殺意をひしひしと感じる。
黙って硬直した二人を見てサイデモンが笑い声を上げる。
「若いのはいいものですがねえ。暴れ時を考えないと自らの身を滅ぼす要因となります。今は会議中だから争うのは後にしろと彼は言いたいのですよ」
「……チッ、冗談に決まってんだろ。話を続けようぜ」
すっかりビンが大人しくなったため実力測定のチャンスが消えた。こうなっては仕方ないのでシャドウも諦め、ここにいる本来の目的である会議に集中する。不真面目だと思われては悪魔王に認めてもらうのも難しくなってしまう。
場が静かになってから再びヴァンが会議の流れを掴む。
「さて、邪遠が死亡した経緯は皆も理解したな。……犠牲は大きいが、その分こちらが得たものも大きい。魔王という強大な敵を消滅させたのだからな。創造神アストラル、及びその従者達も傷が癒えず動けないと聞く。……つまり現状、敵と言えるのは封印の神カシェ。そして、どこかにいる四人の秘術使いのみ」
「動ける敵を捕縛、もしくは殺害で封じれば安心して悪魔王様も復活出来るというもの。カシェの方は従者共々居場所が割れている。今はどこにいるのか分からない秘術使いを優先すべき、でしょう?」
サイデモンの言葉にヴァンが黙って頷く。
上級悪魔や魔王などを殺せるのは神性エネルギーのみ。いくら強いだけの人間が生まれようと大した脅威にはなりえない。本当に恐ろしいのは、居場所を把握していない秘術使いが強かった場合だ。悪魔王の害になりえる者達は七魔将が速やかに動きを封じなければいけない。
強い秘術使いは殺し、弱ければ捕縛する方針だ。
既に組織は動き始めていて大陸ごとに調査を行っている。シャドウと邪遠の任務はそれに魔信教壊滅を加えたものだったのだ。調査を行っていたパートナーはもういないため、アスライフ大陸での情報を知るのはシャドウ一人。いくらでも偽れる状況に一人ほくそ笑む。
「ミナライフ大陸の調査担当者ダグラス、ミーニャマ。報告を」
ヴァンの言葉でメイド服の女が「はい」と口を開く。
相方であるダグラスは会議そっちのけで爪の手入れをしていた。
「あの大陸は殆ど人の手が加わっていない魔境。見つかったのは妙な遺跡や絶景スポットだけです。今のところ人間は一人も見当たりません」
「ミナライフ大陸は世界で一番広い大陸だ、地道に捜せばいい。もし人間が見つからない場合はマスライフ大陸の調査へと切り替えろ。……次、ビン」
黒い腰巻きだけ身に着けている金髪碧眼の男が「あいよ」と返事をする。
「ゼンライフ大陸はギルドがあるし情報はそこで集めてる。ただ、得られる情報の中だと怪しいのはねえし、情報欲しいなら加入しろとかうるせえから入ったら仕事任せられるしでウザい。つーか前々から思ってたんだけどよ、何で俺だけ一人なんだよおかしいだろ!」
誰も言わないし察しも悪いからビンは知らないが、彼は全員から嫌われている。
理由は横暴な態度や煩い声、無駄に高いプライドなど挙げればキリがない。嫌われる要素が多すぎるためペア決めの時は当然のように一人だ。実力がなければ即殺されている人材だし、もっと嫌われたらダグラスあたりが殺すかもしれない。
「何か言えやヴァンさんよお!」
「……俺とサイデモンが担当のオルライフ大陸も秘術使いの情報は得られない」
「報告してんじゃねえええええ!」
このように煩いから嫌われるのだ。結局、困り果てたヴァンが殺気をぶつけて強制的に黙らせた。彼はビン関連でどうしようもなくなった時、最終手段として殺気を放出している。因みにその最終手段は多用されている。
「シャドウはどうだ。魔信教壊滅任務のせいで本腰を入れての調査は難しかっただろうが、何か新たな情報を入手していないか? 些細なものでも構わないんだが」
「些細? 些細ねえ」
ついに報告する役が回って来たシャドウは思わず笑う。
「あるぜ。些細なんかじゃねえ、とびっきりのがな」
「まさか……見つけたのか?」
「クク、ああそうだ俺が見つけた。さっき話した魔信教壊滅について憶えてんだろ。現地で新しい勇者一行と協力したって話。……察しがついたか? そう、その新しい勇者様が風の秘術使いだったんだよ」
予想通り全員の顔に驚きが混じる。今まで見下していた相手が自分より成果を挙げた時の顔だ。全員の驚いた顔を見ただけでも鼻歌を歌いたいくらい気分が良くなる。これで火の秘術使いも見つけたと言えばどんな顔になるだろうか。言いたい衝動に駆られるが目的を遂行しやすくするため我慢する。
「殺したのか?」
「いいや、俺も任務で疲れちまったからな。だが、あのお人好し勇者様はオルライフ大陸のアギス港に呼び出しておいた。奴は必ず来る。安心しろ、港に来たら俺が始末してやるさ」
「おい、そいつは強いのか」
急に口を挿んできたのはビンだ。
何もかもが思惑通りでシャドウの上がった口角は戻らない。
「俺の方が強い……いや、同じくらいだ。あいつは結構やるぜ」
少し前までならシャドウはこんなことを言わなかった。
同じ顔をした勇者は出会った当初遥か格下、期待外れもいいところ。本当に最初の方は彼を絶望させてから無様を眺めて殺そうとしていたのだ。互いに憎み合うだけの関係だったのに今では奇妙な信頼が生まれている。信頼出来るからこそ利用出来る。
――だが、それだけだ。
元から邪悪の塊であるシャドウは絆されない、絆されるわけがない。
互いに影響を与え合った結果、正の感情が増幅されても関係ない。
二人の関係は憎み合っても協力出来る相手というもので完結している。最初に比べればいい進歩だ、今のように協力相手として選ぶなど以前は絶対にありえなかった。
「ならそいつは俺が殺す! 一回秘術使いと戦ってみたかったんだ。しかも過去の七魔将を全滅させた風だぜ、戦うしかねえだろ! なあいいだろヴァン! 同格のシャドウより俺の方が確実に殺せる!」
「早い者勝ちだ。シャドウがいいと言うなら構わない」
「俺は構わねえぜ。こん中じゃお前が一番適役だと思ってるからな」
「はっはっは嬉しいねえ! ようやく身の程を弁えたか、俺はテメエより遥かに強い! 勇者だろうが何だろうが粉々に斬り刻んでやるぜえ! はっはっはっは! 待ってろよ風の秘術使い、己が死の瞬間をおおおお!」
最初からほぼ計画通りに踊らされている男をシャドウは心の中で罵倒する。
風の秘術使い、正確に言うなら先代勇者だが、過去に仲間と七魔将を全滅した功績がある。その話を知っているビンは必ず自分がやると言い出す。なぜなら彼は自分の強さにかなりの自信を持っているからだ、特に勝てると確信している相手には強気で挑む。
彼は知らない。魔王を倒したのが本当は今代の勇者だということを。
彼は知らない。シャドウが以前より遥かにパワーアップしたことを。
彼は知らない。……向かう先で無様に死ぬのが自分だということを。
「ふう。さあて、人間の分際で調子に乗ってるバカを始末しに行くか」
「……ビン。人間を侮るな」
「分かってるっての。もう侮ったりしねえよ」
笑みを消して真剣な表情になったビンは会議部屋を出て行った。
作戦は始まった。もう決して後戻りは出来ない作戦が始動する。
生まれ持った邪悪な意思で、シャドウはどんな手を使ってでも認めてもらうと決めたのだ。……例え誰を殺すことになってでも。




