七魔会談 前編
黒と赤を基調とした禍々しい城、悪魔王城。
且つて風の勇者ビュート・クラーナが乗り込み敗北した場所。
魔信教教祖リトゥアールが闇に堕ちるきっかけとなった場所。
そしてシャドウが生まれ、長い間過ごした故郷のような場所。
「……一年、いやもっと長えか。ここに帰って来んのは」
シャドウは忌々しき記憶のオンパレードである悪魔王城へと帰って来た。
別に、嫌だったわけじゃない。シャドウにとっては唯一の故郷だ。親という定義に含まれるのか不明だが自分を生み出した悪魔王も居る。ただ、少し前まで妙に居心地がいい所に居たので少し霞む。
元々、最強の悪魔エビルの部品として生み出された存在だ。
部品だけでのうのうと生きて、扱いが良くなる訳がない。
七魔将という優れた上級悪魔のみで結成された組織に所属しているが、最強の悪魔エビルにあった期待のお零れにすぎない。悪魔王が肩入れしたせいで他のメンバーから良く思われない。この場所しか知らなかっただけで、もっと気楽に過ごせる場所があるなど以前は想像もしていなかった。
城の中へ入り、迷わず奥へと進む。
階段を下りて最下層へ向かうと一つの部屋へ辿り着く。
長机と七人分の椅子が置かれているそこは七魔将の会議場所だ。
「おやおやあ? これはこれは、お久し振りですねえシャドウ」
既に会議部屋の席には二人が座っていた。
真っ先に声を掛けて来た老人はサイデモン・キルシュタイン。
年老いているゆえシワの多い薄緑色の肌だが、毛量は多いし髭も長い。黒いスーツを着ている彼は優しい笑みを浮かべながら黄色の瞳を向けてくる。
老人だからと侮ってはいけない、彼は七魔将ナンバー2の実力者だ。
「サイデモンの爺さん、相変わらず集まるのが早いな」
「それを言うなら彼もですよ。私が到着した時には既にいましたしね」
サイデモンが視線を送ったが相手の男は反応しない。
瞑想したまま全く動かない彼の後方には大剣が壁に立てかけられている。剣身に四本のラインが彫られている独特な大剣だ。眺めただけでも妙な威圧感に襲われて、額に汗が滲む。
「そういえば、邪遠は一緒じゃないのですか? 彼も同じ任務を任されていたでしょう。……確か、魔信教とやらの壊滅でしたっけ。魔王復活を企む愚かな人間達。ちゃんと壊滅出来ましたか?」
「心配いらねえって。邪遠は……まあ、全員集まってから話すぜ」
「その方がいいですか。そろそろ他の面子も到着するでしょうし」
「噂をすれば来たみたいだな。一気に三人も」
会議室入口の扉が開かれて三人の上級悪魔が姿を見せる。
ずっと瞑想していた男も目を開けて入口を一瞥した。これで邪遠を除き、全ての七魔将が集結したことになる。一同が会すなど実に三年振りのこと。今日はそれだけ重要な話があると見ていいだろう。
「あっれえ~? 誰かと思えば出来損ないのシャドウ君じゃあねーのー」
ビン・バビン。使用魔剣、デスサイバー。
へらへら笑っている金髪碧眼の男性悪魔。
黄色のもさもさした体毛に覆われた肉体は、決して大柄ではないが発達した筋肉が凄まじい。そんな筋肉や体毛を隠すのは黒い腰巻きのみ。他に身に着けているものといえばネックレスだ、首に掛けられたそれの先に付いている短剣が彼の主要武器である。
「あらホント、帰って来たのねシャドウちゃん! アタシずっと待ってたのよ!」
ダグラス・カマントバイア。使用魔剣、糸鋼剣。
人間の女性に外見が酷似している悪魔。
ひらひらとした赤いドレスは胸元辺りが開けていて、わざと巨乳を見せびらかしている。一見女性に見えるが実は両性具有であり、本人曰く股間には立派な男性器が生えているらしい。気に入った相手は男女問わず自室に連れ帰り昼夜問わず性行為を行っている。何度かシャドウも尻を掘られかけた。
「長い間お疲れ様でしたシャドウ様」
ミーニャマ。使用魔剣、不明。
裾の長いメイド服を着用した黒髪黒目の女性悪魔。
頭には黒猫の耳、頬には三対六本の髭、メイド服の尻部分に空けられた穴から黒猫の尻尾が生えている。人間と似た外見から純粋な悪魔ではなく、とある人物の細胞から作られた人造悪魔なんて噂がある。ダグラスと非常に仲が良い彼女だが性関係の噂は一つもない。
この場に二度と来ることのない邪遠を含めた七人が七魔将だ。
一人一人が途轍もなく強い実力者。……とはいえ、七人の中で実力差がないわけではない。以前までのシャドウはこの中の最底辺であり明らかに格下だった。
「――全員揃ったようだし、七魔会談を開始する」
実力というなら組織の中で一人飛び抜けた存在がいる。
七魔将最強。癖が強い悪魔揃いの七魔将でリーダーを務める男性。
先程まで瞑想していた、黒いコートを着た灰色髪の青年――ヴァン・アルス。
まだ席に着いていなかったシャドウ達は彼の言葉で定位置へ腰を下ろす。
「さて、まず――」
「おいちょっと待てよ。邪遠の野郎が居ねえじゃんか」
当然の疑問を口に出したビンだがタイミングが悪い。
よりにもよってヴァンが話している最中に言葉を遮るなどバカのすること。ヴァンはプライドがかなり高く、己の成すことを邪魔されたりするのが一番嫌いなのだ。静かに怒りの篭った瞳を向けられた彼は「うっ」と怯む。
「それを今から話そうとしたんだ。他の者も不思議に思っているだろうが奴は今日この場に来ない。魔信教関連の話だ、同じ任務を遂行していたシャドウに説明してもらう。皆、静聴するように」
「じゃあ、魔信教を壊滅させるまでの出来事を話すぜ」
シャドウと邪遠が進めていた任務。魔信教という組織の壊滅。
二人はまず組織へ接触し、教祖と呼ばれていた女性と面識を持った。そして組織の所属人数とメンバーの実力を念入りに調査するため潜入した。本来なら早い段階で皆殺しに出来たが厄介なことに、アスライフ大陸の人間を殺しすぎると魔王が封印から解き放たれてしまう。教祖と魔王を同時に相手取れば敗北濃厚。確実に滅ぼすため、二人は協力する素振りを見せながら隙を窺った。
いつ魔王が復活するか分からない以上迂闊な真似は出来ない。
決定的な隙を待ち続けた結果、遂にその日はやって来た。
アスライフ大陸にて誕生した勇者一行が魔信教本拠地へ殴り込んだのだ。敵の敵は味方と言うし、勇者一行と協力関係を結んだ二人は教祖へ反逆。優秀な囮として機能させ、シャドウは教祖と魔王を殺害した。邪遠はその際に戦死したため二度と戻って来ない。
「……と、こんなところか」
「はあああああ? おいおいシャドウ君よお、そりゃ嘘だろ。あの邪遠が死んだのにさ、なーんでクソ雑魚のテメエが生き残れるんだよ。真っ先に死ぬのはクソ雑魚のテメエからだろ?」
「うるっせえぞビン。俺はヴァンに頼まれたから説明してやったんだ、嘘なわけあるかよ。嘘を吐いて俺にどんなメリットがあるってんだ。お前の理解力が欠損してるだけだろ単細胞が」
――嘘である。実際のところシャドウは教祖も魔王も殺していない。決着をつけたのは全く別の人物だ。平気な顔で嘘を吐いたがメリットなしで吐くわけがない。シャドウにとって重要なメリット、それは手柄。自分が殺したと言うことで任務の手柄を総取りしたかったのだ。
幸い事実を確認する方法はないし邪遠が何も出来ず死んだのは事実。
第一重要視すべきは標的の死亡。誰が殺したかなど七魔将の面子にとっては些細なことだろう。それでいい、シャドウが認めてもらいたいのは他の七魔将ではなく組織を作った悪魔王なのだから。他の者の反応は求めていない。




