旅の終着点と始発点
魔信教が壊滅したのを祝うお祭りムードも段々と落ち着いてきた。
お祭りムードの際、皇帝カシマが帝国民にエビル達こそが勇者一行だと発表。民達から持て囃され、慣れないながらも黄色い声援に応えたが精神的に厳しいものがあった。しかしそれも今日で終わり。エビルが目覚めてから三日ほどでクランプ帝国城下町も普段通りに戻った。
色々と騒ぎも収まったのでエビル達は城下町の門前に集まる。
緑豊かな草原は帝国からの旅立ちを祝福するように草木が揺れている。各国のトップ達にはもう別れを告げたので後は出発するだけだ。
「……ごめんみんな。僕は、村長と一緒に故郷に帰ろうと思う。村の復興を手伝おうと思ってさ。いつかまた旅には出るけど時期は未定なんだ。これからもみんなと旅を続けたかったけど、本当にごめん」
隣のチョウソンを一瞥してから告げた旅の一時的な終わり。
仲間の三人は真剣な表情で静聴してくれた。告げ終わっても騒ぐことなく、あくまでも冷静に事を受け止めている。もちろん動揺は感じられるが思ったよりも弱い。
「まあ、ぶっちゃけ予想はしてたぜ。折角再会したんだしな」
「期待はしていましたが仕方ありませんね。家族と一緒に居たい気持ちはよく分かるつもりです」
「レミもいい? 約束の件はちゃんと答えを出すからさ」
「ダメって言っても困るだけでしょ? それに、丁度良かったかもしれないわ。アタシもさ、一区切りついたし一旦アランバートに帰ろうかなと思ってたの」
予想外の発言だったのでエビルは思わず「え、国に?」と問う。
表向きには魔信教討伐の名目があったが、彼女は国が窮屈で嫌気が差していたからこそ旅に同行している。どうして飛び出した場所へ帰ろうという結論になったのか想像がつかない。
「姉様が女王として大変な思いをしてるって分かっていたつもりなんだけど、想像以上に大変らしくてさ。アタシ、姉様の助けになりたいの。今まで散々気にかけてもらったし。……それに、今ならあの国を窮屈に感じないと思うから」
「いいんじゃないかな。ソラさんも喜ぶよ」
「うん。でも、姉様と一緒に帰るからエビル達とはここでお別れ」
笑みを浮かべている彼女だが心は寂しさを訴えている。
やはりエビル同様仲間と離れ離れになりたくないのだ。
国に帰るか、旅を続けるか、相当悩んだに違いない。
「セイムはどうする? やっぱり、里に帰るの?」
エビルの問いにセイムは「あー」と後頭部を掻く。
「俺は暫く帰らねえわ。帰ったら俺里長だぜ里長、ぜってー忙しいし外へもあんまり出られねえだろうしさ。この機会に外の世界ってやつを明一杯楽しんでおきてえんだわ」
「私も彼に付いて行きます。二人で人助けでもしながら気ままに旅をしますよ。プリエール神殿は私が帰らずとも問題なく機能するでしょうしね」
彼に続いてサトリが告げたことに全員が納得する。
二人が恋人同士になったのはもはやこの三日間で周知の事実。遠距離より近距離の方が恋愛は楽だろう、二人一緒に旅した方が必ず後々のためになる。エビルはまだその域に達していないのでこれからじっくり考えるつもりだ。
「エビル、レミちゃん、元気にやれよ」
「お二人の健康その他諸々お祈りしています」
笑顔で告げるセイムとお辞儀するサトリ。
二人の、いや全員の話す姿を見たからかチョウソンに自然と笑みが浮かぶ。
「エビル、お前は良い仲間を持ったな。これからも大切にしろ」
「うん、生涯大切にする。みんなのことが好きだから」
「おっさんもエビルのことよろしくな」
「おっさ……! 俺はまだ三百二十四歳だぞ!」
「いや爺さんじゃねえか!? あー、先代勇者の仲間だし当然か?」
これまでの旅をエビルは一生忘れず記憶に焼きつけると誓う。
アランバート王国から出発し、自らの足で大陸を歩き随分と遠くまでやって来れた。出会った友人、仲間、強敵、全ての経験が今後の糧となってくれる。一緒に旅をしてくれた仲間達には感謝してもしきれない。
「じゃあなお前ら、たまには連絡するぜ!」
「どうかお元気で。近くに行ったら必ず顔を出します」
勢いよく手を振るセイムが歩き出し、サトリも続く。
こうして別れの時が実際に訪れると寂しさや悲しさが一気に膨れ上がる。冷静でいるつもりだったが我慢出来ず「また会おうね!」と叫び、二人の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
「行っちゃったわね」
「うん、もう見えないや」
残す別れはあと一人。
エビルはレミと向かい合い、潤んでいる目を向ける。
「……じゃあ、僕も行くよ」
「いつまでもこのままってわけにはいかないもんね」
別れが惜しいのは誰でも同じだが既に決めたことだ。
「ねえエビル、アタシ……アタシね、エビルに会えて本当に良かった。初めて友達が出来て、初めて恋をして、初めて……だからね。絶対答え、聞かせてもらうから!」
涙を流し、鼻水を啜り、言葉を紡いだレミは「それだけ!」と大きく叫んで走り出す。潔い別れ方だ、何か言葉を掛ける前に姿が見えなくなってしまう。
「僕はずっと、君の勇者であり続ける」
「告白か?」
「いや、誓い……みたいなものだよ」
告白の返事をエビルはまだ出来ない。少なくとも自分の抱く想いが友愛なのか性愛なのか区別がつくまでは、返事をしても失礼になる。だからこそ早く答えを出して約束通り伝えてあげたい。
チョウソンと二人きりになったエビルは静かに草原の先を見つめる。
「帰ろう村長、僕達の村へ」
別れは済んだので二人で歩き出す。
故郷である村に到着した時がこの旅の真の終わりだ。
* * *
魔王討伐からおよそ三か月。
この三か月の間にアランバート王国南方で村が作られた。森の中で開けた場所にひっそりと家々が建っており、暮らす人数は多くないが平和な村だ。
「村長、焚き木の調達終わったよ」
そんな名もなき辺境の村で暮らす一人であるエビル・アグレムは、森で拾って来た大量の焚火用の枝を家の前に置く。村長と呼ばれた白髪の男、チョウソンは「ご苦労」と告げる。
「焚き木探し、よくやってくれたな」
「これくらい大したことないってば。あ、凶暴な魔物がいたから駆除しといたよ。森へ勝手に入る好奇心旺盛な子供がいたら大変なことになるからね」
名もなき村の人間は子供が多い。王国からは一種の孤児院とすら言われており、チョウソンの要望通りだが孤児がよく兵士に連れて来られる。言い方は悪いが孤児は基本この村に捨てられるのだ。
孤児とはいえ、殆どの子供達は元気よく外で遊び回っている。兵士にはたまに可哀想と言われるが本人達は意外と楽しく生きているのだ。それもこれも全て心優しい村長や、兄感覚で接するエビルが冷めた心を溶かしたからである。
エビルも子供と接するのは楽しかった。
兄弟はいないので、長兄感覚で接するのが新鮮だったのだ。しかしそんな長兄の役目も本日で終了。子供達には告げていないがエビルはこれから旅に出なければならない。
別れを惜しみながら思い出すのは魔王城でのシャドウの言葉。
『……お前にはまだ利用価値がある。今回の一件が終わってからでいい、西にあるオルライフ大陸のアギス港まで来い。いいか、アギス港だ。……俺も準備があるから少し間は空けていい。……忘れんな、世界の危機ってやつは決して一つだけじゃねえってことを』
漠然とだが嫌な予感がした。このままでは村の子供達に被害が出るという具体性のない直感。何か分からないが魔信教のような巨悪がどこかで動いていると思わせる、不穏な風を最近になって感じていた。
今代の勇者であるエビルが再び旅に出る時がやって来たのだ。
「突然なんだけど村長、旅に出てもいいかな?」
「……ついにその時が来たか。ふっ、お前を止める理由などありはしない。好きに生きろ。だが忘れるなよ、世界は広い。いくらお前でも打ちのめされる時が来るだろう。もし辛くなったらいつでも帰って来い。……ここは、俺達の村だからな」
「そうだね、ありがとう。子供達のことはよろしく」
何も言わずともチョウソンはエビルのことを理解してくれている。
別れは惜しいがいつでも帰って来れる。寂しさは一時のものだ。
「いってきます!」
エビルは笑顔で手を振って再び旅立つ。
最初の旅立ちよりも晴れやかな気分で軽やかに歩き出した。
これにて第一部完結。
一年くらいかな、お付き合い頂きありがとうございました。
次から後半とも言える第二部が始まるんですが、少しの休息を取らせていただきます。休息はそんな長くありません。また近い内、第二部の一話でお会いしましょう。
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