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【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
終章 三百年以上の因縁
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罪の意識


 人々の賑やかな声が騒音となって深い眠りから目を覚まさせる。

 意識を取り戻したエビル・アグレムが最初に聞いたのは誰かの喜ぶ声だった。そして視界に入ったのは憶えのある部屋……クランプ帝国にある宿屋【水銀の矛】の一室。宿泊していたのは数日程度だが豪華な内装だったのでよく憶えている。

 ベッドから起きて窓を覗くと異常なまで町人達が騒いでいた。


「ここは、クランプ帝国……? 僕は……何をしていたんだっけ?」


 寝ぼけた頭を働かせて思い出す。

 魔信教壊滅を目的に魔王城へと向かい、魔王すら倒した。

 最後に魔王の首と共に落ちたことは鮮明に思い出せる。その後どうなったのかは全く憶えていないが、帝国にいるのなら無事に帰って来れたのだろうと推測する。色々と気になることが多いためエビルは外へ出ようとして、気付く。


「……待て、待て待て。何この服? 見たこともないぞ?」


 白と黒が渦巻き、混ざり合うような模様のシャツ。動きやすそうな布製ズボン。

 自身が今身に着けている衣服に全く憶えがなかった。

 つまり、意識のない間に誰かが着替えさせてくれたということ。問題はそれが誰かである。セイムや白竜など男性陣ならいいが……万が一女性陣だったらと考えると羞恥心が溢れる。


 思考の波に溺れていると部屋の扉からガチャと音がした。

 無意識に剣を抜こうとしたが腰には何もない。

 結局何の準備も出来ないまま侵入者を迎えてしまう。


「おっ、エビル! お前っ、やあっと目が覚めたのかよ!」


 入って来たのは黒髪褐色肌の少年、セイムだ。

 相変わらず黒いマントとボディースーツを身に纏っており、大鎌を背負っている。

 あの激闘後、仲間達の安否は不明だったため、五体満足な姿を目にした瞬間嬉しさが込み上げて目が潤む。零れそうになった涙を袖で拭き取って隠す。


「セイム、無事だったんだね」


「ばっかお前そりゃこっちの台詞だっての! 五日間も寝たきりだったんだぞお前は! 俺達がどんだけ心配してたか……ま、起きてくれて良かったけどよ」


「五日……そっか、そんなに。……ねえ、僕は何でこの部屋に? それに外の人達の騒ぎはいったい……? 妙に嬉しさと楽しさの感情を感じられるけど」


 セイムは「あー」と頭を掻くと入口側のベッドに座る。


「情けねえ話、俺も気付いたらこの部屋だったよ。救ってやろうぜーなんて大口言ってたのにな。……サトリから聞いたんだがよ、帝国に運んでくれたのは白竜らしいぜ? 薄情なことにもう帰っちまったらしいけど。あ、宿代はまたレミちゃんの姉ちゃん持ちらしいぜ」


 情報を呑み込むのに時間がかかり「そっか」と相槌を打つ。

 白竜が帰ったのは仕方ない、彼は神の従者として多忙な身だろう。魔王という脅威を倒した今いつまでも一緒にいてくれないはずだ。残念に思うが納得もしている。


「因みにさ、寝てた間に僕の服を着替えさせてくれたのは……」


「レミちゃんだぞ」


 無慈悲な一言がエビルを襲う。


「つまり、レミは僕の体を隅々まで目にしたことに……」


「実は俺もサトリにやられてな。へっ、俺達仲間だぜ。一人じゃねえさ」


 サムズアップするセイムの笑みは悲哀に満ちていた。

 彼も気付いた時は宿屋だったと言うし数日は寝ていたのだろう。普段通りの服装じゃない彼も見てみたかったが、起きるタイミングが悪かった。いったいどんな服を着ていたのか気にしつつ、他に気になることを問う。


「ところで僕の剣は?」


「お前の剣はどっかいっちまったみてえだ。探す余裕もなかっただろうしよ、あんま白竜を責めんなよ? つか、お前が本当に訊きたいのはそんなことじゃねえだろ。お前が一番会いてえ奴なら城の頂上にいるぜ」


 秘術なんてなくても心が見透かされることはある。

 確かにエビルは一番訊きたい質問を後回しにしていた。

 訊くのが怖かったし、他にも知りたいことがあったからだ。


 彼が静かに「会いに行けよ」と告げたのに対し、エビルは「ありがとう」と礼を言う。

 部屋を出る直前に彼から羨む感情を感じた。一瞥した時は作り笑いを浮かべていたことにも心から感謝する。恩人を思い出した辛さを表情に出さなかったのは彼の優しさだ。



 宿屋を出てクランプ城へと真っ直ぐに向かう。

 町がお祭り状態のため人混みが凄まじい中、何とか城まで突き進む。

 城の兵士は顔を見た途端に城門への道を空けてくれた。以前来た時に顔を覚えていたのか、皇帝カシマからの命令かは知らない。とにかくありがたく思いつつ最上階へと駆け抜ける。


 塔のように高く聳えた城の頂上へ辿り着くと絶景が広がっていた。

 町全てを見下ろせるし、町の先まで見渡せる。

 見晴らしのいいその場所に白髪の男性が佇んでいた。十六年見慣れた後ろ姿を見れば、拭き取る暇もなく自然と涙が零れてくる。


「……村長」


 襲撃された村の惨状を見て心配した人が、旅の途中でも生存を願っていた人が今ようやく手の届く場所にいる。視界に入っているだけでどれだけ嬉しいか言葉では表せない。今までで一番の幸福が底から溢れて止まらない。


「脅威が消え去ったお祝いだそうだ。見ろ、あの町の人々の喜びようを。あれがお前の成した平和の形……俺達が目指したものでもあった。先代勇者一行の話はもう知っているだろう? 俺達も、あんな平和を謳歌したかったものだ」


「旅に出るのを許してくれなかったのは、自分が辛い想いをしたからだよね」


「ああ。仲間が死に、堕ちた姿を見て、出会ったきっかけだった旅ってものを嫌いになった。お前にこんな想いをしてほしくないから旅に出てほしくなかった。……それは所詮、俺の身勝手な我が儘だったがな。こうも立派に成果を残されると何も言えん」


 酷く強い後悔がエビルに押し寄せて来る。

 久し振りの再会だというのに空気は息が詰まりそうなほどに重い。


「村長は間違ってないよ。実際、思い描いていたほど良い事ばかりじゃなかった。我が儘なんかじゃない、村長は僕を心から心配してくれたんでしょ? 僕、嬉しいよ。そうやって心配してくれたことが何より嬉しい」


 当時は心配してくれていたのも気付けず、意地悪か何かだと思った。

 彼の本当の気持ちに気付いたのは旅を始めて暫くしてのこと。

 楽しい出来事も多いが辛い出来事も多かった。旅とは決して、絵本を読んだ時のように面白く楽しいだけのものじゃないと理解したのだ。その時、どれだけあの言葉が嬉しかったことか。


「――だからさ、死なないでよ」


 なぜ彼がこんな場所にいるのか最初から不思議に思っていたが会って感じた。

 景色がいいから? 違う。

 風が気持ちいいから? 違う。

 彼は罪の意識に苛まれている。罪悪感から派生した死にたいという強い想いが先程からエビルは感じている。


「風の秘術で感じ取ったか。相変わらず出鱈目な力だな」


 否定しない。それが答え。


「エビル、倒すべき悪はまだ残っている。……俺だ、俺を殺せ」


「……何……言ってるの」


「村が壊滅した日、俺はリトゥアールに連れられていたから無事だった。村の奴等も、お前も……死んだと思った。その時に何かの糸がプツリと切れた。……魔王の器になったのは俺自身の意思なんだよ。洗脳されたとかじゃない、俺があいつの考えに賛同したからなんだよ」


 チョウソンが無事と分かった瞬間、どうやって生き延びたのか疑問だった。

 シャドウは当時村長がチョウソンだと知らなかったが見れば分かったはずだ。彼の夢、村を作りたかったことを知っているのだから発見すれば理解する。……にもかかわらずそれっぽい者は見なかったと言った。つまり本当にあの時外出していたのだと今考えれば分かる。


「またいつ悪に堕ちるか分かったもんじゃない危険人物さ。……俺は今回の件で本当に全てを失った。作り上げた村も、親しかった仲間も全てだ。……この場所から飛び降りるつもりだったんだが、どうにもお前のことが心残りでな。結局死ねなかった。……が、お前に殺されるなら本望だ」


 チョウソンは振り返り、両手を広げて笑みを浮かべる。

 いくら強くても彼は人間。どれだけ強くなっても肉体強度には限界がある、クランプ城ほどの高所から飛び降りれば確実に死ぬ。彼は突き落とせと暗に告げているのだ。


「嫌だよ」


 即答に対して彼は「なぜだ!」と怒鳴る。


「あいつを殺したなら俺も殺せるだろ! 頼む、もうお前に危害を加えたりしたくないんだ……。もしまた傷付けてしまったら……考えただけで、胸が、痛くなる」


 実行するかどうか考えるまでもない。

 リトゥアールの場合はビュートに生死問わず止めてくれと頼まれたから、死にたい彼女の意思と合わさったからだ。二人の意思が噛み合ったため最終的に仕方なく殺す選択をした。


 チョウソンの場合、エビルは彼が死ぬのを望んでいない。

 自分勝手と言われれば否定出来ない。ただ、彼が死ぬ必要はないと思うのだ。

 リトゥアールと彼は違う。何を言っても手遅れで殺すことでしか救済出来なかった彼女と、今生きる誰かを思いやれる優しさを持つ彼では天と地ほどの差がある。


「傷付けたくない、か。村長を殺したら僕はすごく傷付くよ」


「……なら、俺はどうすればいい」


「帰ろうよ」


 項垂れたチョウソンにそう言うと「何?」と目が丸くなる。


「僕達の村に帰ろう」


「だ、だがあの場所はもう」


「また作ればいいんだよ。家は建て直せばいい、人は移住してもいいって人を集めればいい。村長の夢って村を作ることだったんでしょ? 今度は僕も手伝うからさ、二人でまた作ろうよ」


「……ふっ、村を一から作るのは大変だぞ。これから忙しくなるな」


 エビルは「じゃあ!」と目を輝かせる。


「ああ、帰ろう。……死にたいなんて言うとお前が悲しむからな、もう言わん」


 思った通り、チョウソンは言葉を尽くせば踏み止まってくれた。

 優しさに付け込む形になったが彼には一番効果的である。実際問題、彼を自分の手で殺してしまうとエビルは立ち直れる気がしない。何を言われても殺すべき理由に納得しない自信がある。


「ねえ、今日から父さんって呼んでいい?」

「断る。今まで通りに呼べ」

「ええ!? 何で!?」


 重苦しい雰囲気は完全に消え去り二人は笑い合う。

 それから町の景色を眺め、エビルは今までの旅であった出来事を事細かに話して聞かせた。楽しかったことも、辛かったことも、嬉しかったことも全てを懐かしみながら語る。

 その日は夜遅くまで城の頂上で二人きりだった。


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