爆誕
暗い暗い闇の中。
意識があっても目が開かないエビルはそんな精神世界にいた。
現実世界での音は聞こえている。今は誰かが戦闘しているようで、声からしてシャドウが苦戦中のようであった。あまりに情報が少なすぎて現状がよく分からない。
『向こうの空、やけに黒いな。雨雲か?』
ふと、知っている声が聞こえた。
この声はアランバート王国現兵士長ヤコンの弟、ドランだ。
彼の声で終わりかと思えば次々と知り合いの声が流れて来る。
『ちょっと、どうしたんだいマシュマロ、暴れるんじゃないよ! あっちに何かあるのかい!?』
『おいおい……今日の海は一段荒れてやがる。嫌な予感がするな』
『……ったく嫌な空だし客も来ねえ。商売あがったりだなこりゃあ』
『大丈夫だろうか。山脈から奇妙な空気が流れて来るが』
『そう心配したって仕方ねえさ。アタシ達は勇者サマ達に賭けたんだ』
『その通り、勇者の御力なら心配無用! 必ず悪しき魔信教を打ち倒す!』
『……レミ。……エビル、セイム、サトリ。絶対、帰って来ますよね?』
鳴り止まない声に眉を顰めたエビルはやっと目を開く。
視界に入って来た光景は、先程の不思議な体験についての思考を全て吹き飛ばすくらい驚愕するべきものだった。
上空にある渦を巻いた巨大黒雲。
殆ど形が残っていない魔王城。
首から上が闇に包まれた浅黒い肌の巨人が、背から生えている四対の黒翼で空を飛びながら赤い光球を放ち続けている。対して唯一大地に立っているシャドウは黒い影の弾を撃ち続けている。二種類の弾幕が衝突し合って爆発が起き続ける戦場と化していた。
切羽詰まった状況を確認したエビルは立ち上がろうとしたが力は入らない。ここに来て体の疲労が限界を超えたらしく、戦い漬けだったレミ達も全員巨大クレーターの上で寝ている。チョウソンは完全に気絶して倒れているため他の助けは期待出来ない。現状戦力と数えられるのはシャドウのみ。
「クソがっ、何全員寝てんだよゴラアア!」
影で作られた弾幕を力押しで破り、赤い光球がいくつもシャドウの傍に着弾。一斉に大爆発を起こし、爆風によって彼はエビルの傍へ吹き飛ばされて来る。
「げほっ、がっ、おいエビルどういうわけだお前……。何で魔王を器から出しやがった。何で絶望的状況を自分で作り出しやがった。……俺が最後、協力したのはなあ、あの野郎ごと魔王を殺すのかと思ったからだ! リトゥアールの件でお前も少しは残酷に生きれると思ったのに……ふざけやがって」
なぜ彼がチョウソンを取り戻すことに協力してくれたのか謎が解けた。
初めからチョウソンも、リトゥアールも、邪遠も、ビュートも誰一人として生かすつもりがなかったのだ。彼はどうにも先代勇者一行を嫌悪しているので間違いない。対等な仲間が彼には存在していない。
「一つ、奴に勝つ方法がある。俺とお前が一人になればいい、そうすれば莫大な力が手に入る。当然ベースは俺だ! 今の状況はお前の甘さが招いたんだからな! お前の、せいで! 諸々計画が台無しだぜ!」
「……でも、僕達が混ざればあの時みたいに」
ハイエンド王国城下町でエビルとシャドウは融合しかけた。
確かに絶大な力を秘めていたし、魔王にも勝てるかもしれない。だが当時の残虐性が引き出された性格になってしまえば見境なく殺し回るだろう。彼の提案は博打もいいところだ。
「ごちゃごちゃ悩んでる暇があんのか! まずは自分が生き伸びねえと――」
赤い光球が落ちて爆発した。
大地が爆ぜ、風が吹き荒れ、炎が拡散する。
魔王からの攻撃によりエビル達は悲鳴を上げて反対方向へ吹き飛ぶ。もはや瓦礫の山のようになった大地を激しく転がった。
意識が飛びかけたが意地で維持した。
転がるのが止まった時、傍には見知った赤い短髪の少女の姿。
彼女は意識を失っているためピクリとも動かない。
「レミ、レミ……! 起きて、くれ」
立ち上がる気力が出ないため、横になった状態のまま彼女の肩を揺する。
遠く離れた場所で爆発が起きた。いつエビル達の傍で起きるか分からない、今来ないのは紛れもなくシャドウのおかげと言える。今のうちに起こして逃がさなければ爆撃を受けて死んでしまう。
揺すり続けているとレミの目がうっすらと開き「エビル……?」と声も出た。
「よかった、起きてくれて……。ごめん、僕の見通しが甘かったせいでこんな結果になっちゃって。今すぐ逃げてくれ……君が死ぬところなんて、見たくない」
「……アタシだって、戦う。……そう、言いたいけど……はは、体、動かないや。逃げるってのも無理。……エビルだけでも、逃げればいいんじゃないかな」
「いや、僕は動けるようになり次第戦うよ。レミ達だけでも、守ってみせる」
先程のシャドウの言い分は正しい。
現況の引き金となったのはエビル自身であり、重い責任がある。
ただの村人の時間はもうお終いだ。今からは全員の希望を背負う勇者として未来を守らなければならない、魔王を討たなければならない。称号の重みだけでなく、自分の意思でも逃げず立ち向かうのだと強く思っている。
「……だよね。エビルなら、そう言うと思ったよ」
右手の甲に浮かぶ竜巻のような紋章は緑光を発しているにもかかわらず、立つ力は未だに戻らない。徐々に回復しているのは分かるがあまりにも遅い。強敵達と連戦したせいで体は疲れ果てているのだ。
「アタシも支えたいよ。お願い、アタシの想い……受け取って」
「うん、心強い。レミの色んな想いが伝わって来る」
酷く弱々しいが手を握り合う体力くらい残っていた。
柔らかい彼女の手から温かい体温と感情が直に伝わる。
立てない自分を情けなく思う気持ちも、エビルを心配する気持ちも、死にたくないと思う気持ちも、力になりたいと思う気持ちも全てが流れ込む。そして最後に――途轍もないエネルギーが流れてきた。
「力が溢れて来る。……これって、まさか」
急激に湧いてきた力で立ち上がり、違和感を抱いた右手を見つめる。
今まで風の秘術には散々助けられてきた。竜巻のような紋章の形はもう慣れ親しんだもので、あるのが当たり前にも思っていた。それが今は小さくなり、空いたスペースに燃え盛る炎のような紋章が浮かび上がっている。
実際に目にしたことはないが間違いない。――火紋だ。
本来ならレミの臀部にあったはずの火紋がエビルの右手に移動したのだ。何がどうなってこんな事態になったのか不明だが、おかげで手にしたことのない力が湧き出ている。既に限界だったはずの体は相変わらず悲鳴を上げているが強引に動かせる。
「絶対、勝ってね」
「……うん。見ていてくれ、僕達の力で勝つ!」
勢いよく駆けてシャドウの下に向かう。
爆撃の中心地となっているそこへ割り込み、新たに得た力で炎と風を強引に突破。周囲にあるそれらを吹き飛ばして彼を庇う。彼は信じられないと言わんばかりにエビルの右手を見つめていた。
「お前、何だそりゃ……」
「――名付けるなら風火紋って感じかな。それよりもシャドウ、君の黒傷剣を貸してくれ。素手でも戦えるけど剣があった方が戦いやすい」
「はあ? 何で俺が……チッ、気に入らねえ」
握っていたはずの剣は目覚めた時には失っていた。
ずっと剣術を習ってきて、剣で実戦を経験してきたのだから必要なものだ。この最終局面で慣れない武器や素手で戦っても本来の力を発揮出来るわけがない。
シャドウが投げてきた黒傷剣の柄をエビルは掴み、宙に浮かぶ魔王を見据える。




