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【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
第一部 一章 目覚めの風
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三日目


 保護されて王城で過ごすこと三日目。

 兵士訓練場でエビルはドランに自分の知る限りの剣術を、ソルの指導や言動を参考に摸擬戦を交えながら教えている。ドランの才能というべきか、技術をスポンジのように吸収してかなり上達も早い。


 何度も、何度も、木刀同士がぶつかり合う。その度にドランはエビルの手加減している攻撃を的確に受け流して応戦している。


 ソルの剣術の基礎となるのは四つ。


 流れる水のように滑らかな剣で受け流せ。

 吹きぬく風のように鋭い突きを放て。

 燃え上がる炎のように大胆に渾身の一撃を入れろ。

 落雷のように素早く動け。


 それら四つの基礎を意識して動くだけでも天と地ほどの差がある。三つ目の大胆に渾身の一撃を入れろというものは、既にアランバート流でやっていたのもあり合格レベルに至っていた。なので残り三つを訓練中なのだが受け流す技術はエビルより少し下程度にまでなっている。


「上達が早い、いい感じですよドランさん!」


「まだまだ防戦一方ですけどね!」


 二人の滑らかかつ綺麗な動きはまるで剣舞。傍から眺めているだけでも素人なら見惚れてしまうくらいに洗練された動き。床に座って二人の摸擬戦を眺めているレミは――退屈そうな目を向けていた。

 彼女からすれば相手を横取りされたようなものなのだ。剣にあまり興味ないのもあってか不機嫌オーラ全開である。そしてついに我慢の限界が来たのか勢いよく立ち上がって叫ぶ。


「もう限っ界! エビル! アタシと戦って!」


 その叫びに二人の動きは止まる。困り顔で振り向いたエビルはレミの気持ちを理解しつつも、ヤコンからの頼みを蔑ろにも出来ない。


「でもレミ、僕はドランさんの訓練を見ないと……」


「昨日からずうっとアタシは摸擬戦の相手を待ってるのよ! ヤコンからの頼みも確かに大事かもしれないけど、一回くらいアタシと戦ってもいいんじゃない!?」


「あの、エビルさん。僕は大丈夫ですよ、だいぶこの剣術にも慣れてきましたし。後は今まで教わったことを自力で高めていけばいいんです。それが出来ないとエビルさんに頼りっぱなしになってしまうので」


 いつまでもエビルが指導出来るわけではない。一人でも実力を高められないようならこれまでと同じだ。ヤコンの提案で新しい剣術を教わった意味がない。


「……ドランさんがそう言うなら、少し指導を外れても大丈夫ですかね」


「はい。元々エビルさんはずっとここにいるわけじゃないんです。今日を最後に城から出ていくなら、仕事もあるし簡単には会えなくなります。教わった剣術を高めるのは自分自身でやらないと」


「確かにそうですね。僕はいつまでもドランさんの訓練に付き合えないですし、ここで僕の役目は終了ということにしても構わなそうです。ヤコンさんはちょっと怒るかなぁ」


「兄さんについては僕から言いますよ。安心してください。エビルさんは僕に構わずレミ様の摸擬戦に付き合ってあげてください」


「そうしましょうか。じゃあそういうことでレミ、相手になるよ」


 レミは「そうこなくっちゃ!」と嬉しそうにガッツポーズし、エビルから少し離れた場所に笑みを浮かべながら移動した。そして拳を構えるとふと笑みを消し、不安を感じさせる表情へと変化する。


「……ねえエビル、エビルは明日どこかへ行っちゃうの?」


「一応、城には簡単に入れなくなるね。元々身体(しんたい)の怪我を心配してのことだし」


 家族や故郷などを壊された者の精神は不安定になる。怪我が完治したとしても、心の傷が癒える期間は決して短くない。エビルがヤコンから心配されていたのはそこである。今日が期限であるためエビルは明日王城から出ていこうと考えていた。


「ならさ、摸擬戦終わったら城下町で住みやすい家探そうよ」


「……ごめん。僕はこの国から出ていく」


「どいういうこと? だって故郷はもうなくなって、もう住める家は買うしかないじゃない。この国から出て行くってどうしてなの?」


 確かにもうエビルの故郷は塵と化している。本来なら新しい家を城下町で探して住み着くというのが常識だ。しかしエビルには夢がある、人助けをしながら世界を旅する昔からの夢がある。アランバートでの日々も楽しかったが夢のために旅立とうと決めている。


「僕は前から世界を見て回る旅をしたいと思っていたんだ。もう反対する人も帰る場所もなくなってしまった以上、旅をする夢を叶えようかと思ってね」


「でも秘術使いじゃない! エビルだってアタシと同じなのに許されるの? ヤコンや姉様が何も言わないとは思えないわ。だって秘術使いは危険に晒されるかもしれないから、アタシは町から外に出られないのに」


「ヤコンさんからは何も言われてないよ。薄々分かってくれているんだと思う」


 もし外出が許可されないなら事前に伝えているだろう。目覚めてから三日目の今日までには連絡されるはずだ。そういった話がない以上エビルの夢は許可されていると考えられる。


「……嘘。……アタシは出られないのに……なんでエビルは」


「もう始めない? やりたかったんでしょ?」


 レミはショックを受けている。それくらいエビルだって分かっている。

 ずっと檻と化した国に閉じ込められている原因は秘術使いだということ。なのに同じ秘術使いだとされているエビルは何事もなく外へ出られる。その違いはいったい何なのか。城下町より外に出られないレミからすればエビルの語る夢は裏切りに等しい。


 揺れる赤い瞳からは動揺しているのが丸分かりだ。しかし数秒目を閉じて、再び目を開けた時には欠片程の動揺もなかった。代わりに見えるのは何かの決意だ。


「いいわ、始めましょ。ただ条件がある。この摸擬戦にアタシが勝ったらエビルの旅に同行させて。構わないわね」


「えっちょっ!?」


「異論なしということで双方の意思あり。じゃあ行くわよ!」


 異論なしというより口を挿む時間なしである。唐突に突きつけられた条件にエビルは動揺してしまい摸擬戦に集中出来ない。それでも駆けて来たレミの初撃を木刀で受け流し、柄部分で腹部を打つ。


 呻き声を上げたレミだがこれで終わるような少女ではない。王族とはいえ幼い頃から鍛えている少女にエビルの攻撃は大して効いていなかった。お返しとばかりに右拳を腹部にめり込まされてエビルも呻き声を上げて三歩ほどよろけて下がる。


 拳を構えるレミが接近しようとしているのを確認してエビルは木刀で薙ぎ払う。しかしレミはそれをふわりと身軽な跳躍で躱し、人間一人分は跳んだ彼女は両足を大きく開いた状態になっていた。


 ここでレミの服装が原因となる問題が発生する。彼女の恰好といえば首に逆向きに巻いて逆立っている黒のスカーフ、朱色の無袖上衣、太ももの中心程度までしかないミニスカート。そう、ミニスカートである。


 高く跳躍した彼女が開脚した状態となれば、エビルの視界には当然スカートの中まで見えてしまう。僅かに見開いた目に入ってくるのは――白いパンツだった。女性経験のないエビルにとって刺激的な光景だ。

 見惚れるというのもおかしいが、エビルの視線は次に来る蹴撃ではなくパンツに固定されてしまう。当然摸擬戦が止まるはずもなく容赦ないレミの蹴りが左頬に直撃した。


「……あっ、白っぱばっはあああ!?」


 防御出来るわけもなく、油断していたところに直撃したせいで受け身もとれず吹き飛ぶ。何度か床を回転した後に壁に激突する。


「ちょっ大丈夫エビル!? アンタならあれくらい躱してくると思ったけど……」


「いや……今のは、絶対に避けられなかった」


「そんなに凄い蹴りじゃないんだけどなあ。まあでも約束は約束だし、勝ちは勝ちよ。エビルの旅にアタシも連れてってね」


 エビルは「そんなバカな……」と呟いて立ち上がる。

 さすがに理不尽すぎる。勝負の条件も唐突なものだったし拒否権など一切ない。もし拒否したらレミは泣いてしまうかもしれない。しかしレミは王族で秘術使い、国を抜け出すなんてことになれば連れて行ったエビルが犯罪者扱いになってしまう。


 なんと言って断ればいいのか悩んでいたその時、訓練場の扉がギイイと音を立てて開かれた。誰が来たのかとエビル達は視線を入口へ向ける。


「まったく、いつ来ても汗臭いところだなここは」


「げっ、デュポン……」


 訓練場に足を踏み入れたのは肥満体型の男性、大臣であるデュポンだった。嫌いな人物だったためレミの顔に露骨に嫌悪感が表れる。


「おおレミ様、このようなところにおられるとは。ご自身のお力を高めるためとはいえ嫌な思いをしているでしょう。どうですかな、この後は私の部屋で焼き菓子でも」


「別にいいわ。アタシはまだエビルと摸擬戦するし」


「……そうですか。せっかくいい焼き菓子が手に入ったのですが」


 会話を聞いていてエビルはデュポンについて少し理解出来た気がした。

 レミが嫌っているのと真逆でデュポンは仲を深めようとしている。でもレミへの理解が足りていないがために伝わっていない。別にデュポンはああも嫌われるような人間ではないとエビルは感じた。


「アタシ達は忙しいのよ。ここに来るのが嫌ならさっさと出て行けばいいじゃない」


「いえいえ、実は用件があってここに来たのです。いや、ここにというよりそこの庶民を捜していたのですがね」


 庶民という単語が指すのはこの場でエビル一人。用事があるのが自分だったというのが意外だったのでエビルは「……僕を?」と目を丸くして呟く。


「何よ、エビルにまた何か言う気?」


「用があるのは私ではありませんぞ、ソラ様です。というわけで庶民、急ぎソラ様の元へ向かってくれ。場所は三階にある赤い扉の部屋。くれぐれも粗相のないよう気をつけることだな」


 突然の呼び出し。しかもその相手は記憶間違いでなければレミの姉、ソラ・アランバート。この国の女王として君臨している本来なら話など出来ないような立場の人物。エビルは一抹の不安を抱きながらも城内へと戻るため歩き出した。


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