エビルの決断
本日二話投稿したのは先週日曜投稿出来なかったから。
そして偶然この話を今日書き終わったため。
残るはこの場で殺す選択肢だが後一歩踏み出せない。
「エビル、俺がやろうか? お前はまだ殺すの辛いだろ」
「……セイム。でも、決断して実行すべきはきっと僕なんだと思う」
この場でリトゥアールの処遇を決めるのに最も適さないのはエビル自身。
彼女と知り合いらしい白竜や、妹の死で怒っているサトリでも問題はない。他の者が今すぐ殺しても何一つ問題ない。白竜達なら殺すのを躊躇わないだろう。
それでも自分が決めたいと思うのは、ビュートやシャドウに後を託されたから。
時間はない。今、決断しなければならない。
もう殺す以外の選択肢は見当たらない。このまま自分がやると告げたエビルが停滞していては、リトゥアールが回復して戦闘が再開してしまう。現状は彼女にしか益のない時間稼ぎにしかなっていない。
リトゥアールが願うのが死以外ならよかった。
共に世界を守っていくとか、巨悪を滅ぼそうとかなら心から協力した。
ビュートは彼女が死んでもいいのだろうか。直接本人に相談出来ればどれだけ良かったか。いや、エビルはあの特訓の時に訊いておくべきだったのだ。絶対彼女を生かして救える保障がない以上、妙にあった自信で理想を掲げるのではなく、最悪のケースになった場合どうするかも相談するべきだった。
『なあお前、リトゥアールを説得するって言ってたよな』
ふと、いつか行ったシャドウとの対話を思い出す。
『俺は殺すべきだと思っている。説得なんざ生温い』
『どういう意味だ。ビュートさんは言ったじゃないか、救ってほしいって! お前はあの人の懇願を無視するっていうのか!』
『救済ってのは何だ? 必ずしも生かして反省させるってのが救いか? ビュートは救ってほしい、助けてほしいと言ったんだ。生かしてほしいとは言ってねえ』
『まずは生きないと、罪を償えないだろ!』
罪を償うなら生きなければならない。しかし本当にそれが救いになるだろうか。
リトゥアールは死にたがっている、生かしても彼女は苦痛しか抱かない。生そのものに苦しんだ彼女を生かし、罪を償わせる。それが救済じゃないことくらいエビルにも分かる。
『仮に償ったとしてあいつはどう生きる。不老だぞ、誰かに殺されない限りあいつは死なねえ、死ねねえんだよ。あの性格だ、自殺はしねえだろうさ。あいつにとっての救いは囚われた過去から解放してやることだ。そこに生死は関係ねえはずだぞ』
当時は殺すことでの救済など認めなかった。
我が儘、理想、子供の夢。そう否定されても今は何も言えない。
現に今は殺す選択肢しか残っていないのだから。
『過去からの解放っていうのには同意するけど……! 助けるために殺すなんて間違っている。おかしいだろ。本人が本気で死にたいと思っていない限り、そんなのはおかしい。ビュートさんだって生きてほしいと願っているはずだ』
エビルにとって救済は生きるという意味。
死は悲しみや憎しみ、怒りしか生まないと常に考えていた。
師匠や故郷の人々の死を経験したからそう思っていた。悪人が死んでも同じ、誰か悲しむ人がいると。……復讐でもないのに殺して誰かが喜ぶはずないと信じてきた。今では本当にそうなのか分からず心が揺らいでいる。
『大事なのはビュートの意思じゃねえ、リトゥアールの意思だ』
「……違う。大事なのは二人の意思だ」
改めて考えてみればビュートは確かに生かしてほしいとは頼んでいない。
彼はリトゥアールの正義感が暴走しているのを悲しみ、止めるよう告げたのだ。
もし生きていてほしいと本気で思っているなら、なぜシャドウにも頼んだのか。殺すと断言するのは彼だって理解していたはずだ。つまり彼は生死問わないと暗に告げていたのではなかろうか。
自分の手ではもう止められず、たとえ殺すことになっても止めたいビュート。
自らの感情を一部封印するため洗脳すらした、死にたいリトゥアール。
今、二人の意思がエビルの中で繋がった。
「……ありがとうみんな、待ってくれて。おかげで決断出来た」
傍に居る仲間達は視線でどうするのか問いかけている。
「僕の剣で殺す……違うか、救うんだ。苦しまないよう一撃で」
必死に考えて得た、この世には死ぬことで救われる者もいるという答え。
全員納得する感情を抱いたのを感じ取った。誰も異論はないため即実行出来る。
「その前に……白竜、ここからでもカシェ様と話せるかな?」
「何? まあ、あの御方が聞こうとしていればここの会話も聞こえているはずだ。恐らく見守ってくれているだろうから届くとは思うが、いったいこんな時に何を話すつもりだ?」
実行の前に確かめなければならない。
殺すのを迷った時に思い当たった結末。最悪の展開を逃れるためにも、封印した張本人に確かめたかった。魔王の封印はいったいどのタイミングで解けてしまうのか今はまだ不明なのだ。つまりそれはいつ復活してもおかしくないということ。
『――話は聞いています。私に何か御用でも?』
この場にいない女性の声が頭に響く。
耳で聞かず直接脳に届く声は白竜以外を驚かす。
「カシェ様。リトゥアールさんを殺したら、魔王の封印が解けたりしませんか?」
『しそうですね。後一人死ねば封印は解除されるでしょう』
さらっと言われた衝撃の事実に今度は白竜も驚く。
魔王の封印はカシェが設定した通り、大陸で死んだ人間の数が関係している。いずれ解けてしまうのは理解していたがこの状況で復活するのは非常にマズい。戦闘終了から少し経ったため多少回復したものの全員まだ疲れている。全滅の可能性は非常に高い。
「うっそ、じゃあこの後すぐ魔王とも戦わなくちゃなんないわけ?」
「うっへえ……俺もうヘットヘトなんだけど」
「全員疲労が溜まっています。しかしリトゥアールが回復されても厄介ですし、やはり戦うしかないようですね。もう〈神衣〉を使う力は残っていませんが……乗り越えなければ未来は掴めませんか」
「あの、カシェ様の御力で再び封印し直すことは出来ませんか?」
封印した張本人が状況を認識しているのは運がいい。
ビュートからの話では弱らせてから封印したらしく、白竜の話では復活直後なら魔王は全力と程遠いらしい。つまり復活直後ならすぐにでも封印可能。本当なら倒してしまいたいが今はタイミングが悪すぎる。
『実は封印には相当なパワーが必要でして。未だそれだけのパワーが回復していませんので不可能なのです。申し訳ありませんがその場にいる面子だけで何とか切り抜けてください。あなた方ならやれると信じています』
状況が全く改善されないのでどちらかといえば不運だった。
「はは、マジかよ……。もう俺〈デスドライブ〉使える気しねえぞ」
「ねえ白竜、アンタは勝てると思うわけ?」
「可能性はあるとしか言えない。どれほど弱体化しているかによる。魔王には神性エネルギーによる攻撃がよく通るはずだ、この場では秘術使いである二人が勝負の鍵になるだろう」
秘術とは魔を滅する力、魔王にも有効と聞けたのは幸運だ。
勝負の鍵と言われて緊張は高まるがすぐ気持ちを鎮める。
現在最優先やすべきことは魔王ではなくリトゥアールの救済。彼女の真正面へと移動して、苦痛なき一撃を放つために神経を研ぎ澄ます。
「……お待たせしました」
「私を忘れてしまったのかと思いましたよ。まあ、いいでしょう。待ちに待った私を終わらせてくれるのですから。最後に、あなたに言いたいことがあります。あなたには――」
突如リトゥアールの発声が聞こえなくなった。
口を開けているのに声が出ていない。
本人も遅れて気付き、強い困惑と焦りを抱く。
「これは……?」
「ふん、変質した神性エネルギーの副作用かもしれんな。あんな禍々しい力に変わっていたんだ、どんなデメリットがあっても不思議じゃない。サトリ、貴様も気を付けるんだな」
「私は彼女のようになりませんよ。決してね」
何を言おうとしたのか気になるが心配はいらない。風の秘術で相手に集中すれば思考すら感じ取ることが出来る。未だ戦闘中に使うには練度が足りないが今なら問題ない。
『感謝しています……だ、そうですよ。エビル』
「あ、ありがとうございます。カシェ様は心を読むことも出来るんですね」
焦りの消えないリトゥアールの思考を感じ取る前にカシェが代弁してくれた。
神ともあろう者が読み間違えるはずないだろうと信じる。感謝の念は確かに伝わって来るため疑う要素はない。思考を感じ取るのは疲れるのでやらなくて済んだのはありがたく思う。
聞きたいことも聞けたのでエビルは真っ直ぐリトゥアールの目を見つめる。
「……僕は黄泉がどんな場所か知りません。でもきっと、あなたにとっては現世で生き続けるより楽なはずです。まずは先に行ったセイエンさんと村長に謝ってください」
未だ焦っている彼女へと剣を振りかぶる。
消えない焦りは推測だが、死ぬと理解したからだろう。
誰だっていざ死ぬ時になれば様々な想いが溢れ出るものだ。
「――さようなら。リトゥアールさん」
息を吐き、彼女の首を一薙ぎで刎ねる。
心臓を貫くよりもこの方が苦しまずに済むとエビルは考えた。実際どちらが楽に死ねるのかは不明だし、一生分かることもない。理解するための実体験は出来ないのだ。
ただ、全く苦しまない死に方は存在しないのかもしれない。なぜなら床に落ちた彼女の顔はとても安らかに眠れるとは思えない表情であったからだ。エビルは静かに、彼女の見開かれた両目を撫でるように閉じた。




