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【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
終章 三百年以上の因縁
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迫る決断の刻


 目前に座り込むリトゥアールへ向けて悲しい視線を送った。

 先程感じ取った一部の思考に関しての質問をしたいのだが気分は沈む。


「あなたは、いつから死にたいと思っていたんですか?」


 彼女は「はい?」と間の抜けた表情を浮かべた。


「わ、私が、死にたいと思っている? いったい何を言っているんですか?」


「自分でも気付いていないんですね。無理もない、随分と抑制されている感情でしたから。無意識に思っていても気付きたくなかったんでしょう。……本当はビュートさんを追いかけて黄泉へ行きたいんですよね」


「な、何を、何をバカな! 私は一応彼に助けられた身。救われた命を自ら捨てたいと思うはずがありません! だって、だってそんなことを思ってしまえば、彼に対して申し訳が立たないじゃないですか!」


 シャドウの言っていた推測は残念なことに的中していた。

 リトゥアールは死にたがっていたのだ。

 想い人の居ない世界への絶望。

 生きる意味を失くした喪失感。

 この二つを感じ取ったので間違いない。


 本人が自覚していないので混乱するのも仕方ない。もっとも戸惑っているのは彼女だけでなくセイム達もだが。


「なあおい、どういうことだ? この人は死にたがってんのか?」


「……それではまるで、魔信教が自殺のために作り上げられたかのような」


「盛大に周囲を巻き込んんだ自殺か。一人で死ねばいいものを……いや、違う。もし一人でやろうとしても出来なかったとすれば……。レミ・アランバート、少し試してほしいことがある」


 白竜の言葉にレミが「何よ」と振り向く。


「リトゥアールに聖火をぶつけろ」


 彼女は「はぁ?」と嫌そうな顔になる。


「嫌よ、アタシはエビルの意思を尊重したい。この女のことは嫌いだけど殺したりしないわ。アンタもよく思っていないんでしょうけど耐えなさい」


「俺は焼殺しろなんて言ってない。ぶつけろと言ったんだ」


「同じじゃ……いえ、同じじゃない。まさかそういうことなの?」


「俺の考えが正しければ、な」


 白竜が何を言いたいのかレミだけでなくエビルも察した。

 本当にそんなことをしているのなら必要な処置だろう。このまま話していたって何の解決にもならなかったはずなので、その考えに行き着いた彼には感謝してもしきれない。感心したのはレミも同じで躊躇いなく聖火でリトゥアールを包む。


「……はっ? く、う、うあ、があああああ!?」


 最初は平気そうだったリトゥアールだが次第に苦しみ始め、頭を抱えて蹲る。

 明らかな異常事態にセイムとサトリはさらに戸惑いの声を上げた。


「な、何だ何だ!? どうしちまったんだよ!?」


「レミ、いったい何を燃やしたんですか?」


 混乱する二人と対照的に、エビル達は仮説が正しかったと証明されたので落ち着いていられた。


「この苦しみよう……やはり」

「ええ、正直予想外の展開ね」

「僕は逆に納得したかな。そうであってほしかったのかもしれない」


「お、おい、三人で納得してねえで教えてくれよ! どういう状況!?」


「まさか、燃やしたのは……!」


「サトリまで分かったのかよ!? え、俺だけ置いてけぼり!?」


「セイム。リトゥアールさんは……自分自身を洗脳していたんだ」


 いつまでも分からず戸惑わせるのは可哀想なのでエビルは答えを教える。

 そう、洗脳だ。聖火で解除出来るのはセイムの身で実証済み。神性エネルギーを応用しての洗脳なら聖火でエネルギーを焼けば解決だ。微弱なものなら意識しない攻撃でも解けるのだが、リトゥアールにかかっていたものは強力だったため燃やす意思が必要らしい。苦悶の声を上げているのは抵抗しているからだろう。彼女の心の奥底で解かれたくないという想いが膨れ上がっている。


 洗脳状態だとエビルが先程まで考えなかったのは理由がある。

 セイムが洗脳されていた時の意思が朧気だったが、リトゥアールの意思はしっかりと残っていた。前者の症状を前例として把握していたため、意思がはっきりしている時点でありえないと考えを捨てていた。


「は、は? 何の為に?」


「それは――」


「それは私自身が話すべきことですね」


 苦痛から解放されたリトゥアールの声が割り込む。


「解けたんですか?」


「ええ、残念ながら解けてしまいましたよ。私が私自身に施した……死にたい気持ちを封じ込めるための洗脳はね。先程までかけた記憶すらありませんでしたが解けた瞬間思い出しましたよ」


 蹲った状態から頭を上げたリトゥアールは正座する。

 彼女の言葉はおおよそ予想出来てしまうものだった。先程まで弱かった死にたい想いがありえないほどに強くなっていく。肥大化した想いはいずれ本人を勝手に突き動かすだろう。それでも死ねなかったのなら、きっとそれは同じくらいに強いもう一つの感情が原因だ。


「……何から話したらいいか。……ビュートの犠牲で命を救われた私は、彼を失った喪失感で何かする気力が微塵も湧きませんでした。およそ二年近くはそんな状態でしたね。当時身籠っていたため子は産みましたが、育てる気力すら湧かなかったため置き去りにしました。それから――」


 リトゥアールの自分語りが続く。

 目的もなく各地を転々とした彼女は人助けすらしなかった。一度やろうと思っても、当人が自力で解決したのを見て悟ったと言う。確かに人間は困った時に助けを求めるが、頑張れば自己解決出来るものが多い。わざわざ助けなくてもいい救助要請が多いのに彼女は気付いたらしい。


 人助けせず、目的ない旅は彼女に何ももたらさなかった。

 命を救われても心が救われない。彼女の心は大きな二つの想いが衝突し続けた。

 救われたから生きたい。ビュートがいないから死にたい。

 衝突し続けた強い感情で心が悲鳴を上げ、遂に片方を封じることを決意する。


「そうして神性エネルギーを応用した洗脳に目覚めたのです。私の想いで〈神衣〉も変化してあのような色と禍々しさになりました。……ちゃんと生きることにした私は目標を決めました。ビュートのように人生を終えてしまう者をなくそうという、目標を」


「でもきっと、完全には封じられなかったんだと思います。ビュートさんの後を追いたい想いが強すぎたんだ。……だから、だからきっと、進む方向性を間違えた。魔信教なんてものを作って、人類の敵となることで無意識に殺してもらおうと思ってしまった……と、僕は考えています」


 悪に染まれば正義が罰する。リトゥアールは誰よりもそれを知る身。

 自分を悪の親玉に祀り上げて国の兵士か誰かに殺してほしいと考えたのかもしれない。無意識に動いたなら真相は誰にも分からない。だがエビルは彼女がそうであると信じたい。


「なあ、ちょっと待ってくれよ。つーとあれか? 魔王を復活させて人類を管理する的なの、本当はそんなことするつもりなかったってわけか?」


 セイムの言う通りなら良かったのだが、エビルは風の秘術で違うと分かってしまう。


「……いや、それはリトゥアールさんの本音だ。洗脳が解除されても勇者や人間を憎む気持ちは変わってない。洗脳なんて関係なく魔王を復活させようとしたんじゃないですか?」


「その通りです。魔信教の方は死にたい想いから作ったのかもしれませんが、魔王復活は違う。私の目的は私自身が定めたもの。洗脳や誰かの入れ知恵などと言い逃れをするつもりはありません。あなた方が裁くべき相手は最初と変わず私です。迷わず私を殺せばいい」


 魔信教解体には教祖への罰が必須。

 見逃す選択肢はない。国の法で裁くか、この場で殺すかの二択。


「エビル、どうするの?」


 訊かなくても分かる。リトゥアールの生死についてだ。


「さっきも言ったけどアタシはエビルの意思を尊重したい。この女を殺さずに法で裁くっていうならアランバート王国で引き取る。自分の剣で裁くっていうなら好きにしていいと思う」


「僕は……僕の正義は……」


 処罰をどうするかエビルの心は揺れ動く。

 本当なら殺したくない。シャドウにもそう啖呵を切ったし、ビュートだってリトゥアールが生きていた方がいいだろう。


 悪人なら迷う時間はいらないが……彼女は彼女の正義を通そうとしたのみ。正義には人の数だけ種類があって、違いから衝突するのはよくある話。しかし散々やってみた説得が彼女の心へあまり届かなかったのも理解している。


 国の法で裁けるのなら裁きたいが本人は死を望んでいる。

 それに国に預けたとしても彼女は止まらないだろう。自力で抜け出して再び魔王復活へ動くに違いない。彼女を止められる兵士など存在しないし、レミ単身では絶対に不可能。アランバート王国に預ける選択肢は除外せざるを得ない。


 残るはこの場で殺す選択肢だが後一歩踏み出せない。


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